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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第六節 大仕事
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2-6-1.「仲間は総勢二十人を超えた」







 サディオとシーラがあちこちで声をかけた結果、ケーパの仕事に参加するという仲間は総勢二十人を超えた。ミルレンダイン全体の、およそ五分の一程の人数だ。若いのから初老過ぎまで、男も女も、様々な顔触れが揃っている。お嬢とサディオの頼みじゃ断れねぇよなぁ、なんて。誰もが誘われたことをむしろ喜びながら、ニマニマ笑いながら、シーラの後に付き従った。


 これだけのメンバーが揃うなんていつぶりだろう、と浮足立つ声。グァルダードに行くのも久しぶりだよ、と半ば観光気分の声。砂漠を渡る間も、賑やかな大所帯。寝付いた獣も叩き起こす勢いだったけど、どいつもこいつも一筋縄じゃ行かなそうな戦意を見せびらかしてる。さっきまで酒を煽ってたくせに、今はもう酒よりも早く血を啜りたくて我慢できない、みたいな。……さすがに言い過ぎか?


「ははぁ、こりゃ壮観だな」


 グァルダードの受付氏が、珍しく手許の書類から完全に目を離して息を飲んだ。カウンターの前には五人。シーラを中心にサディオと俺。それから以前にも一緒に仕事をしたカルートや、サディオの親友という青年セグレスが同行した。他の連中も、中は狭いからと外で待っている話になっていたけど、何が気になるのか扉を開いて中を覗き込んでいる。当然、それだけの人数がわらわら集まっているのが、受付の男からもよく見えるって話だ。


「……大人数の依頼を、大人数引き連れて受諾しに来る連中も珍しいな」


「そんだけ仲がいいんだよ!」


 ふふん、と腕を組んで胸を張るシーラ。そういう話でもない気がするけれど、まぁ、言っても仕方ないとは俺もサディオも受付氏もわかっているので、誰も口には出さない。


「じゃあ、昨日言った仕事だな。ほら、もう一度しっかり確認しておいてくれよ」


 渡される紙は、恐らく昨日と同じもの。昨日と同じくサディオが受け取り、サディオが確認する。俺は昨日も見ていないので元々確認のしようがないんだけど、今日もまた今のところ書類を渡されるタイミングがない。


 多少の不安が残らなくもないけど、自己主張して手を伸ばすほどのことでもないので、今回のまとめ役はサディオに一任することにした。


 契約は恙なく終わる。


「一応、カルガディア氏の使用人には、昨日のうちに話だけはしてある。多分向こうも準備してくれてると思うぜ」


 言われ、頷くシーラとサディオ。


 受付氏から示された、婉曲的な『急いで行けよ』の指示。二人が上手く受け取ったのかは微妙なところだけど、二人とも、特にシーラは殊更に、まず自分の気が急いていて、刺された釘について頓着する余裕はないようだった。


 カルガディアの邸はベイクードの一番西の海岸沿いにあった。商人街の更に奥。俺たちは普段近付くこともない辺りなので、その高い壁も、その周囲を厳重に守る槍を抱えた屈強な男たちの姿も、眺めるのは初めてだった。


 とはいえそこまで広くはない。むしろ大きな船着き場を持っていることが印象的で、西のハーンとは海路で往復しているのか、あるいはソルザランドやグランディアとも直接個人で取引しているのか。そんな想像が捗った。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」


 二十名強のケーパ集団を、迎え入れるは背の高い長い顎髭の男。家の主人ではなく、留守を任されている使用人長だと名乗った。


 案内された先は大きな倉庫だった。大きさで言えば、いつもマウファドが酒を飲んでいる集会場くらいのものか。石造りのそんな小屋が、ゆうに十は並んでいる。住まいの方は横目に見ているだけだけど、ざっと見た感じ、倉庫の方が敷地面積が広いくらいだ。


「こちらでございます」


 髭の使用人がそのうちの一つの前で止まり、徐に扉を開けた。


 籐か何かで編んである、大の大人が両手でようやく抱えられるくらいの大きさの箱が、山と積まれていた。ざっと百箱以上あるか。百五十はないか。その程度の目算を付けるのもぱっと見では難しい、くらいの量。


「え……、まさかこれ、全部嫌精石ですか?」


 怯んだような震えた声を、サディオが絞った。


 ええそうです。使用人が答える。飛び跳ねるようにシーラを振り返って見るサディオに促され、俺も彼女を見た。別段変わった様子はないシーラだったが、ふと手の平を器のようにし、静かにそれを見つめ、かと思うと突然眉間をしわくちゃにして首を傾げたりしていた。


 とりあえず、ここでは客とのやり取りをする気はなく、あれこれはサディオたちに任せて一歩下がることにしたんだな、とその立ち位置を見て把握した。


「これ全部、一遍に運ぼうってのかい?」


 カルートが目を丸くする。


「いえいえ、今日運ぶのはほんの二十ほどです。ここにある分をあちこちに運び分ける必要があるのですが、今回皆様には南西のシカリッドの集落に、二十だけお願いしたいと」


「ああ、なるほどな」


 納得したような声を零すカルートだが、二十でも十分大量。嵩も随分あるけど、中身が石ころだってことも考えたら相当な重量になるだろう。


「運搬は、こちらで用意致します駱駝と人間で行います。あなた方はその護衛、敵襲を追い払う仕事に集中して頂ければと思います」


 何かご質問はありますか? 問う使用人長にサディオは首を横に振った。後ろを振り返って確認する視線に、セグレスが手を挙げる。


「この邸の周囲も随分厳重な警備が敷かれてたみたいだけど、石をここで守るのにも、目的地へ運び込むのにも、相当金と手間をかけてる印象なんだよな。

 ……なんか、狙われる心当たりでもあるのか?」


 質問に、使用人長はにこにことまず微笑みを返した。


 一拍置いて、口を開く。


「高価なものですからね。ご主人様のご同業は、皆様注視なさっていることと思われます」


 ああ、なるほど、と気のない返事をするセグレス。


 それ以上の質問は、誰からも挙がらなかった。


「ご質問がなければ、契約のお話を済ませてしまおうと思いますが、よろしいですか?」


 使用人長の提案。異存ありませんよと、サディオが頷く。


 それではと、使用人長はふと顔を持ち上げ、脇にいた別の人に目線を送った。渡された、彼の胸の幅ほどの薄い黒塗りの箱。仰々しく開くと、中から札束が現れた。


「お約束の代金です。お検めください」


 はい、と受け取るサディオ。受け取って、金額を数えながら、少しずつ表情が焦っていく。


「え、……待ってください? これ、前金にしては金額が多いような――」


「前金? グァルダードに指定した額だけお渡ししたはずですので、申し訳ありませんがこれ以上お支払いすることはできませんよ」


「前金じゃないんですかっ? 全額前払い?」


「何か問題が?」


「い、いえ問題はないですけど、普通は仕事が終わってから総額のやり取りをするものでは……」


「ふふ……」使用人長は、整えた黒い口髭を右の親指と人差し指で撫でながら、不敵に笑った。「あなた方が砂漠に名高い、ミルレンダイン盗賊団の方々なのは伺っております。よもやそのような方々が、この程度の額の依頼料をどうこうするためにグァルダードの評価を損ねるような迂闊なことをなさるとは思われません。むしろ、請け負った仕事には責任と誇りを持って下さる方々だと、私共も信頼を置いております。であれば、後程にまた支払いを行うような二度手間は省きたい、と思うのですが、それとも貴方がたには何か不都合がありましたか?」


「ああ、いえ、不都合があるわけではありません。なかなか、他に類を見ないことだったので、少々驚いてしまいました」佇まいを整え直すサディオ。札束を箱に戻し、その箱を両手で持ったまま、足を揃え背筋を伸ばして。「わかりました。そうまで我々を信頼してくださるのでしたら、こちらに異など唱える余地もありません。必ず、ご依頼の品を目的地までお送り致しましょう!」


 ふん、と鼻を鳴らすサディオ。


 見れば、シーラやカルート、セグレスたちも、まんざらではない表情を浮かべていた。ミルレンダインの名を褒められたことが、皆にとってそんなに気持ちのいいことなのか。逆に言えば、そこまで浸れない自分は、まだミルレンダインに染まり切ってないってことなのかな。


 まぁ、どうでもよかった。




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