2-5-6.「まだサディオに対しては敬語が抜けない」
俺はもう、この流れになったらこの仕事は結局受けるんだろうな諦めている。ただ、一つだけ引っ掛かることがあったので、それについては口を挟むことにしておいた。
「なぁシーラ」
「なんだよ! ウェルもこの仕事はあたしには無理だって言うのっ?」
「そんなこと言わないよ。嫌精石ってものは気になるし、俺も興味はある。ただ、人数が本当に集まるのかな、と思ってさ」
――え? とシーラの動きが止まる。興奮しきった頭では、すぐには情報がまとめきれない。そんな様子だ。見れば、サディオも俺の発言の真意を探るような、訝った表情をしている。
「依頼人の希望は十五人以上。それも条件に鑑みたら、魔法を使わなくても戦える剣士ばっかり揃えなきゃいけないんだ。まだ団の誰にも声かけてないんだし、今請け負って明日になったらみんな都合悪くてダメでした――、じゃあキャンセル代も払い損だし、信頼だって落とすんじゃないか?」
ひゅん、とシーラの気持ちが冷静になる音がした。急速に柔らかくなる彼女の表情が、その音を伝えてくれた。
「で、でも、団のみんなだよ? あたしが手伝ってって言えば、協力してくれるはず――」
そういう話じゃないってことは、シーラ自身もわかってる。仕事をしっかりこなすなら希望的観測じゃなく、確証を持って臨まなきゃいけない。だからこその歯切れの悪さだ。
「この仕事、受諾期限はいつなんだ?」
話を受付に振る。
「いや。期限は決まってない。依頼人も条件が厳しいことはわかってるようでな。不要になったら取り下げに来るから、それまではずっと募集しておいてくれってことだ」
「じゃあ、今日明日でどうにかなる可能性は低そうだしな。どうだ、シーラ。ひとまず一緒に行ってくれる奴らを確保してから、また請け負いに来たら」
むぅ、と頬を膨らませるシーラ。シーラに仕事を諦めさせるわけじゃない、ただの先延ばしの策だけど、どうやらサディオも乗ってくれた様子。膨れるシーラの肩を叩き、また明日来よう、ねぇ?と彼女の顔を覗き込んだ。
「ンわかった、わかったよぉ」
諦めを形ばかりの怒声に乗せ。肩を落として口を尖らせるシーラ。どうせ明日には引き受けるんだろうに――制止しといてなんだけど、実際は俺は、仲間なんてすぐに集められるだろうと思ってる――、何をそんなに悔しがっているのか。今日のシーラの情緒はいまいちつかめない。
「じゃあ、明日また来るわ」
簡潔に受付に手の平を向け、グァルダードを出る。
「その仕事、ちゃんと取っておいてね!」
出る直前、シーラがじろりと受付を睨み付けていた。
「あーあー、わかってるよ。そうそう売れる仕事じゃねーから安心しろ」
めんどくさそうに右手をパタパタ、俺たちを追い払うように動かす受付氏。
この日の活動はこれで終わりとなり、俺とサディオはシーラに急かされながら集落に戻った。たまにはゆっくり街を散策でもしてみたいな、なんて言ってみた俺の意見は、返事一つもらえぬまま夜の砂漠に流された。
握る手綱を激しく振るっては、本来穏やかな駱駝の蹄にガツガツと砂を食ませ、先を急くシーラ。後に着いて溜息を吐くのは二人。けど、俺とサディオの嘆息の意味合いは、実は少し違っているようでもあった。
「……シーラは、いつもあんな調子なんですか?」
サディオが俺に質してきた。相変わらず、言葉遣いにそぐわない険しい目付きで睨んできている。
「あんな調子、ですか?」まだサディオに対しては敬語が抜けない。
「シーラは、いつもあんな風に無茶をしてるんですか!って聞いてるんですよ。依頼管理士の助言も無視して、不向きだと言われる仕事を望んで受けるような滅茶苦茶なやり方!」
ああ、と頷き、返事を作る。「いや、そんなことないですよ。いつもはむしろ、もっと慎重な印象ですね」
「え? ……し、慎重?」
「そう、慎重。堅実って言ってもいいですかね。無茶な仕事は選ばないし、長期とか、契約内容が厄介そうなものもやらないです。まぁグァルダードでの態度はいつもあんなかなとは思いますけど、そこはあの受付の人も理解して受け流してくれてる感じですね」
続けた説明が、サディオにはどこまで深く響いたのか。勢いつけて怒鳴ってきた彼の鼻息は、最初に返した一言だけで、随分穏やかになってしまっていた。
「多分ですけど。いつもは、砂漠にまだまだ不慣れな俺の面倒を見なきゃって思ってくれてるんだと思います。今日は多分、サディオがいて、張っていた気が少し緩んじゃったんじゃないスかね。なんかちょっと箍が外れてた気がしますわ」
そんな言い方をすると、サディオも悪い気はしていない様子だ。『慎重』の一言には満面を困惑に染めていた彼が、今はほっこりと口許辺りを緩ませている。
「そう、……そう、ですか。シーラが。へぇ……」
なんだよコイツ。にやにやしちゃって、わかりやすい奴だなぁ。
なんて、こっちもにんまりしながら、ついついサディオの横顔を見てしまう。
しばらく団を離れてたって言ってたけど、さぞ心配だったことだろう。その気持ちは、今の俺にはとてもよくわかった。




