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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第五節 サディオの帰還
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2-5-2.「急に、周囲の人間関係が喧しくなってきた」







「やぁ、シーラ。久しぶりだな」


 ふと、声をかけてくる男があった。あ、サディオ、おかえりなさい。首を持ち上げたシーラが、親し気に笑顔を返す。引っ張られるように目を上げると、銀に染めた長髪の、細面の男性が、シーラを覗き込むようにして立っていた。


 脇のミディアとゼノンは一瞥したかどうか、程度の興味。自分の知らない男の登場に身構えているのは俺だけらしい。「シーラの知り合いか?」なんて間抜けたことを質問しては、恥じ入ってぽりぽりと頭を掻いた。ミルレンダインの総勢、たかだか百二十人。ここにいるのはみんな、シーラの知り合いに決まってる。


「サディオだよ。小さい時よく遊んでもらったんだ。しばらく遠出してたんだけど――」


「サディオ・サマーネ=レンダラントです。三週間ほど西の国境沿いで仕事を請けていたんですが、昨夜帰ってまいりまして」


 シーラの紹介、続きを男性本人が引き継いだ。笑顔の印象に違わない、爽やかな語り口。むしろ、挨拶してもらってるのに目線一つ向けないミディアとゼノンの無礼さが申し訳ない。


 せめて俺だけでも礼儀を尽くすべく、できるだけ丁寧に挨拶する。


「ああ、仕事ですか。そりゃお疲れ様です。留守の間に居座っちゃって申し訳ない。こちらでお世話になってるウェル・オレンジです。横のはゼノンとミディア」


「ええ、ウェルさんのことは伺いました」


 サディオはにっこり笑って答えた。


「後継の儀の日程は織り込み済みでしたからね。お会いできるのをずっと楽しみにしていたんです。全くシーラときたら、僕にまで『儀の当日まで何も教えない!』って頑固でしたから」


 不満げに腕を組むサディオ。酷いと思いません?なんて、冗談めかしながらも俺に笑みを向けてくる銀髪に、俺はシーラの立場を思いながら大っぴらに苦笑する。それはきっと、当日になるまでそもそも情報が何もなかったからだと思いますよ、サディオさん。


「まぁ、よい方のようで安心しました。腕前も、頭領が認める程なら何の心配もない。ウェルさん、どうぞシーラをよろしくお願い致しますね」


 にっこり目を細める爽やか笑顔に、戸惑いながら返事をする。あ、ああ、ええ、はい、と何度か同じ意味の頷きを繰り返してしまった。よい方だなどと、彼自身の方が余程人格者ではないか。


「ところでそちらのゼノンさんとミディアさん?は、ウェルさんのお友達ですか?」


 ふわりと話題を俺の右隣に向ける。ゼノンは会話の一切に興味を向けず、ミディアの分の食事も平らげふうと腹をさすっているところ。そしてミディアは机に突っ伏していよいよ寝始めたところだった。


「……あ? なんだって?」


 俺達の視線が集まっていることにゼノンが気付くまで、三回ほどさする時間を要した。これは、今更補足説明をしたところでダメだなと、俺は大きく溜息を吐き、代わりに紹介してやることにした。


「ラナマーヴェの団員ゼノンと、グランディアから来た研究者のミディア、だそうです。事情を話すと面倒なんですが、俺らの仕事と、ゼノンのお使いの内容が重なっちゃった結果、いろいろあってここに来ることになって――」


 後半がぞんざいになったのは、サディオの表情による。俺らの仕事の話なんかもう聞こえもしないとばかりに、最初の一語でもう驚きを極めてしまってしまっていたんだ。


「……ラナマーヴェの……? まさかあの、バスラ・クウェイトの息子さん……?」


 目を見開いて、声を震わせる。心なし、畏れの感情が混ざったような声の音。


 バスラ・クウェイト。昨夜の仕事でも聞いた名だ。タミア砂漠最強最悪の大盗賊。凡百のケーパは、根城の通り名を聞いただけで尻を捲る。そんな相手。


 あくまで俺が、聞いた話をまとめた印象だ。サディオは、その名前を、どんな相手だと受け取っているのだろうか。


「実子じゃねぇよ。世話にもなったし剣も教わったが、親父は親父、俺は俺だ」ゼノンが反応した。


「ああ、そういう噂も聞きました。血の繋がりはないと。しかしあのクウェイトから剣を教わった、というだけでも刮目に値しますよ」


「け。面白くもねぇ」


 畏敬から羨望に。サディオの目の色が少しずつゼノンまでの距離を近付けていく一方、当のゼノンは腕組みをしてふんと大きく鼻を鳴らした。


「でもコイツ、ウェルより弱いんだよ」


 不用意に口を挟むシーラ。ガタンと椅子を後ろに転がし、机に両手をついてゼノンが立ち上がる、


「誰が弱いって?」


「事実じゃんさ。あんたがあたしたちに負けたのは」


「二人がかりだったろうが! しかもミディアに俺の上着を拾われた! 邪魔が入んなきゃ俺が勝ってたよっ!」


「だって何人でも相手してやるってふんぞり返ってたのはあんたで――」


「よっしじゃあウェル! 今すぐ勝負だ! 俺のが強いってこと証明してやるよ!」


「……やだよ、そんなめんどくさい試合」


 わいのわいのと盛り上がり、そのうち起きてすぐから飲み始めてる他の連中からも「お? 決闘か?」「いいぞやれやれ!」なんて野次も飛び交い始める。めんどくさくなった俺は、ゼノンの意識がシーラ一人に集中する瞬間を狙って、そっと腰を持ち上げた。


「ねぇ」


 がっと肩を掴まれる。


 やべ、逃げ切れなかったか。と思う一瞬。肩を掴んできたのはサディオで、問題の二人はまだああだこうだと声を上げているのに気付く。


「な……、なんスか」


 身を縮こめながら、用件を聞く。サディオはさっきまでとは人が違うように八重歯をむき出しにし。


「さっきシーラにも紹介してもらいましたけど、僕は本当に昔から、それこそシーラが生まれた時から彼女のことを見てきたんですよ。……団の掟ですからね、諦めなきゃいけないのはわかってるんですけど、だからってどこの馬の骨ともわからないクソ野郎にシーラを譲るのも嫌なんです」


「……は、はぁ」


「だからね、一つ言っておきたいんですよ。

『僕はお前のことなんて認めないからな』、……ってね。とりあえずそれだけ、覚えておいてください」


 盗賊然とした、獲物を睨む肉食動物(ハンティラ)のような鋭い目を見せて、サディオはそれだけ言うと、すっと腕を引いて俺から離れていった。


 その代わり、と言っちゃなんだけど、シーラとゼノンが席を立った俺に気付いちまったらしい。「あ、おい」「ちょっとどこ行くの!」騒々しい二重奏が、背中に襲い掛かってくる。ちなみにミディアはまだ寝てる。


 なんだか急に、周囲の人間関係が喧しくなってきた気がするなぁ。




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