2-5-1.「砂漠の常識って、非常識だよな」
夕日に目を覚ます生活にももう慣れてしまった。
酔っ払った勢い、狭い部屋にゼノンとミディアも連れ込み、四人で飲み直していつの間にか明け方。誰からともなく横になって、そのまま雑魚寝して、扉の隙間から漏れ入る夕日の光に起こされたところだった。
正面にゼノン。背中にくっつくようにシーラ。頭の上の方にミディアが、まだ転がっている。
みんなを起こさないように立ち上がり、小屋の外へ出る。カラッとした熱気が頬を襲い、目をしっかりと覚ましてくれた。まだぼんやり酒が残ってる気がするけど、気持ち悪いって程じゃないな。
「ん……」
程なく、ゼノンが外に出てきた。寝癖の激しい頭を手櫛でぐしぐし押さえつけながら、まだ眠そうに目を細めながら。
俺の隣までやってきたゼノンに、よぅ起きたか、と声をかける。ゼノンは返事もせず大欠伸を一つ。コイツも大概、警戒心が薄い。
「畜生、寝首掻いてやろうと思ってたのに、先に寝ちまったらしい」
「中途半端に現実味のある冗談はやめてくれ」
冗談のつもりはねぇよ。にやにや笑うゼノン。徐に腕を組みながら、俺は鼻で笑って答えた。
「寝首掻こうって狙ってる奴が隣にいた方が、いつもより安眠できるとはな」
「あ? なんの話だよ」
「いつもはシーラと二人で同じ部屋で、全然寝らんなくてさ」
「それが何で、命狙われるよりも寝らんねぇんだ」
「代わりに体狙われるんだよ」
「あー」
脇の下をボリボリ掻きながら、また一つ欠伸をするゼノン。そしてあんまり興味なさそうな顔をしながら「お前、あの女嫌いなの?」とそんなことを聞いてきた。
いやいや嫌いじゃないよ、と両手を振る。そう、嫌いじゃない。恋愛感情がないだけで。
「ふぅん。じゃあ種がないのか?」
「何でだよ!」怒鳴って返す。
「いや。あいつ、口はともかく顔も体も悪くねーし、何で迫られて困ってんのかなぁって」
「だって好きとかじゃないんだぞ? 恋愛する気ないんだ。手なんか出せないだろ」
「カンケーねーだろ別に」
眉を顰めて小首を傾げるゼノン。どうやら茶化したりからかったりの意図じゃなく、本当に心の底からそう考えているらしい。あー、「砂漠の常識」って、ホント非常識だよなぁ。
口論に意味はなさそうだ。溜息交じりに、俺は話の切り口を変えてみる。
「下手に手出したらミルレンダインの次期頭領決定だ。あのマウファドに睨まれて逆らえやしないだろ」
「あー……。確かに、そりゃ面倒だな」
納得してもらえた。
「腹減ったな」
そして呟かれた。納得させたっていうか、どうでもよくなっただけかもしれない。
ここでぼんやり突っ立っていたら、朝飯にはありつけない。とりあえず、シーラたちを起こして飯をもらいに行くかと提案した。
別に起こさなくてもいいんじゃねぇか、と砂の上に胡坐をかかれ、一瞬ふむと考えてしまった。いやいやさすがにそれは不義理が過ぎよう。嫌ならお前はここで待ってろと、ゼノンをその場に残し、俺は部屋の中に戻って残る二人を叩き起こした。
「ほら、そろそろ飯の時間だろ。起きろよ」
「うーん、……むにゅ、うにゅ……。――くふふ、朝からウェルの声聞けるの、幸せだなぁ。ねぇ、キスしてぇ」
寝惚け眼を装い俺の顔に両手を伸ばしてくるシーラ。アホかと一蹴。その額を平でべしと叩き、ミディアの方に向き直る。
ミディアは自分で半身を起こし、眉間にこれでもかと皺を集めて、ぼーっと虚空を見つめている。目を開けるのも億劫らしく、ばね仕掛けか何かのように瞼がすぐに閉じようとする。
「……眠い」
そして呟く独り言のような文句。
朝まで飲んでたしな。でももう起きる時間だ、しゃんとしろ。声をかけるが、返ってくるのは定型の二度寝セリフ。
「んンー……。あと、五、――……時間」
定型じゃなかった。
「待てるか。さっさと起きろ」
寝惚けたミディアと、寝惚けたことを言うシーラ。起きた端から体力を削りつつ、二人を引っ張って部屋を出ると、もう日は沈んでしまっていた。
「……遅かったな」
砂の上にしゃがみこみ、こちらもまた眠そうに瞼を半分閉じながら、ゼノンが迎えてくれた。おう、と声を疲れさせ応じる。
四人連れ立ち、食堂、と呼ばれるところへ向かう。いわゆる町の食堂、じゃない。石の柱にロープで天幕を張っただけのスペースに、二十人から座れる長机が五つ、中央辺りに鍋と皿を置ける丸机が一つ、並べられているだけの場所。けれどここには、食料を管理する人間がいて、料理をする人がいて。それを皆に配るような仕事もある。さらには魔法使が、天幕の下の気温管理や保存庫管理も行ってるっていう。機能的な集団だと感心しっぱなしだ。
それぞれ自分の分のパンとスープをもらいながら、四人、適当な席に座る。夕飯時だが、ここにいる人間はせいぜい三十人。それを超える人数が、すぐ隣にある広場で砂に尻を乗せながら酒を飲み始めている。まるで混雑はない。
「……私、朝は食べない主義なのよね。食べるとグダーっとしちゃうから」
机に置いた皿には手を伸ばさず、頬杖をついて溜息を吐くミディア。
だったらもらわなきゃいいじゃないか。パンに齧りつきながら言ってやったが、「あんたに引きずられて歩いてたら、押し付けられたのよ」と居丈高な文句が返ってきた。
ああそういや、スープを取り分けてくれた女性が、お代わりもあるわよとにこにこしてくれていたな。ミディアとやり取りがあったようには見えなかったけど、いらないとも言えずに受け取っちまったのか。
「いらなきゃ置いとけ。食ってやるから」
刻んだ野菜がたっぷり入ったスープ、流し込むように一気に飲みながら、ゼノンが言い捨てる。
食べておいた方がいいよ、とシーラが顔を歪めて助言したけど、結局ミディアは椅子に座ってから一度も、皿に触りはしなかった。




