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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第四節 バドヴィアの日誌
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2-4-7.「で? ユリに知り合いがいるのか?」







「わ、悪ぃ。その、まさか俺の故郷の名前が出ると思わなかったから……」


「は?」


 聞き返す、ゼノンとシーラの声が重なる。


 ただしその後の表情は正反対。ゼノンはにまりと笑い、シーラは目を見開いて憤懣を示してきた。


「なんだよ! お前の故郷って! こりゃもう案内してもらうっきゃねぇじゃんかよ!」


「ダメだよ、ダメ、ダメなんだから! ウェルはミルレンダインに残るの! 帰らせたりしないんだから!」


 二人同時の叫び声。圧倒されて、当の本人である俺は何も意見が言えなかった。


 っていうかなんだよシーラ。普段振り回してくるくせに、こんなときそんな勢いで帰っちゃダメとか言ってもらえると、ちょっと嬉しくなるじゃんか。


「お前さっきから何なんだよ。ウェルの女でもないんだろ? 偉そうに口出してくんなよ」


「そりゃ確かにあたしはまだウェルと結婚はしてないけど、ウェルのパートナーなんだから! これまでケーパとして、全部の仕事を二人で熟してきたんだよ。なんでそれで、ウェルを故郷に帰さなきゃならないの」


「いいじゃん。番犬やるなら俺が依頼出してやるよ。その、ユリ?までの道案内」


「ダメダメダメ! 絶対ダメっ!」


 立ち上がって猛抗議するシーラの陰で、俺はゼノンに「番犬ってなんだよ?」と聞いてみる。ケーパのことらしい。俗語ってやつかな、へぇ。


「とにかくっ! ウェルはこれからもずっとミルレンダインにいるの! あたしと一緒になって、ミルレンダインの頭領になるの! はいこの話はおしまい! いいね!」


 いや、ならないけど。


 ぼそりと呟いた俺の言葉は、半分酔っ払ってもいるシーラの耳には届かなかった。うん、ちょっとこいつのことかわいく見えたけど、酔っ払ってるせいだよな。俺も、シーラも。


 とりあえずゼノンには、ユリの町の地図くらいは書いてやるよと約束した。


「で? ユリなんかに届け物って。その日誌を届けるのか? 知り合いがいるのか?」


 大麦酒のお代わりを店員に頼みつつ、俺は話を先に進めた。


 ああ、と答えるゼノンは、揚げ芋に手を伸ばし噛り付きながら。


「このバドヴィアの落書きは、昔親父が人から預かったものなんだってよ。ずっとうちの倉庫に眠ってて親父も忘れてたらしいんだけど、この前どっかの情報屋が探りに来てな。そんで思い出したって」


「どっかの情報屋って……」


「あぁ、まぁ、多分そこの女がお前らの前に雇ってたっていう番犬だろうがよ。まぁとにかく、いつまでも倉庫で寝かせててもしょうがねぇし、持ち主に返してこいって俺に言いつけてきやがった。ふざけてんだよ、お前の友人だろ自分で行けよって話じゃね?」


 シーデリャを呷りながら、少し目を座らせて主張するゼノン。なんだコイツ、炭酸水で酔ってるのか? ……けど、ユリにそんな砂漠の盗賊を友人に持つ人物がいたとは。先に知ってれば、いろいろ話聞かせてもらったのにな。


「そんな田舎なら、噂くらいウェルも知ってんじゃねぇの? ほら、ユリってバドヴィアの出身地だろ? 親父の友人ってのは、そのバドヴィアの旦那だか、家族らしいんだよ」


「いや、知らない」


 一言答える。バドヴィアの親族なんて、もし今だに住んでるなら都にまで噂が届く超有名人じゃないだろうか。


「はぁ? 知らねぇのか? ホントかよ?」


「そう言われても、知らないものは知らない。っていうかもうユリには住んでないんじゃないのかな。バドヴィアも行方不明になって久しいって聞くぞ」


「げぇ、嘘だろ。それじゃ俺、いつになったら帰ってこれるかわかんねぇじゃん」


 ぐちゃっと顔を歪め、大きく舌を出して。ゼノンは悲鳴とも怨嗟ともつかない濁った声を上げた。


 うん、大変だな、としか言えない。一朝一夕で探し出せる相手じゃあなさそうだし。


「っていうかー。あんたそもそも、この期に及んでソルザランドに行くの?」


 あれ、ぼーっとした目で頭をふらふらさせていたシーラが、いつの間にか復活してる。机にへばりつくように麦酒の器を両手で抱えて、上唇を伸ばしてちびちび舐めながら。


 どういう意味だ、とゼノンが眉間に皺を寄せる。


「だって、あんたの届け物であるその紙束は、今はあたしたちの依頼主のものなんだよぉ?」


「は? なに言ってんのだテメ」


「だってそうじゃない。あんたはあたしたちに喧嘩を売って、そんで負けたじゃん。ってことは、あんたの持ち物なんてあたしたちの好きにしていいわけで」


 うぐ、と言葉を飲むゼノン。


 そういえば、そうだ。俺たちは、無事「ラナマーヴェのゼノン」からバドヴィアの日誌を奪い、依頼主であるミディアに渡した。あとはミディアから仕事完遂の証明にサインををもらい、グァルダードに顛末を報告して報酬を受け取れば、全て終了、……って話だ。


 ゼノンがソルザランドに向かったところで、日誌の元来の持ち主に無事会えたところで、渡す現物はもう手許にないのだ。


「そ、そんなの! 俺がまたこの女から奪ってやる!」


「あぁ、それはいい! そうすりゃ無事解決だね」


 勢い任せのゼノンの拳に、シーラが両手を上げて賛同する。いやいやいや、さすがに俺は賛同しないよ? ミディアが国へ向かう船に乗るまで、くらいは事後保証しますよ?


「はァ? ざっけんなよウェル。テメェどっちの味方なんだよ?」


「いや依頼人の味方だろ、そりゃ」


「でも、仕事は終わったし、これ以上この女を守るってのは契約外だよ?」


「……シーラはミディアが嫌いなだけだろ」


 溜息を吐きながら頭を抱える。


 話の流れでミディアに目を向けた。彼女はまだ真剣に、脇目も振らずに手許の本に目を落している。木の椅子に深く座り、右足を左膝に乗せ、右肘を右膝に頬杖、そんな姿勢。こんなに夢中になって本を読み込めるのもすごいなぁ、とぼんやり眺めていたところ。


「そうだよ、そもそもこいつがすんなり俺に返しゃ問題ないわけだ」


 おっと俺の視線を追ったか。名案思い付いたとばかりゼノンが立ち上がり、机を両手でバンと叩きつけて、そんなミディアに噛み付かん勢いで立ち上がり怒鳴り付けた。


「おい! 赤っ毛! お前もう、今それ読み終わったろ! 返せ、すぐ返せ! 今すぐ返せよ! な?」


 その程度の騒ぎ方では彼女は反応しまい。斜に構えながら必死のゼノンを見守っていたが、意外や意外、ちょうど読み物に区切りがついたのか、ミディアは徐に紙束から目を上げ、口を開いた。


「あれ、私何でここにいるんだっけ」おお、予想通り。





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