2-4-6.「へぇ、そりゃ大した偶然」
俺たち四人のやり取りなどには全く関りを持たず、町は平然と賑わい続けていた。
道端にも構わず机を広げる飲み屋街。その中でも、比較的人のいない一角のある店を選んで、俺たちは四人席を確保した。「この街のいいところは、食べ物屋がきれいでサービスがいいところね」と、シーラが嬉しそうに呟いた。
ミディアは最早、会話を成し得ない。彼女の手には、ゼノンから奪った『バドヴィアの日誌』があった。なぜ彼がそれを持っていたのか、その謎を気にしていたのも一瞬、今はただその本を夢中になって読み漁っている。
多分、我に返った時の彼女の第一声は「私なんでここにいるの?」とかだろう。
シーラが顔を顰めながら、辟易と小首を振った。
そして顔をゼノンに向け。
「さて、いろいろ話してもらおっか」まず一杯。グラスに注がれた冷たい大麦酒を大きく呷った後、身を乗り出してゼノンを睨み付けた。
一応剣は預かっているが、ゼノンにはもう攻撃の意志はなさそうだ。何より、複数相手とはいえ「勝負に負けた」ことが衝撃だったらしい。店までの移動中も、店に入ってからも、反抗的な動作はひとつもない。表情はずっと反抗的なんだけども。
「何であたしたちを攻撃したの? それに何であなたがこの、えぇと何、本? 冊子? なんだかよくわかんないけど、これを持っていたの? そもそもあなた、誰なのさ」
捲し立てるシーラ。それでもミディアに対するよりはずっと口調が穏やかだ。
ゼノンは腕組みをし、やや俯き加減。麦藁色のボサボサ髪、その前髪で目許を隠すようにしながら、拗ねたような態度で鼻を一つ鳴らし、やがてゆっくりと口を動かした。
「……ラナマーヴェの、ゼノン」
瞬間、シーラの体が跳ねた。
口を手で押さえ、見る見る顔色を青く染めていく。そんな表現は本では読んだことがあったけど、実際に見たのは初めてだった。
「まさか……。嘘でしょ?」
「糞の役にも立たねぇ嘘なんかつくかよ。信じらんなきゃ信じなきゃいい」
憮然と鼻を鳴らすゼノン。
話についていけず、俺はシーラに「なんだって?」と聞いてみることにした。
「目的地だった六重の塔の住人、だって」
「へぇ、そりゃ大した偶然。
ああ、でも、それならこの本を持ってたのも納得だな。何せ持ち主なわけだから」
あっさりした俺の感想に、シーラは期待した反応じゃなかったといった様子で、眉間に皺を寄せ小首を二三度振りながら、「えぇ、まぁそうね」とやる気なさそうに呟いた。
店員が、乱暴に料理の追加を運んでくる。馬の肉の煮込みと、芋とトマトの揚げもの。ミルレンダインの食事に比べても、大分味が濃い。
「で? それが何であたしたちを襲ってきたのよ?」
自分の椀に煮込みを取り分けながら、シーラが質問を続けた。さっきより少し聞き方が雑になってる。やる気をなくしたのか、……あれ、ひょっとして俺のせいか?
「何でって……。お前バカか?」
「だ、誰がバカだって――」
「グァルダードで情報収集しようと思ったら、六重の塔に泥棒に入ろうって連中を見かけたんだ。殺すのに理由いるか?」
あ、はい。そうだね。一度は腰を浮かせたシーラが、すぐさま縮こまって頷いた。
悪態ついて調子が出てきたのか、ゼノンもようやく、食べ物に手を伸ばし始めた。飲まないのかと尋ねたが、返事はない。遠慮する柄でもないだろう。酒癖の悪さを自覚して自制しているか、それともただの下戸か。追及するのも無粋だな。
「グァルダードで集めたかった情報ってのは揃ったのか?」
別の話を聞いてみる。なんでンなこと答えなきゃいけねーんだ?と、ゼノンはまるで丸くなったハリネズミのように刺々しい。
「別に、興味持っただけだよ。ミディアに日誌を貸してくれたおかげで、俺らもあっという間に仕事が片付いた。こっちも何か手伝えることがあれば、と思ったんだ」
眉を顰めてシーラが脇腹を小突いてくる。お人好しだなぁ、感心しないよ。そう言いたいのだろう。
けど俺は、この警戒心剥き出しのハリネズミが、なんだか憎めないのだ。年格好も似た頃合い。剣の腕前も互角に近い。どうにも他人と思えない。
「……お前、変わってんな」
当のゼノンにもまじまじと言われた。
「情報収集っつーかまぁ、グァルダードにいたのはただの時間潰しだよ。暇だったしな、どうせボーっとしてるだけなら、あそこにいる方が面白い話が聞けるかもなって。そしたら実際は、予想以上の話が聞けたんだけどよ」
時間潰し? 鸚鵡返しに聞いた。俺も小さく酒を飲む。砂漠に来て、毎日酒を飲むようになった。――う? ああ。もっと昔から飲んでたんだけどさ。自室でこっそりとか。
「明日の朝の舟までの時間をな。そもそもは、ソルザランドへ行く予定だったんだ。親父に頼まれて、届け物に」
「へぇ? ソルザランドに?」
「ソルザランドって、ウェルの故国だったっけ」シーラが口を挟んだ。
「あん? お前ソルザランド人なのか。そりゃいいや、手伝ってくれるってんなら道案内しろよ。さっさと終わらせて帰りたかったんだ」
「だぁめ! ウェルはあたしの良人なんだから。勝手に国に帰らせないよ」
「はぁ? なんだよウェル、情けねぇな。こんな弱っちょろい女の尻に敷かれてんのかよ」
酷い誤解だ。ぐっと盃を煽ってから、俺はゼノンを睨み付けた。
「まずこいつと俺は夫婦じゃない。そして、俺は修行のために砂漠に来たばっかりだから、まだまだ国には帰らない。それにこいつの親父さんとの約束もある。そういう理由で、道案内は断る」
俺が冷淡に主張すると、ゼノンはちぇっと一つ舌を叩いた。そして店員を捕まえて、炭酸レモン水を注文する。多分これ下戸なんだな。本格的に。
「大体、ソルザランドったって広いし。俺は故郷からほとんど出たことなかったから、案内できる場所なんか全然ないぞ」
「あー、そりゃそうか。買った地図にも載ってないド田舎っぽいし、知ってるわけねぇよなあ」
「どこに行くんだよ」
「バドヴィアの故郷って町だ。ユリ、とか言う」
ぶふぅッ、と思わず酒を吹いてしまった。




