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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第四節 バドヴィアの日誌
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2-4-5.「砂漠の流儀にも従うけど、やりたいようにやる」







「何か用?」


 シーラが聞いた。


 顔までを隠す砂色のマントとフード。辛うじて見える、尖った前髪と鋭い眼光。どこかで見たなと、俺は首を捻った。


「これから、六重の塔に行くのか?」


 不躾な質問だった。


 声の感じは少年。張りのある、低い、けれど微かにあどけなさも残る。少女と言われてもなるほどと唸ってしまうくらいの。


「行くとしたら、どうするの?」


「死んでもらう」


 ギラリと目が光る。


 強烈な殺気だった。瞬時に、俺は剣を抜き、シーラはナイフを握った。


「もう一度聞く。六重の塔に行くのか?」


「……行くよ」


 瞬間、少年が爆ぜた。


 マントの下から白銀が伸び、黄金に光る瞳が真っ直ぐに俺を見据える。


 なんとか反応。構えた剣で少年の大振りの柳葉刀を受け止めた。


 ぞくっと背筋が震える。


 シーラが魔法を使い、風の流れを作った。俺にとっては追い風、敵にとっては向かい風。


 砂を混ぜた風が相手の視界を遮ろうとする。が、マントに隠された目はあまり不利を感じてはいないようだった。


 三度火花を散らしたところで、少年は一度距離を置いて構え直した。


 マントの下で、少年が笑ったのがわかった。


 自分の剣に、大分自信がついていた。第一線の盗賊共相手にも、俺は十分戦える。仕事を数こなしたことで得た、小さくない報酬だ。


 少年は、ぐっとマントを引っ張って口許を見せた。鋭い笑みに八重歯が光る。


「久々に、骨のある相手だ」


 端的な奴だ。


 口にする言葉はとても少なく、振るう刃が全てを語る。勝つか、負けるかだと。


 訳も分からず仕掛けられた勝負だけれど、それが砂漠の流儀と言われれば俺も従わないわけにはいかない。


「あんたずいぶん失礼な奴ね、何も言わず突然仕掛けてきて。常識って知ってる?」


 ……あれ。砂漠の流儀じゃないのか。


 顔を見せた少年は、楽しそうに剣を振るう。


 対する俺は、シーラの魔法の援護を背負いながら、右に左にその攻撃を受け流す。


 しかし実際、魔法が少年に与える影響は微々たるもの。


 シーラの腕のせいじゃない。少年の目前に火花を散らし、足許に砂を纏わらせ、手許に水をじゃれ付かせて握る柄を(ぬめ)らせる、そのタイミングはどれも絶妙。


 それなら少しは少年に隙を作らせられそうなものだけれど、それができない理由も簡単。目前で火花が散ろうが、足が僅かばかり重くなろうが、まるで動じないのだ。


 剣戟よりも、むしろその勢いの方に刮目してしまう。


「な、何なのコイツ……。神経あるの?」


「シーラ、炎を!」


 叫ぶと同時に、二歩飛び退る。


 俺を追ってその空間に飛び込んだ敵は、ほんの一秒弱、とはいえ大きな炎に足を踏み入れることになった。さすがにそうなれば、動じないわけにもいかないだろう。


 ――と思ったんだけど。


「はっはぁ!」


「ウソだろ、不感症にもほどがあるぞ!」


 足許を炎に巻かれようが、水溜まりを踏んだ程度にも気にかけない。


 こりゃシーラの援護はないものと思って計算した方がいいな。


「ちッ」


 舌打ちはシーラ。彼女も思ったようだ。魔法は捨て、構えたナイフで俺の近くに走り込もうと機を伺い始めた。


「いいぜ? 二人でも三人でも、いくらでも相手してやるよ!」


 楽しそうに笑う少年。


 はっと意気込み、後ろに跳んで一旦距離を取った、と思う間もなく次の瞬間には俺に斬りかかってくる。


 応じようと構えた剣。けど、俺に襲い掛かったのは少年の刃ではなく、手前で勢いを殺した少年が左手一本でぐっと脱ぎ捨てた、マントの布。


 ぶふわっ、と。俺は声を上げながら、必死になって数歩下がった。


 視界が封じられて、今攻撃を食らったらまずいと、思い焦って距離を置いたのだが、ようやく布を剥ぎ捨てた俺に少年の攻撃は向けられていなかった。


 大上段からの柳葉刀を、シーラがナイフで受けている。にやにやと笑いながら四肢を顕わにした男が、右手一本で押しつけていた。


 一方は、小さなナイフを柄と峰で支え、剣の重さに震えるシーラ。力量の差は瞭然だ。


 実際、何合か打ち合った自分がよくわかっている。少年の攻撃は、重い。マウファド程ではないが、がむしゃらに全てを叩き切ろうとする迫力は脅威だ。


 けど、なんでシーラを先に攻撃したんだ? 魔法もナイフも、まるで歯牙にかけない素振りだったのに。


「ちょっと寝てろや」


 少年は空いた左手でシーラの腹を殴打する。ガードもできないままもろに食らったシーラは、うぐと呻いてそのまま蹲った。


 とどめを刺す気はないらしい。殺すと言っていた割に、随分優しいじゃないか。


「どういうつもりだ?」訝って、聞いてみる。構えを取りながら。


「俺の悪い癖だ。お前が面白くってな、どうもはっきり勝負付けたくなっちまった」


 にやりと笑う少年。


 マントの下に見せた、硬い、武術の道着のような夕日色の服、紺色の腰紐。洒落っ気はともかくいかにも動きやすそうな格好で、さあここからが本番と舌なめずりする。


 舌を一つ打ちながら、しかしふと気が付くと、俺も口許が笑っていた。


「ウェル・オレンジだ」


 砂漠の流儀には従うが、俺のやりたいようにもやりたくなった。一言、名乗る。


 一瞬、目を見開いた少年は、しかしすぐさま微笑み、こちらの意を汲んで答えてくれる。


「ゼノン」


 鋭さと荒々しさの混じった、この少年の剣筋のような名だと、思った。


 そこからまた、数合打ち合う。


 命のやり取りのはずなのに、何でだろう、気持ちが高ぶってしまう。実に楽しそうに剣を振るう少年に、俺も笑顔で返してしまう。


 毛ほどの傷をいくつか肌に作り、同じくらい相手にも斬りかかりながら、そうしてどれくらい経ったろう。十分か、二十分か。


 勝負は、意外な形で決着した。


「何よあんたたち。何やってんのよ」


 駱駝の綱を引きながら戻ってきた依頼主。剣の音を聞きながら、口端にそんな呑気な感想をぶら下げた。


「ミディアっ、下がってろ!」


「へへ、大丈夫。そいつのこともちゃんと把握してるぜ。ウェル、お前を殺したら、女どももトドメ刺してやるから安心しろ」


 鍔と刃の向こう側。ゼノンがにんまり笑う。


 ――と思いきや、その表情がみるみる歪み。


「おい女っ! 何勝手なことしてんだよっ!」


 俺との鍔迫り合いから刃を引けないまま、目をそちらに向け、怒鳴り声を上げた。


 勝手な、何をしているんだろう。俺も一瞬首を動かし、ミディアの様子を確かめる。彼女はゼノンの投げ捨てたマントを拾い上げ、これは何だと首を捻りながら検分していた。


 いや、いやいや何迂闊なことしてんだよ。俺が一瞬力を抜いてゼノンの動きを自由にしたら、先にお前が切り捨てられる状況だぞ、これ。


 そして腹押さえて這い蹲ってるシーラ。気が付いてたのか。舌出して笑ってんなら早く起きろよ、見えてるぞ。依頼人斬られればいい、とか思ってるなよ頼むから。


「え。……これって」


「やめろ触んな!」


 ――ガギャッ!


 やべ。


 力任せに剣を弾かれた俺。一歩後ずさり、体勢を崩してしまう。


 この一瞬、こいつにとっては十分過ぎる時間。


「うっそ、何でこれがこんなとこに――」


「うるせぇ! 返しやが――……」


 ギィンッ!と激しい音を立て、ゼノンの手許から剣が弾かれた。


 舌を出していたシーラが、完全に自分がゼノンの意識から消え去る瞬間を待って、その手首を攻撃した。巻き上げられた砂煙を見るに、魔法も使ったんだろう。


 ゼノンの左手首が、じわりと鮮血を滲ませる。


 それでも動きを止めないゼノンの意地も凄まじい。ミディアの手にあった本を動く右手で奪い取り、飛ばされた剣を拾い直そうと跳躍の準備をした、そこで追い付いた俺の剣先に睨み付けられる。


 ぐ、畜生、と小さく呻いて、強く歯軋りの音を響かせた。





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