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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第四節 バドヴィアの日誌
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2-4-4.「じゃあ、契約破棄したら?」







 まぁ矛先がこっち向く、くらいは覚悟の上だよ。


「だって二人ともその調子じゃ、いつまでたっても話進まないだろ。ここにいる三人、さっさと用件を済ませたいって思いは同じなのに」


「そりゃ……」


「まぁ……」


「だろ? だったらちょっと落ち着こう。えっと、アバディアさん、あなたも。まぁ何やらお急ぎだっていうのは伝わってきましたけど、今まで散々待たされたんでししょ? 今さら俺らの名前を確認するくらいの時間取ったって、大して変わらないんじゃないです?」


 腕組み姿勢でふん、と鼻を鳴らしながら、「まぁ……」と頷いてはくれた依頼人。それでも興奮は冷めきってはいないようだ。触発しないよう、話は歩きながらにしましょうか、と提案してみた。


「……そうね。まぁ、歩きながらなら」


 不承不承の表情だけど、態度は随分柔らかくなった。ではさっそく参りましょうかと、俺の口調はいつしかわざとらしいくらい慇懃なものになってしまっていた。


 振り向けば、シーラの表情は随分不満げ。ふむ、こっちはこっちでフォローが必要か。


 ……しかしなんで俺がこんな気の強い女二人の間に挟まれて、喧嘩の尻拭いまで考えなきゃいけないんだろうなぁ。


「へぇ、アバディアさんは、グランディアから来たんですか」


 俺が真ん中に入って、右側にアバディアさん、左側にシーラの形で歩く。早足で歩くアバディアさんは、それでも少しはこちらに向かって会話をしてくれているが、一方シーラはそっぽを向いたままだ。


「ええ、学術都市メディンに建つグランディアの最高学府、マルストン大学校の研究者よ。昇級論文をきっぱり書かなくちゃいけなくて、バドヴィア論をテーマにしようってすっぱり決めたのよ」


 ミディア・アバディア。ミディアでいいわと、硬い表情で機械的に言い放った。


 大学の学生さんか。よくわかんない難しい単語がいっぱい並んだけど、要はガクジュツケンキュウのためにそのバドヴィアの資料が必要だってことだな、うん。


「けど、こんな砂漠に、あのバドヴィアに関する本があるなんて意外ですね」


「そうそう! 私もそれ思った! 生まれ故郷がソルザランドのなんか田舎町で、戦争の舞台も大体北の方だし。彼女にまつわる伝説が南にもあるなんてウソーッて感じで、正直あんま信じらんないのよね」


「それでも、来てみた、と」


「うんそう。もしホントだったらさ、私が信じないでぷいっと知らん顔したら、百年先まで誰も探しに来ないだろうなーと思ってね。こんな砂漠で、百年ほったらかされたらそんな本なんてボロンボロンになっちゃうだろうし」


 なるほどねぇ、と相槌を打つ。正直話の内容は右から左だったりする。しょうがねぇじゃん、言ってることよくわかんないんだし。でも聞かなきゃきっと、ミディアはまた機嫌悪くなるしさ。


「お話の途中で大変申し訳ないんですけどねぇ」


 むすっと頬を膨らませながら、あからさまに目線を逸らしながら、シーラが口を開いた。


 なに、と答えるミディアも不機嫌。


「町の入り口まで到着致しましたんですよ。ここから先は砂の路が続きますんですゆえ、駱駝を取ってきて頂けますでしょうか?」


「は? 駱駝? ないわよ、そんなの」


「あ、そうなんですか? 砂漠に駱駝なしで突っ込もう、なぁんて、随分無謀でいらっしゃいますこと。さっさと用意してきてもらえませんですかね? あたしたちも暇じゃねーんでございますんですわ」


 やばいシーラのやさぐれ具合がひどすぎる。


「私が? 用意するの? 駱駝を?」


「当たり前でございますですよね? だって、駱駝の準備は契約内容に盛り込まれておりませんでございますんですから?」


「そこまでびゅーっと連れてくのがあんたらの仕事でしょ?」


「雑費諸々の契約確認を頂いておりませんゆえ、話聞いてねぇ出費はこちらも一切お断りなんでございますんですわ教授センセ。おわかり?」


 ああぁ、せっかく俺が機嫌取ってたのに、なんでまた露骨な挑発するかなシーラの奴。これでまたミディアの機嫌は最悪に、二人は一触即発――、っていうか触んなくてももう暴発秒読みの状態に突入かよ畜生! ……と内心頭を抱えてたんだけど。


「ぐぬ……っ、わかったわよ! 買ってくるから、ちょっとそこで待ってなさい!」


 案外ミディアは素直に、そう言ってバザールの方へ戻っていった。


 一応、シーラの話に理を認めたってことか。怒鳴り合いにならずに済んで、俺は一つ大きく溜息を吐いた。


「全く何なんだよあの女! あんなひどい態度、なかなかないよね」


 さぁ、今度はシーラのご機嫌取りかぁ。あぁ疲れるなぁ。


「あのさ。一応仕事なんだし、納得いかなくても依頼人への態度はちゃんとしないと――」


「ウェル! あなたよくあんなの我慢出来るよね! よくあんな女とヘラヘラ笑って話が出来るよね! あたしムリ! もうほんとムリなの!」


 感情を顕わにするシーラ。しかしここまで怒鳴り散らすシーラも、実はなかなか珍しい。今日はずいぶんいろんな顔が見られるな、と少しだけ楽しく感じ、そしてすぐにそんな場合じゃねーだろと自分の思考にツッコミを入れた。


「じゃあ、契約破棄したら?」


 冷淡に聞くと、いやそういうことじゃないでしょ、と目を顰めてくる。「嫌な仕事もちゃんと全うしてこそ、デキるケーパってやつじゃないの」


「……仕事ぶりにこだわれるような、デキるケーパじゃないだろ」


 たかだかこの一、二週間グァルダードに通い始めたばかりの駆け出しが。口に出しジトリ睨むと、今度は拗ねるように口を尖らせ。


「それはそうだけど。でも請けた仕事を放り出すなんて嫌じゃん。負けを認めて逃げ出すみたいでさ」


 ふん、と胸を反らすシーラ。まぁ、どっちでもいいけどさ。俺は小さく溜息を吐き、石でできたすぐ近くの壁に寄りかかる。


 見上げれば、薄く雲がかかった黒い空。時折姿を見せる月が、細くこちらを笑ってよこしている。


 耳に届くは町の人々の喧しさ。月も高いって言うのに、元気に客引きをする商店街の連中の濁声(だみごえ)。今から砂漠に出て行くらしい、隊商の足音と号令。あぁ、これがこの町の音か、なんてのんきなことを考えていると。


 ざ、と小さな、わざとらしい足音がして。俺は首を下ろした。


 シーラも警戒を強めている。


 町の大きな出入り口からはひとつ外れた、小さな門のところ。人影は、俺と、シーラと、その足音の持ち主の三人分しかない。




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