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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第四節 バドヴィアの日誌
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2-4-3.「うわ、お前がそれ言うか」








「こういう怪しい仕事を請け負うなんて、シーラにしちゃ珍しいよな」


 依頼人の仮宿に向かう道すがら、シーラの胸中に少し迫ってみた。


「そうかな?」


「ああ。あんまりシーラが好きそうな、面白そうな仕事には聞こえなかった。いつもだったら俺がよし請けようって言って、シーラが厄介そうだしやめようよ、っていう感じかと」


「そうかなぁ。そんなこともないと思うけど」


「何が決め手だったんだ? この仕事をやろうと思った」


「んー」


 指を顎に当て、しばし考え込む。


 そして、出した答えは。


「敢えて言うなら、盗賊の血、かな」


「なんだそれ」


「六重塔のラナマーヴェ団、って言えば砂漠じゃちょっとした伝説なんだ。特にその団長が」


 首を一つ頷かせながら、シーラが言った。伝説とはまた大袈裟だな、と敢えてふざけた茶々を入れる。その何とかって塔が、下手したらマウファドさんよりも数段ヤバい、タミア砂漠最強最悪の盗賊の居所だって話は、俺もグァルダードで聞かされていた。


 曲がりなりにも国一つ分。一万二万じゃきかない数の人間が、「アイツには敵わない」と両手を上げて認める程の実力者なら、相応の逸話や噂話は生まれているに違いない。それでもそれを「伝説」とまで呼ばれると、さすがに大袈裟じゃないかと腹の辺りにむず痒さを感じた。


「逸話なんかはどうでもいいんだけど、あたしにとってはさ。最強の盗賊剣士って言えば父さんのことで、実際父さんに勝てる奴なんて、今まで見たこともないんだよ。だから、父さんを差し置いて『砂漠最強』なんて呼ばれてる男の顔を、もしいつか機会があれば拝んでやりたいなって、まぁそんな風にずっと思ってたわけ」


 憧れの父より強い存在。それが、シーラがその男に会ってみたいという理由。だっていう割には、その表情はまるで英雄に憧れる少年のように輝いていた。


 ふぅん、と、聞いてるこっちもちょっと楽しくなる。


 けど楽しいだけじゃ、すまない。観光に行くわけでもなければ有名人に握手を求めるわけでもない、仕事をしに行くんだ。最強と謳われる相手に、手土産を持っていくわけじゃない、物を拝借しに行くんだ。


「マウファドさんより強いかはさておき、俺らよりは確実に強いその男相手に、勝算はどれくらいあると読んでる?」


 現実的な話を振る。


 物自体はそこにある、とその情報を突き止めた前任は、グァルダードに報告したのち正式に任務を放棄し前金だけ持って逃げたらしい。懸命な判断だと、受付氏は苦笑していた。


「そりゃ十分にあるよ。だって別にそいつと戦う必要はないんだから。ただその本だけ盗んでくればいいって話でしょ?」


「砂漠最強の男の塒から、本一冊探し出して盗み出す? それは、試せるのは実力じゃなくて運だよな」


「いいじゃん、運試し。失敗してもうまく逃げればいいんだし」


 運試し、かぁ。まあたまにはそう言うのも悪くはないけど、でもリスクは大きいな。それに、うまいこと逃げ果せたとしたら、最強の男の顔は見られないんじゃないだろうか。


 そうこうするうち、大きな建物の前に着いた。シーラが右手を古びた木戸にかける。


 建物は外国人向けの安宿。蝋燭一本灯しただけの薄暗いロビーには、くすんだ木材で囲われた狭苦しいカウンターが一つ。カウンターのこっち側は狭い通路が一本、左手奥の階段に続いている。


 俺たちの気配に気付いてカウンターの奥から男が出てきたが、シーラは相手もせず通路を奥へ歩いていく。


 おいちょっと、と止めようとする男に「待ち合わせなんだ」と俺が説明。たったそれだけで、男はそれ以上何も言わなくなった。


 指定の部屋は二号室。ところでこの宿、一階層に一部屋ずつしかなく、階層も四階までしかないらしい。この大きさで宿なのか、と感心の息を漏らしてしまう。


 二号室の扉を叩くと、中から出てきたのは赤い髪の眼鏡の女性だった。まるで寝癖だらけのセミロング。首の緩い上着を着崩し左の肩を見せながら、不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「なぁに、あんたたち」


 ボリボリ頭を掻き、今の今まで寝ていた様子を隠す気もないようだ。寝癖髪を躍らせながら、迷惑そうに聞いてくる。


「依頼を受けてきたケーパですけど、アバディアさんで間違いないですか?」


 へぇ、丁寧な喋り方もできるんだ。シーラの挨拶に俺が感心していると、寝惚け顔だった女性が突然目を見開いてシーラの肩を掴んだ。


「遅いじゃない! どんだけ待たせんのよ!」


 がくがくと首を揺すられるシーラ。


「ちょ、っと……、お、おち、ついて……、あ、あたま、ゆ、れ……」


「とにかくしゅばっと出発よ! 今荷物取ってくるから!」


 掴んだ肩を放り投げるようにシーラを弾いてばたんと戸を閉め。俺たちが目を白黒させている、その一瞬のうちにもう一度扉を開けた女性は、厚地織布の上着を羽織り、オレンジ色の小物入れを腰に結び付けて、髪を後ろでひと房にまとめ縛っていた。


「さぁ、しゅわんと出発よっ!」


 髪房を犬の尻尾のようにわさわさと揺らしながら、謎の擬態語を繰り出しながら、彼女はシーラの腕を引っ張って階段を降りていく。


 すっかり勢いに飲まれたシーラは、整わない息で「ちょっと待って、とにかく待って」と繰り返しながら引き摺られる。なかなか珍しい光景なんじゃなかろうかと、むしろ俺は面白くなりながら、小走りにその後をついていった。


「目的地は聞いてるわ。南の方にあるデッカイ塔……、だっけ? そこに例のアレががっちりキッカリあるんでしょ?」


 宿を出て、尚シーラを引き摺って歩きながら、赤っ毛の女性が捲し立てた。


 さすがにシーラも飲まれてばかりじゃない。ここでぶんっと彼女の腕を振り払い。砂の地面に足を踏ん張って一度立ち止まる。


「ちょっと! なんで止まるのよ、さっさか行くわよ!」


「まぁ待ってください。いくら何でも性急すぎます。まずは説明してください、あなたの希望と状況を」


「希望も状況ももう言ってあるはずよ! バドヴィアの日誌ってのがこの砂漠にあるって聞いて、それを手に入れたくてあんたたちを呼んだの!」


 イライラと拳を震わせながら、声を荒げる依頼人。


 仕事の手前、シーラも随分頑張って我慢してるんだなとわかる。右足がじりじりと地面の砂を削り、小さな擂り鉢を作っていく。


「それじゃあ情報が足りないって言っているんです。仕事の前にちゃんとあれこれ確認しておかないと、後から文句言われても困るんです」


 うわ、お前がそれ言うか。


「だっからもう伝えることなんてないんだってば! 欲しいものがある。ガーっと手に入れてきて。よろしく。それでまるっとおしまいよ」


 こっちも乱暴だ。伝えることないって、まだこっちの名前も確認されてないぞ。


「手に入れてきてって言われましても、例えば手段はどうするんです? 盗む? 買う? 買うなら上限はいくらです? 盗むんなら、現物の外見などを確認しなきゃ、こちらは一体何を盗めばいいのか現場で見たってわからないじゃないですかってそういうことを言ってるんです。――わかって頂けますか?」


「外見なんて知らないわよ、私も見たことないんだから」


「なんだかよくわからないものを盗めと仰る。しかも詳細説明は一切なし。ああ……、これはとんでもない貧乏くじ案件ですねぇ」


「本よ! 日誌! バドヴィアがまとめた、個人のノートか小冊子! それくらい現場でぱっと見てびびっと探してきなさいよ! 仕事でしょ!」


 手が出そうになったところでさすがに俺も仲裁に入る。まぁまぁまぁ、二人ともちょっと落ち着いて。間近に寄っていた二つの顔、その口の辺りを両手で押さえて、ぐっと引き剥がす。


「何すんのよ!」


 二人、声が揃った。




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