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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第四節 バドヴィアの日誌
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2-4-2.「シーラはどうして俺に付き合ってくれるのか」






 ケーパの仕事をこなすのは、正直楽しかった。


 常にシーラと一緒に。基本的には護衛の仕事が多かった。「そもそも護衛者(ケーパ)の本分だからね」とはシーラの言。けど、それ以外の仕事もそれなりに数はあったし、請け負ってみることもあった。


 例えば、獣肉の仕入れ。大概の食べ物は海を渡って運ばれてくるダザルトだけど、砂漠は独自の動物相を作り出していて、砂漠にしかいない獣もたくさんいる。中でも牛に近いオリックスやサイガなんて生き物たちは肉がとても旨いということで、狩ってきてほしいという依頼がそこそこある。


 他に例えば、水路の建設。町の水場から水を引っ張って、少し離れた場所に集落を建てるような計画があるそうで、そんな仕事もグァルダードで人員募集されていた。当然長期の仕事だけど、基本的には日雇い契約。毎日違った顔が見られるとか、その日の人数が集まらなければ急遽休みになるとか、なかなか独特な仕事だった。


 他にも害獣駆除や共用部分の清掃など、言ってしまえば雑用のような仕事も山ほどあった。個人的にはどんな仕事もなかなか面白く経験できているんだけど、雑用仕事はシーラからの文句が増える。「なんでこんな仕事請けるのぉ?」と、風船のように頬を膨らませる。


 なんだかんだ文句言いながらも一緒に付き合ってくれるので、こちらもシーラが嫌がる仕事はなるべく避けるようになっていった。


 護衛の仕事を多く請けるようになると、二日、三日と日数がかかる仕事が自然増えていった。人数が必要な仕事も増える。おかげで、カルートたちのように顔と名前だけじゃない、戦い方の癖まで覚え込むような仲間が増えた。


 よく聞かれるのは、「何でケーパの仕事なんかしてるんだ?」って質問。


 ミルレンダインは大きな盗賊団だが、全員総出で何かをすることなんてない。塒を守り財産や食料を管理する者がいる半面、外で稼ぎを得る役割も当然あるわけで、ケーパの仕事をすること自体が珍しいわけじゃないそうだ。


 要は、次期頭領たる男が率先してやることじゃないだろ?と聞かれているんだ。


 答えはいくつかあったけど、ブレることはない。経験を積むため。勉強のため。居候の自分も団に貢献したいため。そして、何より、強くなるため。


 それだけ並べると、大体誰でも納得してくれた。


 質問の矛先はシーラに向かう。


「こいつが強くなって団長に勝ったりしたら、お嬢は婿殿を逃がすことになるんじゃねぇか? なんでお嬢も婿殿の武者修行を手伝ってるんだよ」


「何でって、だってウェル、少しもあたしに靡かないんだもん? もう片時も離れずあたしの魅力をアピールするしかないじゃん」


 本気とも思えない、そんなようなことを言って、頬を膨らませるのだ。


 実際、シーラがどうしてここまで俺に付き合ってくれるのか、不思議に思う気持ちは俺にも強くある。たまにやりたいことが噛み合わず、俺は前向きな意見のつもりで「じゃあ今日は別行動にしよう」と提案することがあるんだけど、そんなときシーラは決まって悔しそうに奥歯を噛み締めて、それから「わかったよぉ。ウェルに合わせるから、そんな意地悪言わないで?」なんて、しおらしい態度を取って見せてくる。


 何を考えているのか、まさか本気で俺に惚れてる、なんてことはないだろうけど……。


 シーラの不可解な行動と発言に首を捻りながら、けれど彼女の助力を拒む理由もなく、そして俺は今日も彼女と一緒にベイクードのグァルダードに向かうのだ。




「よぉ、今日も来たな」


 別段歓迎するような表情も見せず、いつもの髭と眼鏡の受付が口だけ挨拶をくれる。目線は一瞬寄越したか、手許の書類の束を机に置く気配は、ない。


 狭い建物の中には、今日は他にも人間がいた。砂色のマントで全身を隠して座る、多分、男。チクチク尖った栗色の前髪が辛うじて少し見える程度に頭まで隠しているので、正直性別も判然とはしない。


「今日も来たよ。いいやつちょうだいな?」


 待合席には目もくれず、シーラはカウンターに直行、にんまりと妖艶な微笑みを浮かべる。相変わらず受付の男は書類から目を話す様子がないけど、よく見ると仕事に没頭して来客の相手を疎かにしている、という風でもない。紙束を忙しくめくり何かを探している。


「いいやつかどうかはわからんが……。もし請けてくれるなら、ちょっと片付けてもらいたい案件が一つある」


 どうやら探し物はすぐに見つかったらしい。一枚の紙片を抜き出し、ようやく、紙束の方を乱暴に机に置いた。


「随分な言い方だね。『お勧めの依頼』って言うよりは、『厄介事の押し付け』って聞き取れど」


「否定はしない。けど、ここんとこお前さんらは順調に仕事をこなしてくれてるからな。誰にでも任せられるわけじゃない仕事、って意味じゃ、お前さんらにとっていい仕事って意味になるかと」


「物は言いよう、捉えよう、ね。まぁまずは仕事の内容を見せてよ」


 諦めの溜息をおどけることで軽くしながら、シーラは男に手を向けた。


 受付氏は一瞬微かに躊躇いを見せながら、それでもすぐに依頼書をシーラに渡す。業務内容を端的に分類した、一番上に目立たせられた印。そこには「探索(中途)」の文字が大きく描かれていた。


「なぁにこれ。……バドヴィアの日誌を探してる?」


「欲しい本があるんだと。それを手に入れてほしいっていう、まぁ大雑把に分けりゃ盗みの依頼だ。報酬は八万エニ、即金払い。どうだ?」


 職員の説明は端的だけど、シーラはそこに油断しない。いつもなら斜め読みで口での説明を求めるくせに、今日に限っては書面の一文字一文字を執拗に、嘗め回すかのように拾っている。あんまり真剣に読み込んでるので、一方の俺はほとんど読めない。


「……これ、時間がかかるやつ? 手掛かりが全然書いてないけど、手掛かりなしで目当ての品を探さなきゃいけないやつ?」


 眉間に皺を寄せながら、確認する。


 回答は、声音軽く。


「いや、場所はわかってんだ。前任がいてな、調べまではついてる」


「そうなの? なんでその人は最後までやらなかったの? あ、死んだのかな」


「いや。逃げ出した」


「えぇ?」


 シーラが眉を顰めた。背後で布を擦るような音がする。


「物の在処が振るってんだよ。アルハーダのオアシスから南に一時間」


「…………」シーラの眉根が、更に寄る。


「当てが付いたようだな。多分正解だ」


 二人が顔を近付け、声を潜める。


マーヴ神の六重塔ラノマーヴェーン・セクレストルワだよ」







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