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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-7.「じゃあもっと早く使えよ」






 ハイエナは、後からどんどん湧いてくる。


 もう三匹も立ち上がれなくしてるのに、まだ戦意を失くさないのか。なんだかナメられてる気がして、ちょっと悔しくなってくる。


 ふと、風の向きが変わった。今度は、横から。サイフォスが一瞬顔を歪めたのは、血の匂いを感じたからだろう。我慢しろ、前の匂いを隠すためだ。


 風を操りながら、いよいよシーラも武器を手に取った。万が一にもサイフォスが狙われないよう守り抜く体勢。シーラにこれ以上仕事はさせない。一匹だってサイフォスの方に漏らすもんか。


 更に数を増やした獣共の中、俺は今度は自分から斬り込みに向かった。


「ウェルっ、落ち着いて!」


「大丈夫だ。援護を頼む!」


 振り向きもせずシーラに答える。


 一番近いところにいるハイエナに斬りかかり、背中に大きな傷を負わせる。


 初めて攻め立てられたからか、ハイエナたちは大分逃げ腰になってきている。さっさと散れ。逃げれば、追わない。――その意図を伝えられれば楽なのになぁとげんなりしながら、二撃目、三撃目を素早く繰り出した。


「もう十分です! もうたっぷり採集できました!」


 ここでようやく、サイフォスが声を上げた。


 遅いわよ、とシーラの罵倒が聞こえる。俺も剣を引くための準備を考え始めた。近いやつらを蹴散らし距離を取ってから、シーラの魔法を借りてもう一度威嚇しようか。


「ま、待ってくださいね! 逃げるならいい薬を持ってきました!」


 ハイエナと睨み合いながら脇の下に汗を走らせていたところ。サイフォスがそんなことを言い出したのが聞こえて、最初、俺は何を言ってるのかよく理解できなかった。


「ねぇあんた、何言ってんの?」シーラもわからなかったらしい。


「特殊な草木の花粉を集めたものに適度な量の火薬を混ぜて、火をつけると爆散する仕掛けにした玉を持ってるんです。これを使えば野生のハイエナなんて慌てて逃げ出しますよ!」


 じゃあもっと早く使えよ。言いたくなる気持ちを飲み込む。


「行きますよ!」


 声と同時、拳大程の小さな玉がハイエナたちの足許に転がっていくのが見えた。獣たちは警戒し、導火線から上がる煙を嫌がっている。次の瞬間、玉が鋭い音を立てて破裂した。


 一瞬、何が起こったかわからなかった。


 視界が滲んで、鼻の奥が痺れる。涙と鼻水が止まらない。


「どうですか、僕の催涙薬は。さあ今のうちに逃げましょう!」


 逃げろったって、こんな何も見えない状況でどうやって――。


「ちょっと! 何であんたマスクしてんの!」


 シーラの、滲んだ怒声が聞こえた。


「何でって……、えっ? お二人とも、何でマスクしないんですかっ? 防塵メガネも」


「あんたそんなこと一言も言わなかったじゃない!」


「いやだって、言わなくてもわかるかなって……」


 わかるかそんなこと。


 ハイエナたちがどうなったのか、最早俺にはわからない。今狙われたら一溜りもないけど、この状況じゃ連中も獲物を狙える状況じゃないだろう。


「行くよ」とシーラに手を引かれ、俺はその場を動く。


「ハイエナ共も混乱してる。苦しみながら、体に当たったものを無差別に攻撃してるよ。さっさと離れよ」


 薄っすら目を開けハイエナたちの様子を見る。涙で滲んでよく見えない。


 それからシーラの顔を見ると、やっぱりよく見えないが、シーラも涙と鼻水で顔をぐしゅぐしゅにしてるらしいってことくらいはわかった。


「その通り、こんなとこ長居は無用です! 早く逃げましょう」


 一人布マスクとガラス製の眼鏡を付け、余裕が感じられるサイフォス。さすがに殺意を抱いた。


「えちょっと待って。逃げましょうったって、駱駝がいないんだけど」


 怒気を押し殺して建設的に動こうとしたシーラ。駱駝ならさっきまで近くにいたはずだけど……。


「なんか、足跡が向こうに伸びていってないか?」


 薄っすらと目を開けた俺の視界には、まず真っ先に砂に残った偶蹄の足の形。ぴったり三頭分。入り乱れながらオアシスの外、砂漠の方へと向かってしまっている。


「……逃げたんじゃない?」シーラが聞く。


「……逃げたっぽいな」俺が答える。


「えぇっ? そんなっ! それじゃどうやって街まで帰るって言うんですか!」


「他人事みたいに言わないでよ! あんたの催涙薬だかのせいで逃げたんでしょ!」


「僕のせいですかっ?」


「お前のせいだろ……」


 ガルルゥッ! 猛獣の雄叫びが響いた。


 見れば、混乱から抜け出したらしいハイエナが数匹、激怒の表情でこちらを睨み付けていた。まだ目許はぐしぐしと濡れている。それでも形振り構わず俺たちを狩ってやる、そんな気概を見せ付けてよこしている。


「な、なんで、催涙薬にも動じないで僕たちのこと……」


「知らないっ、ハイエナの気持ちなんて! とにかく獣がこっちを狙ってる。あたしたちがすべきなのはっ?」


「え、えーと、えーと……?」


「逃げるんだよっ!」


 まだ目がよく見えない俺。勝算はだいぶ下がってる。ここは戦略的撤退、サイフォスの背を押し、転がるようにオアシスから飛び出していく。


 グルゥワァウゥゥッ!と獣が吠え、後を追ってくる音がした。


「無理ですよっ! 逃げ切れるわけない――」


「いいから走れっ!」


「魔法で足止めはするからっ、まずは走ってっ!」


 シーラが手を引き、俺が背を押してサイフォスを走らせる。それこそ転がるような勢い、オアシスを飛び出して街へ。くっそ何でこんなことに……、なんて悪態つきながら。


 逃げる最中、なんか背後で強烈な風の音がしたり、ざっぱんと大量の水が落ちるような気配がしたりした。それでどれくらいの足止めができているのか、どれくらいやり過ぎちゃってるのか、振り返る余裕のない俺には把握ができないところだった。




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