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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-6.「なるほどりょーかい。ナメるんじゃないぞ」







 するりと、剣を抜いた。


「わかんない。まだ姿は見えないけど」


 シーラも、空中に魔法の火をさらに焚き、警戒を強める。


 姿は見えないが、多分この場合。


「行くぞ」


「うん」


 顔も見ず頷き合い、俺とシーラはサイフォスの脇に駆け寄った。サイフォスの右側に俺、左側にシーラ。彼を挟むようにして、背を向け合って臨戦態勢に入る。挟まれるサイフォスは「な、なに、なに」と慌て立てるが、俺から短く「お前は続けてろ」と指示を投げつけた。


 シーラへの意思表示も兼ねた。仕事は全うすると。一時撤退は埒の外だと、そう告げた。


「え、いや、続けてってそんな……」


「あんたが満足するだけ草を取ってくれないと、いつまでも護衛の仕事が終わんないんだわ。それとも、もう十分採り終えた?」


 指示を受け取り損ねてあたふたと困惑するサイフォスに、今度はシーラが優しく問いかける。そののんびりした声音にあてられたか、サイフォスはいいえまだですと落ち着いて答え、さっきまでよりもペースを上げて採集を再開した。


 サイフォスを円心に、およそ半径十メトリ程。半球形に炎をいくつも浮かばせ、一つの領域を作り出す。


 駱駝たちは、敵の爪牙を敏感に恐れたのだろう。驚いたことに三頭とも、わざわざシーラが守る火の領域の内側に入り込み、そわそわとしゃがみこんだ。火が怖くないわけではないだろうに、それ以上、人の近くの方が安全だと判断したのだとしたら、こいつら相当頭がいいな。


「ちッ……」


 敵影を捉えたか。珍しく乱暴に、シーラが舌打ちした。


 向こう側を狙っているのか。俺は一度自分の前方目を凝らし、何も見えないことを確認してから背後に向き直った。シーラの背中のその向こう。浮かんだ火の更に向こうに、小さな黄色い粒上の光が、点々と灯っている。


「そっち側か……。変わるぞ」


「そうだね、お願い。あたしは下がる」


 息を合わせながらお互いの配置を変える。煌々と光る黄色い点がいくつも。シーラの位置に移って、見えた風景だった。これは獣の目か。ざっと数えて二〇匹ほど。もし灌木の陰にまだ隠れていても、その倍はないだろう。


 と、先頭が姿を見せた。シーラの火に照らされ、夜闇でもその体の模様までが見える位置に、まずは三匹、のそのそ姿を現した。


 黄色い体に黒い斑。慎重にこちらを見据える黒い顔。


「……ハイエナ、だね」


 シーラが呟くのを聞いて、俺はなるほど、あれがハイエナという生き物か、と学んだ。


「う、うわぁぁ、に、逃げ、逃げないと……」


 慌てるサイフォスに、シーラが落ち着いて聞いた。


「ちょっと落ち着いてよ。あとどれくらいかかるの?」


「え……、え?」


「目標のどれくらいを採り終えたの? 半分越えた?」


「え、あ、ええと……、大体、四割くらいです、けど……」


「遅いよ。あと十分待ってあげるから、それで十割採り終えて」


「そ、そんな無茶なっ、そもそもそんな状況じゃ――」


 逃げようと言いたげなサイフォスだったが、言葉の様子、ハイエナを目にしてすぐよりは少し落ち着いたようだった。さすがに上手い。シーラの粘っこい声音に感心する。


「あたしたちは、仕事は今日中に終わらせちゃいたいの。また明日出直しなんてしないよ? 本当に逃げる必要ができたらちゃんと声かけるから、あんたはさっさとあんたのやることをしちゃってよ」


 おおう、顧客にそこまでぶちまけるかシーラ。いっそ清々しいな。


 ハイエナたちは、火の領域のすぐ目の前まで迫ってきた。けど、そこから先へはなかなか足を出してこない。やはり野生の獣。火への警戒は強いのか。


 シーラが、無造作に浮かばせた小さな火の玉の数を減らし、代わりに連中の鼻っ面に一回り大きな炎の球を召喚した。燃え上がった光の部分を全て合わせると、四つ足で立ったハイエナの高さよりももう少し大きいくらい。


 先頭の一匹がぎくりと目を曇らせ、そっと後じさった。


「追い払えそうか?」


「これだけじゃ無理。時間稼ぎだね。そもそも完全に火を怖がってたら姿見せないよ。追い払いたかったら、こっちが格上だって示してやらないと」


「格上?」


「所詮野生動物だしね。勝ち目がないって悟れば散ってくよ」


 なるほど、りょーかい。要はこの獣共にナメられてるってわけだな。


 まだまだ間合いには入ってきていない獣たちに切っ先を向け、剣を構える。低い声で唸る獣たち。鼻先に皺を寄せているが、依然飛び掛かってくる気配はない。もう、さっさとケリをつけちまいたい衝動もあるけど、依頼人のことを考えたら時間を稼ぐ方が安全だ。もうしばらくは睨み合いを続けよう。


 ふわりと、風が吹く。ハイエナの群れの方から、こちらへ。


 シーラの魔法か。どうやら、匂いを届けないようにしているらしい。これだけの火を操った上で、器用な奴だ。


 さて、膠着した。最初に誰が動くか。


「……やべっ」


 俺だった。


 十分は時を稼いだ最後、額を伝う汗が目に入ってしまい、思わず柄から左手を話して拭っちまった。その小さな動作を隙と見られたのか、睨み合っていた三匹の獣が、ゆっくりと近付いてきた。目の前の炎は横に動いて避け、小さな火は最早気にする様子もなく。


 チッと舌打ち一つ。剣をしっかりと握り直し、近付いてくる獣に神経を研ぎ澄ます。


 先頭のハイエナが、少しずつ速度を上げる。二匹目、三匹目も合わせて。


 いよいよ間合いに入った。


 と同時に、一匹目が俺の腕目掛け牙を剥き出しに飛び掛かってくる。


 数の差は確かだ。一匹に時間をかけていられない。一中必殺、牙を避け、獣の脇腹に深く剣を入れる。続く二匹目は右前足の付け根に、三匹目は喉許に。


 致命傷は、一匹目だけだったか。だくだくと血を流して蹲ったそれに対し、後ろの二匹は息を苦し気にしながらそれでも立ち上がった。


「大丈夫っ? ウェル!」


 シーラが叫ぶ。


 剣を片手にし、腰のナイフを抜きながら、大丈夫だと答えた。


 灌木の影から、四匹目、五匹目、獣が次々姿を現す。あれ、……大丈夫だけど、まずいな。さっさと格を思い知らせて群れごと追い払うつもりだったのに。


 今度は四匹が襲い掛かってくる。


 前の二匹は動きが鈍い。前脚の付け根に浅く剣を振るうと、キャウンと情けない声を上げてその場に倒れ込んだ。


 三匹目と四匹目はまだ元気だ。攻撃の後の態勢を狙われたこともあり、ナイフで浅く切り傷を付けることしかできなかった。





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