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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
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2-20 断節 ミディア・アバディア.7







「ミディアさんっ?」


 セーラが振り向き、駆け寄ってくる。


 手の平よりも右足だ。見れば、丈のある下袴(ゾブオン)の右足外側部分、こっちも何かで擦ったみたいに大きく破れて、その破れ目が血で真っ赤に濡れていた。ゾブオンの中は……、あんまり見たくない。見ないとダメだってそりゃわかるんだけど、でもやっぱ、グロそうなものは見たくない。


「大丈夫ですかっ」


「……大丈夫じゃない。痛い」


 素直に答えたけど、返事はくれなかった。駆け寄ってきたセーラは私の顔より先に足を見、ゾブオンの破れ口を乱暴に引き千切って足の傷を直に検分してくれた。


「――掠り傷です。深くはありません」


「あ、そぉ?」


「立って。走って下さい!」


 無茶言うなぁ、とは思ったけど、まぁ実際追い詰められてる状況も頭ではわかってる。こんな場合でも、きっとあの変態男も、きっと殺すまではしないんじゃない?なんて希望的観測で頭の中を埋めている。


 わかってる。自分の中にもちゃんとわかってる自分もいる。だからまぁ、セーラの無茶にも文句を言わず、立ち上がろうと頑張りはしたんだけども。


「――っ」


 力を入れた右足、予想以上に痛くって、熱くって、あ、これダメだってすぐに理解した。無理して立ち上がったところで走れるわけがない。走ったところで歩くの以上の速度を出せる自信がない。あの変態男と包囲兵四人が追ってきている状況、逃げて逃げ切れるわけがないって、瞬時に悟ってしまった。


「……ごめん。ちょっと無理だわ。走れない。……アンタだけで逃げるってのはどう?」


 セーラは眉を顰める一瞬だけ黙って、それから。


「本気で仰ってます?」


 と答えた。


「本気のつもりだけど、まぁでも、置いてかれたら恨みはするかな」


「ではそのご提案には応じられません」


 こいつも大概、暢気な性分だな。自分の余裕を棚に上げながら、やっぱり余裕綽々のセーラの笑顔に思わず笑っちゃった。なんかこう、追い付かれるまであと数秒、ってところなのに、絶体絶命のピンチもこいつならきっとどうにかしてくれるって思っちゃってるんだよなぁ。


「じゃあ、任せるわ。私がこんなとこにいるのもあんたのせいなら、今怪我を負って走れなくなったのもちゃんと守ってくれなかったあんたのせいなんだから、どうにかしてよね」


「……仕方ないですね。確かに、理不尽な責任転嫁にも、返す言葉のない立場です」


 にっこりと笑い、私を守るように仁王立ち。追手はもう、すぐ目と鼻の先まで追い付いてきていた。


 けど、セーラの実力も規格外だし、ひょっとしたらこの絶望的な状況もどうにかひっくり返してくれるかも――。


 パヮアンッ!


 何度目かの銃声が響き、銃弾が、地面についた私の左手のすぐ脇を通り抜けた。風が、指にかかる。


「ケけ」変態男が、ついに足を止めた。「まさか逃げちゃうなんて思わなかったヨ。肝の据わったオネーサンだって思ってたのに、つまんナイ」


 脇に黒布兵を並べて立たせ、本人は銃を握って仁王立ち。セーラと正面から向き合う姿勢だ。


 さっきまでずっと浮かべてたニヤニヤ笑いが、もうない。さっさと処分して終わらせようって意図を、隠しもせず露骨に態度に現してた。


「片付けテあげるヨ。じゃあネ、ばいばい」


 冷たい声で、言って、まっすぐに銃口を構える。


 セーラがすっと腰を落とした。


 そして、次の瞬間。


 パフォオォン、と一際間の抜けた銃声が、鈍い衝突音と混ざりながら風に響いた。


 男の腕は、弾かれるように明後日の方向に向いた。や、実際弾かれたんだ。銃身の先に見事に刺さった、鋭い矢に。


「ボ……、ボクのコックラムが……」


 変態男の声が揺れる。まるで実の娘を傷付けられた、とでも言うように。


 周囲の雑兵が狼狽を見せる。一歩でもこの場を離れたいけど、離れたことを咎められたらその瞬間に終わる。皆、一様のジレンマを顔に浮かべている。


「…………だ、だぁれだあぁっ! ボクのコッキーに傷付けたやつっ! 出てこいっ!」


 同じ人物とは思えない、ドスの利いた低い声で喚き立てる変態。コッキーって銃の愛称か。ドン引きなんですけど。


 周囲の黒布が一斉に腰を引き、違う俺じゃないとぶんぶん両手を振ってアピールする。当然、銃使いはそんな脇の連中に見向きもしない。ぐるり、またぐるりと私たちよりも遠くの周囲を見回し、矢を射た敵を探している。


 その首が、ふと止まった。


 私たちの背後。――足音が聞こえた。鋭い早い、馬の蹄の音。


「お前かァっ!」


 憤怒の形相で、銃身に矢が刺さったままのそれを構え。そして今度は右の前腕に矢を受け、血を吹き出して蹲った。 


 振り向いたときには馬は私たちの前に躍り出、私たちと変態男たちとの間に立っていた。


 その鞍の上に、アイツを乗せて。


「珍しいじゃん。こんな、戦場(いくさば)のど真ん中で」


 棚引く紫紺の長い髪。緋のような赤い瞳。左手に弓を持ち、矢を一本携えた右手で器用に手綱も操りながら、久々に会ったソイツは昨日ぶりとでも言わん自然体で、私に笑いかけてよこした。


「敵の拠点を叩くなら、あたしにも声かけてよねっ」


 そりゃあもう、シーラは実に楽しそうな笑顔で鞍上器用に矢を番い。大手袋を外した左手に銃を持ち直した変態男を睨み付ける。


 声かけて、じゃないわよ。飲み会みたいに言うんじゃないわよ。あんたがこの作戦に間に合ってりゃ、絶対私、今夜ここに引っ張り出される必要なかったんだから。


「ぎギギ……」


 妖魔(ネデルア)の面で歯を軋らせる銃使い。その周囲、男の負傷に明らか戸惑いを見せてる黒布の雑兵たち。


 馬上の弓兵シーラと砂上に構える魔法使セーラ。二人の反撃は、ここからってわけだ。


 え? 私? 勿論傷んだ足を擦りながら観戦に興じるつもりだけど、何か?




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