表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
172/177

2-20 断節 ミディア・アバディア.6







「まだ動かないでくださいね。なるべく頭を低くしていてください」


「え」


 次の指示にも引き続き、頭で困惑しながら体は従順に遂行。同時に、セーラが魔法で周囲の空気を大きく巻き上げたことに気付いた。


 そーっと目線を上げてみる。あ、成程ね。五、六人程度だけど、着地したところ、敵の黒布兵士たちに囲まれてたのね。全然見えてなかったわ。


 全然下の様子確認できてなかったけど、じゃあ、ザード団の連中はもうみんな潰されたのかしら。


「離れないでついてきてください。一気に突破します」


 暢気に周囲を見回している暇なんてなく、またぞろセーラに無茶を要求される。もう慣れたわ! 走りゃいいんでしょ走りゃ! やけくそな心情で、セーラの背中を睨み付けた。この背中がいつ動いても反応できるように。


 セーラが巻き上げた風が、ほんの少し砂煙を纏って色付いている。


 囲んでる連中がすっと腰を落とす。警戒を強めたけど、襲ってくる様子はないみたい。


「行きますっ!」


 掛け声とともに、腰を低くして駆け出すセーラ。


 と、同時に砂含みの風がその直径を広げた。布で覆っているので敵連中の中に顔を背ける奴はいなかったけど、一人二人、やり辛そうに顔を振る奴はいた。


 セーラが狙った、そのうちの一人。特徴なんか知らない。囲んできた五、六人のうちの、ちょっとだけ隙を見せた一人。


 ついてこいってのはどういう冗談なのか、肉食獣みたいに敵に飛び掛かるセーラに、私みたいなのがぴったりついていけるはずないじゃない。


 それでも、後について走り出す。


 と、踵の辺りで地面が弾けた気配がした。


 悩んだのは一瞬で、すぐに状況把握ができた自分を褒めてやりたい。


 変態男が上から狙ってんだ。こいつらは、私たちの足止めだけが目的なんだ。変態男の楽しみを奪わないように。


 なるほど、それなら連中は下手に手を出せない。私にも逃げる隙があるってことね。


 状況が理解できると、私も何をするべきかが見えてくる。敵兵の包囲に穴を開け、一度この場から離れるんだ。少しくらい遅れたって大丈夫。どうせ傷つけるような攻撃はしてこない。


「失礼しますね」


「ぐ……っ」


 キィン――ッ


 目掛けた黒布の懐に潜り込んだセーラ。素早く短剣を繰り、一瞬で敵の剣を中空に弾き飛ばした。


 勢い、敵の腿をナイフで撫でる。ぴしゃりと鮮血を散らしながら、黒布は呻きその場に蹲った。


 感心なんてしてる暇ない。こっちは全力でセーラについていかなきゃいけない。


「逃がすなっ」


 布にくぐもった声が聞こえた。他の奴らが反応してる。


 私だって、敵に囲まれた状況、追い詰められたら反撃もする。引鉄に指をかけ、狙いも定めず後方に向けて撃った。結果なんて知らない。誰かに当たったなんて期待はせず、撃つなり前を向いてまた走り出す。


「振り向かないで! まっすぐ走って下さい!」


 セーラの声に、素直に従う。振り向きたいわきゃない。銃だってもう撃ちたくない。ただ少しでも早くここから離れたい。その一心だ。


 けど、冷静な自分もいる。包囲に穴を開けたって、自分の足はこの場全体で見ても一番と言っていい遅さだ。おまけに敵は包囲の外にもうじゃうじゃいる。このまま走って逃げ切れるような状況じゃない。


「止まれっ!」


 ほら、道を阻まれた。私たちが走る先を、野太い濁声の敵兵が両手を広げて塞いだ。


 セーラは足を緩めない。魔法とナイフで、さっきと同じく押し通るつもりだ。


 私はセーラを信じて後を走るだけ。嫌だけど、せめてもの後方支援に銃を握り続けながら走るだけだ。嫌だけど。ええヤだけど。


「どいてくださいっ」


 強く言いながら、ナイフを掲げ地面を蹴った。


 向かう濁声兵が見上げる姿勢でにやりと笑った。布で顔を隠していても、目で笑ったことがわかった。そんな距離。


「隙だらけだぜ」


 がら空きのセーラの腹に向けて、濁声兵が剣を横薙ぎに薙いだ、その瞬間。


 セーラは強い風を地面から自分の体に向けて起こし、敵に斬りかかる自分の体にブレーキをかけた。


 その一瞬で、濁声の剣はセーラの腹を捉えられず、空を斬る。


 そして次の瞬間、セーラのナイフが濁声の左耳を食いちぎった。うがあ、と濁った呻き声が一際大きく響く。地に足を付けたセーラは、流れるように男の鳩尾(みぞおち)を蹴り上げ、その場に蹲らせた。


「行きますよっ」


 声だけこっちに投げつけ、もう振り向きもしない。


 正直、血塗れの頭を抑えながら苦しそうな息遣いでしゃがみ込む男のすぐ脇、なんて通るのも嫌な気分だ。でもしょうがない。私自身まで同じ目に遭うことを想像したら、何でもない。


 むしろ実害に繋がったのは、濁声兵にセーラが時間を割いた一瞬と、その脇をすり抜けるのに私がもやもや躊躇っちゃった瞬きの間。そんなほんのちょっとの時間に、変態男も大岩の上から降りてきていよいよ私たちの後を追ってきてたし、置いてきたはずの他の包囲兵たちもそいつに我に返って私たちを追いかけてきてた。


 足許を、不自然に吹く魔法の風がうろうろしてる。敵の中にも魔法使がいるのか、転ばされる程じゃないけど、不気味ですごく嫌だ。


 パァウォン、と、気の抜けるような発砲音が背後で響いた。


 今日何度も聞かされた、変態の銃の軽い音。走る私の足許をキュインと抜けていったその弾丸は、さっきまでよりずっと早く感じられた。


 風に乗せたの――っ? その腕前に、背中がぞわりと冷たくなった。


 パァワォンッ。もう一発。


 今度は踵の辺りで土がめくれる感触がした。


 近付いてる……、と感じるのと、今までとは違う上から地面に吹き付ける風に気付いたのがほぼ同時。


 前を見れば、セーラが一瞬こっちを振り返ってた。魔法で銃弾を逸らしてくれたのか。こいつがいなかったら、私今日だけで四、五回死んでるんじゃないかしら。……と考えて、こいついなけりゃそもそもこんな死地に来てないわ、と気付いた。


 プァワォンッ。走り出してから三回目の銃声。


 情けない音と、甘く見る気持ちがどこかにあったか。瞬間右の脹脛(ふくらはぎ)に痛烈な熱が走り、バランスを崩して倒れ込んだ。伸ばして地面についた右手。ずざりと擦り、平に大きな擦り傷を作っちゃった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ