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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
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2-20 断節 ミディア・アバディア.5







 瞬間、体が勝手に避けた。ほんの僅か、首を岩の奥へ。


 響く、破裂音。


 頬に、熱が走った。恐る恐る手で拭う。じっとりと、血が手の甲に付いた。


 けけケ、と、男の笑い声が響く。


 さっきまでとおんなじトーンなのに、なぜだろう、温度が違う。


 私の体が勝手に感じてるだけか。頬の熱さがやけに痛烈だ。それくらい、身体が冷たく凍ってた。


「大丈夫ですかっ?」


 振り返りもせず、セーラが聞いた。大丈夫、と答える余裕は私にはなかった。


「けけケッ、掠っただけだヨ、大丈夫」


 代わりに答える変態男。


「ダイジョーブ。まだまだ遊べるヨ」


 パァン。


 ガスリ、と耳元の岩が跳ねた。


 ホントにあいつの銃は、音が軽い。私のものとは音が全然違う。性能の違いなんかわかんないけど、とりあえず私の体にはその軽さが、恐怖と結びついて刻み付けられた。


「もう少しだけ、我慢してくださいっ」


 声だけ残して、セーラがまた地面を蹴った。


 魔法を駆使しながら、ナイフで何度も男に斬りかかってる。


 そっとだけ、顔を出して戦況を覗こうとして。そして男の銃口と目が合って、慌てて岩陰に頭を戻す。


 ほんっと何なの! なんで私がこんな目に遭わなきゃなんないのっ! だから私こんなとこ来たくなかったのよ! 怖い思いさせられて、撃たれて、年増扱いされて! バドヴィアの日誌は取り返したって言ったって、さすがに割に合わないわ。くそっ、セーラもウェルもゼノンも、なんだかんだいつだって余裕顔して見せるからいけないのよ。だから私も引き際間違えたんだわ。取られた荷物なんかさっさと諦めて国に帰りゃよかったのに!


 恐怖心が、段々と苛立ちに変わっていく。


 どうとでもなれと、拗ねた気持ちが膨らんでく。


 ああもう。ここまで来たらホント、どうとでもなれだ。


 そう自分に言い捨てて、私は一瞬、岩陰から手を伸ばした。


 ガウォンッ!


 重い音。やっぱりあいつの銃とは違う。


 そんな重音が響いたのち、岩の向こうが静かになった。


 ほんの少し期待する。全くのズブの素人が闇雲に撃った一発が、たまたま敵の脳天ズバリと射貫いちゃう。そんな展開。


 ま、当然そんな都合のいいことはないわけで。


「けーっけッ! やっぱりいいネ、サッハーヴェリの音! 全開に勃っちゃうヨ」


 嗤う変態に内心で罵倒。変態全開ね!


「ごめんネ、オジョーサン。オジョーサンとの魔法勝負も悪くないんだけどネ、どうやらようやく、サッハヴィアのオネーサンがやる気になってくれたみたいだからサ。けケ、まずはオネーサンとやらせてほしいンだ」


 言って、銃を鳴らして。それから男がゆっくりと、一歩足を踏み出す音が聞こえた。


 ヤバい。ズブの素人が闇雲に撃った一発、どうやら敵の脳天を貫けなかったどころか、敵の性癖を刺激して矛先こっちに向けちゃったみたいだ。


 私はまた、岩の陰から少しだけ首を出して、敵の様子を確かめた。


 男は一歩一歩着実に、こっちに向かって歩いてきている。もう至近距離まで来られたらセーラの魔法にも期待できないし、いよいよ絶体絶命じゃない?


「私のことを無視だなんて。それは承諾致しかねますね」


 セーラが答える。いつでも余裕を感じさせていた、嫌らしい皮肉屋のその声音が、今はちっとものどかに聞こえない。歩く男の足許に小さな石の柱を起こし、風を纏わりつかせながら、ナイフも激しく振り回している。


「チッ」


 ホントに珍しい。セーラの舌打ちが聞こえた。


「ミディアさんっ!」


 そして男が、こっちまでの距離の半分ほどを詰めた頃。セーラは男への攻撃を諦めて、私の元へ駆け寄ってきた。


「どうすんのよっ。何か策あんでしょ?」


「本当は私が矢面に立って、ミディアさんに援護射撃をお願いしたかったんです。まさか、敵がこんなにまでミディアさんに執着するとは考えていませんでした」


「つまりどういうことよっ?」


「彼を倒すことは可能かと思いますが、ミディアさんを守りながら、となると相当難しいです」


 待ってよ、ナチュラルに私を切り捨てようとしてないっ?


「ここは一旦引きましょう。私から離れないでください!」


 声を上げるや、魔法一閃。敵の男の目の前で、強烈な光を破裂させ、男の動きを怯ませた。


 反射的に男の様子を探りそうになる私の首をぐっと押さえ、「よそ見しないで。行きますよ!」耳許で鋭く囁いて、次の瞬間、セーラは私の背中を巨岩の上から押し出した。


「ちょっ、えっ、ウソっ?」


「暴れないでくださいねっ、一気に下りますよ」


 全身を襲ってくる浮遊感。靴の裏にだけ辛うじて響いてくる、ざりざりとした重力の触感。セーラに支えられたまま、私の体は巨岩の頂上から地面まで、およそ十メトリの急斜面を一気に滑り降りていった。


「ちょっ、ちょっとおぉおぉおぉ……」


「喋ると舌を噛みますよ」


 舌なんて噛みたくないけど、悲鳴もどきの震えた鳴き声は止めようと思っても簡単には止まらない。おまけに、時々すぐ右側や左側で小さな砂煙が上がるので、ますます恐怖は膨らんでいく。いやだってこれ、絶対背後から変態男が撃ってきてるやつじゃん。セーラが辛うじて魔法で弾いてるやつじゃん。


「下に着くとき、足で支えてもらえますか? 衝撃は魔法で吸収しますから、痛くはないはずです」


 無茶言うな!と耳許に届く指示にツッコみたかったけどそんな暇もなく。できるわけないと思う内心と裏腹、セーラに支えられてる状況もあってか、いざ目の前に地面が迫ってくると、身体が勝手に動いてた。


 気が付くと私の足は、巨岩の麓の辺りでしっかりと土の地面を踏ん付けていた。あぁ、地に足がついてるのって素晴らしいなぁ。



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