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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-5.「強気なヘタレって、めんどくせーな……」







 先に俺の駱駝を買ってから、依頼人の待つ彼の店へ向かった。


 木造の、小さめの小屋。それでも簡易の出店が林立する街の商店街の中にあっては、立派な部類の店構えと言えた。


 扉を開けるが、誰もいない。誰かいないかと声をかけてようやく、寝起きだったのかと疑うような手入れのない髪と皺だらけの黒い服の男が、転がるようにして奥の扉から出てきたのだった。


「あ、……い、いらっしゃい。どんな症状ですか?」


 青年、と表現するのが適切な外見年齢。薄めの紅茶色の、前髪をだらしなく伸ばして目許を隠したズボラな髪型。背丈も高く手足も細いのに、けれど背筋を曲げているもんだからあまり印象に残らない。


「あたしたちは客じゃない。仕事を請けてきたんだよ」


 はいはい、仕事ですね。それだとえぇと、……飲み薬と塗り薬はどっちの方が――、なんて、青年は寝惚けた声で呟き、壁際のガラス張りの棚を開いて中の小さなガラス瓶をいくつか見つめ。たっぷりと間を置いて、それからようやく「……え? 仕事?」聞き返してくれた。


 時刻は夜の七時過ぎ。


 俺達と生活のサイクルが異なり、朝日の時間から一日店を開けていたというサイフォスだったけれど、俺たちが用件を明かすと人が変わったように「ああやっと来てくれたんですね! さぁ行きましょう、今すぐ行きましょう!」と拳を振り上げて主張した。彼の体力面とか、多少の心配もあったけど、俺たちも手早く終わらせてしまいたいとは思ってたところ。身支度を五分足らずですませたサイフォスを無理に引き留める謂れもなく。では出発と、三人揃って駱駝の手綱を手に取った。


 西のオアシスには、二十分ほどで到着した。


 山育ちだぞ、草木なんて見慣れたもんだ。なんて思ってたわけじゃ別にないけど、大きな泉を囲んで茂る背の低い草花たちを眺めて、なんだか俺は気持ちが安らぐのを感じた。そういえば、砂漠に来てから砂と岩しか見ていなかった気がする。まだほんの一週間程度だけど、緑がない風景には無意識のうちに息苦しさを感じていたのかもしれない。


 三日月が波紋に揺れる大きな泉と、影のように色の濃い地面。それを埋めて広がる草の絨毯に、そんなことを気付かされた。


「やっぱり近いね。……護衛なんていらなかったじゃん」


 駱駝の鞍から降りたシーラ。左手を腰に当て溜息を一つ吐くと、同じく鞍から転がり落ちるように降りた依頼人が、「ととととんでもない!」とふためいた。


「ぼっ、僕が一人で、こんなところまで来られるわけないですよっ!」


「……威張らないでよ、情けない」


 額を押さえ首を振る。


 そうか、そういやシーラは、盗賊じゃない人間に会うことが少なかったのかもしれない。単身砂漠に繰り出すのがどれくらい怖いことか、他人事としても発想がまるでないのかもしれない。


「ぜ、絶対、傍を離れないでくださいねっ? 一瞬だって一人にしないでくださいねっ?」


 いや、まぁ。……ホントに情けないだけって気もしてきたな。


「わかったわかった。離れないから、さっさと用事済ませようぜ? 俺たちは何をしたらいい?」


「はい、はい! 是非お願いします!」


 震える声を無理矢理絞り、サイフォスはまずは顔を泉の向こう側へ向けた。猫の目のような細い月明かりの下、なかなか大きな泉の対岸は暗闇に隠れ、影すら微かにしか見えない。


「前に調べた限りですが、向こう岸の辺りにワーパルジアの草が群生しているんです。僕がそれをこの袋いっぱいに集めている間、お二人には襲い掛かってくる悪漢や災害を防いでほしいんです!」


「……災害って」


「よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げるサイフォス。そして俺たちの返事も聞かず、顔も見ずにひょこひょこ先へ行ってしまう。その後ろ姿を、シーラと二人呆れながら見守っていると、十歩も歩かないうちに早足で戻ってきて。


「なっ、何で来てくれないんですかっ! 離れないでくださいって言ったじゃないですかっ! 一瞬だって一人にしないでくださいって言ったじゃないですかっ!」


 トラでも追い払えそうな剣幕で、喚き散らしてきた。


 強気なヘタレって、めんどくせーな……。


 対岸の辺りまで行くと、確かに特徴的な草が足許いっぱいに生えていた。


 太い茎に大きな厚手の葉。葉の根元には、小さな実のようなものがたくさんついている。へぇ、こんな葉っぱが重要な薬になるのかと、試しに一枚千切ってみる。匂いを嗅いでも舐めてみても、俺には故郷の雑草と同じようにしか見えなかった。


「この草はこの辺りにしか生えていない、大陸全土で見ても非常に珍しい種類なんです。以前に大規模な調査を行った時に見付けたんですけどね。咳止めのいい薬が作れるんですけど、なかなかここまで取りに来られなくて」


 説明をくれながら、サイフォスは既に草を取り始めている。手を動かしながら、手許を照らす小さな火を魔法で灯しながら、口まで動かすとは随分器用だなと思っていたけれど、ニ、三分もするともう何もしゃべることはなくなっていた。


 俺とシーラは、適当な石を見付けて座り込んだ。


 シーラも警戒のための火を灯しているので、一帯はそこそこ明るい。常にサイフォスを視界に収めていれば、当面大きな心配はいらなそうだ。


「で、盗賊が襲ってくるとしたら、やっぱり街の方からか? それとも反対側?」


「そうだねぇ……。もし襲ってくるとしたら、レルティアなら街の反対の方からかなぁ」


 答えるシーラ、けれどなんだかぼんやりしている。どうかしたのか?と尋ねてみた。


「え? 別にどうもしないよ」


「その割には気のない返事じゃないか」


「そりゃね。ここをレルティアが襲うなら、なんて真剣に考えられなくて」


 腐ったバナナの匂いでも嗅いだように鼻と口を尖らせながら、シーラは膝の上頬杖をついた。つまりそれは、俺の質問がなかなかにバカげていた、ということか。


「規模は大きいし街にも近いけど、場所が不便だからさ。まともな隊商ならこんなとこ通らない。っていうことは、まともなレルティアならこんな場所狙ったりしないんだよ」


「へぇ、そうなのか。じゃあ、護衛なんて必要ないってことなのか?」


「危険が全くないわけじゃないけどね。この辺りじゃ、人間よりも野生の獣の方がよっぽど怖い」


 ケモノ? 聞き返す。


 うん例えば――、シーラが指を折り始めた。


「水辺だし、動物たちは集まってくるよね。ワニとか、ハイエナやラーテルなんかも。あと肉食動物(ハンティラ)じゃないけど、図体が大きいからカバやゾウも危険」


「げ、そんなに色々いるのか」


「まぁだまだ。砂漠の猛獣を考えたらほんの一部だよ。ここは街に近いから、そんなにあれこれ潜んでるとも思えないけど。まぁそんなに心配しなくても――」


 ガサガサと。シーラが能天気な結論を舌に乗せようとしたその瞬間、小さく草が鳴った。


 水を飲んだ後、足を折りたたんでのんきに休んでいた駱駝たちが、ピクリと首を擡げる。


「……来たか?」


 するりと、剣を抜いた。





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