2-20 断節 ミディア・アバディア.3
そしてのっそりと、ひょろ長い体の変態男が現れる。拳銃狂の変態だ。調子の外れた小太鼓みたいなケテケテ響く声も以前に聞いたそのまんま。
その変態が、まずセーラを見、それからぬめりと私の方に目を向けて、嬉しそうに目を丸くしやがった。
「なンだなンだ! サッハヴィアのお姉さんじゃン! うっれしいナぁ、ちゃんと約束守ってくれたンだ!」
両手を広げ、満面の笑み。旧知の友人みたいな扱いをされて、私としては心外この上なかった。こんな変態に笑顔を向けられることも、その様子をセーラなんかに見られちゃうのも、心外の一言に尽きる。
「サッハヴィア、とは?」
ある程度事情を把握したような顔を見せるセーラがまた腹立たしい。寄越した質問はそれひとつだけ。単に知らない単語の意味を聞いているだけっぽい。
「私の持ってる銃のことを言ってるらしいわ。良く知らないけど」
「けけケ、何言っちゃってるの! レティルト・サッハーヴェリの127型はかなりクセの強い型だよ。しかも902年モデルなんてハズレ年のヤツ、よっぽどのサッハ狂でもなきゃ使わないって。お姉さん、よっぽどのサッハ狂、ナんでしょ?」
ほんっとこの男、クソガキっぽさを全身から匂わせてきて嫌い。幼馴染が十歳とかの頃、ちょうどこんな感じだったわ。幼馴染なんて言っても、大人になったらまるで会わなくなったけど。
「型番も製造年も暗記してんの、本気で気持ち悪いんだけど」
とりあえず、額を抑えながら溜息を吐いてやる。けどそんなセリフも態度も、クソ男児並のこの男はまるで意に介していないようで、にまにま嬉しそうに笑顔を向けてよこすばかりだ。
まさかセーラの奴、こいつと私が仲がいい、なんて思っちゃいないでしょうね。
「やっと来てくれたンだから、ボクも約束は守ルよ!」
人の心配をよそに、変態はさらに誤解されそうなセリフを吐きながら、前を合わせた上着の内側に、首許から手を伸ばし入れ込んだ。長い腕で何かを掴み、ぐっと取り出す。彼の拳が握っていたのは、見覚えのある茶色い皮生地の鞄。
「あ――」
「返すネ」
ろくに返事もできないうち。男は何の惜しげもなく、私の足許にその鞄を投げ捨てた。
思わず、飛びつくようにしゃがみ込んで、意地汚く手を伸ばし、鞄を開けて中身を確認した。あれがあった。
ほうと安堵の息を、大きく吐き出してしまう。
「お姉さんが来てくれると信じて、ずっと大事に身に付けてたんだヨ。いヤぁ、ついに会えて感激だなァ」
「……ずっと身に付けてた……? それはそれで、やっぱり気色悪いんだけど」
「ケけ。ボクの愛だよ。受け取ってヨ」
やなこった。一言返す。
男は、私の言葉に傷ついた様子なんて当然のようになく。やっぱりにまにま薄笑いを浮かべながら、私が鞄を腰のベルトに通すのをじっと見守ってた。ときどき、小さく舌なめずりを見せる。本当に、気持ち悪い。
そして、私が体勢を整えたのを確認するや、男はすっと、銃を持った右手を持ち上げた。
「さ。じゃア、さっそくあそボ!」
パワァン!
コイツ……。眉一つ動かす間もなく、いきなり撃ちやがった……っ。しかもこの弾道、セーラが魔法でかなり逸らしてくれてたみたいだけど、銃口の向きから言って多分、私の頬のすぐ横辺りを狙ったっぽい。さすがに一発で私を殺す気なんかないみたいだけど、やっぱクレイジーだわこの男。
「ほラ、お姉さンも撃ちなヨ」
パゥアンッ!
――やば。
と思ったときには、二発目の弾は私の髪を掠めて、背後のどこかへ飛んで行ってしまっていた。
今度は狙ってた。ぞくりと背筋が毛羽立った。
殺気なんて欠片もなかった。そうなった結果の通り、セーラの魔法が弾道を逸らすのを疑ってなかったんだろう。けど、もしセーラがそれを失敗してたとしても、別に構わない。遊ぶものが一つ減るだけ。
……火にかけた水が沸騰し、鍋の底からぶくぶくと泡が広がるように、私の心の底から恐怖心が一斉に泡立った。
「ねぇねェ、お姉さんも撃ってヨ。これじャつまんないって」
男がもう一射。今度はまるで当てる気のない、明後日の方向への発砲。
私への挑発なのはわかるけど、私自身はそれを受け止めきれない。ただ一つの思いに頭の中が支配されて、他のことを考える余裕がない。
――ひょっとして、私、今ここで死ぬのかも。
「つまんないナぁ。撃たないンならもう終わりにしちゃうヨ!」
「……そんなにミディアさんばかり見ていらっしゃらないで。私のお相手もお願いできませんか」
セーラが焦燥した様子で男に笑顔を向けた。
セーラも頑張ってる。弾道を逸らして私を守ってくれてるだけじゃない。男が私を撃つ前、撃った後。水を散らして奴の視界を遮り、火を巻き起こして足許を炙り。様々試して男の機を引こうとしてる。
多分、こうなった場合のセーラの本来の狙いは、男とセーラの一騎打ちだったんだと思う。その状況でなら、私も身を隠しながら援護射撃ができたかもしれない。
「んン? ごめんネぇ、銃持ってナイ子に興味湧かないんだ」
多分、この男が私のことしか見ていない状況。これが誤算なんだ。
「でも確かにつまんないヨね、お姉さン。全然撃たないんだったら、もう終わりにしちゃおっか」
やば。
男が明らか殺気を私にブチ当ててきた。




