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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
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2-20-5.「そこが、不機嫌になるポイントなのか」







「そんなものが何の脅威になります」


 尚も、崩れない。キリと、小さくハドラが歯を軋ませる音が聞こえた。


「死者には何も為せません。生者が大岩ひとつ転がす余裕をかけても、死者は砂粒ひとつ動かせません。真に恐ろしいのは生者です。そう思いませんか?」


 一瞬、アミラの微笑が消えた。その仮面の裏には、氷のように冷たく鋭い目。そしてその本当の顔は、一瞬後にはまた、生温い笑顔の仮面に隠されてしまった。


 そりゃそうだ、とゼノンが頷く。けどゼノンも気付いたらしく、舌の先でそんな小さな同意を示した以後は、言葉を喉の奥にしまってだんまりを決めていた。


 ハドラの剣が、震えていた。この臆病な少年が、どうやらアミラに随分とした怒りを抱いているらしい。


「……考えるのは、自由です。でも、……そんな風に考える人に、ここにいてほしくない。今すぐ出ていってください。ここは、……死者の場所です」


 凛と声を透き通らせ、ハドラがアミラに刃を向けた。声が震えても、剣を握る手はびくとも動かない。ハドラのすごさはこういうところだ。喉から怯えを零していても、躰は拘りなく戦える。


「そう言われましても。私やガゼルダ様がこの場所を選んだわけではないんですよね。それでも計画全体を見通せば、ここは必要な場所なんだそうです。おいそれと撤退するわけにはいきません」


 爽やかに微笑んで、アミラが答えた。その瞳も、笑っているくせに、もうずいぶん剣呑な光を湛えていた。


 そろそろ会話も終わり。ハドラもアミラとのやり取りに理解の限界を感じている様子で、いつ斬りかかってもおかしくない程感情を剥き出しにしていた。本当に、珍しい。


「さぁ、皆さんは、ガゼルダ様やボズロさんと戦いたいのでしょう? 私なんかの相手をいつまでもしていないで、早く表に向かったらどうですか?」


「あンだ? またテメェ、俺らをみすみす見逃そうってのか」


「言ってるじゃないですか。あなたたちも私にはそこまで興味がないし、こちらも、私より他の人たちの方があなた方と戦いたがってる。ここで私が剣を抜くより、黙って通ってもらう方がよっぽど合理的でしょう?」


 あんなににこにこ、人を騙すような微笑を顔に貼り付けていたアミラが、ここに来てふっと表情をほぐし始めた。まだ口角は上がったままだけど、もう目はまるで笑っていない。見下されているような、細く冷たい目。


 更には最早本音を隠す気もない、と言いたげに溜息を一つ深く吐き。


「まぁ、そんな合理をあなたたちはまるで聞き入れないのかもしれないですけど。次は彼女も連れてきてください、と言ったのに、私の言葉なんてまるで聞いていないんでしょうから」


 目を丸くした。そこが、不機嫌になるポイントなのか。慮外だった。


 まぁ、どうにもならない。俺だってシーラにはこの場にいて欲しかったけど、彼女には彼女が付ける優先順位がある。


 それに――。彼女の語る合理は、俺たちの持つ理とは違う。


「悪いけど、興味がないなんてそんなことはない。俺たちは、お前たち四人を倒しに来たんだ。ミルレンダイン襲撃を指揮したのも、この倉庫を奪うことを指示したのも、お前ら四人なんだろ?」


「んー」聞くと、アミラは子供のような声を喉に絡ませ。「……私としては、頷きたくない意見ですね。私はただ、ガゼルダ様の意に従っているだけです。私が何かを決めたことはない」


「どうでもいい、です……」


 アミラの弁解を遮るように、ハドラが声を震わせた。


 皆の注目が集まる。


「あなたの話を聞く義理は、……ない。あなたたち四人を追い出せば……、皆さん、ここから、いなくなってくれるんでしょう?」


 そしてハドラは、俺達の前に歩み出て、改めて剣を握り直した。さっきから随分と饒舌で、アミラに対する敵意を剥き出しにしている。


「お前、行けんのかよ」


 ゼノンが驚き、ハドラの肩を叩いた。「……い、…………行きます!」と、声の震えはそのままに、けれど強く答えるハドラ。


「不思議ですね。あなたとは初めてお会いするはずですのに、どうしてそこまで睨まれるのか」


 頬に手を当てはぁと溜息を吐き捨てるアミラ。ハドラは拾わず、構えた剣の切っ先をアミラの姿に重ねながら、足の爪先に力を入れた。


「……ち、力尽くで、あなたたちを、どかします……」


 彼にしてはかなり強い言葉。それでも、戦端を開くにしては随分小さな声で。


 ハドラは床を蹴り、鋭くアミラに斬りかかった。


 応じるアミラは頭を抱えながら、どこに隠していたのかするりとナイフを抜き。


「大事な書物もあるので、傷付けないでくださいね」心底迷惑だと首を振り振り、そのナイフをハドラに向けて鋭く投げつけた。


 ハドラが剣を一振り。ナイフを弾き。


 弾かれたナイフが、アミラのすぐ後ろの木箱にタクと刺さった。


「お約束は、……できかねます」


 そのままの勢い、ついでに答えながら、大上段から握った刃を振り下ろすハドラ。


「剣筋が、素直ですね」


 アミラはそんなセリフを捨てながら、木箱の上に飛び乗りハドラの剣を避けた。そして、ばさりと音を立てスカートを翻す。


 見守るこちらも一瞬驚いたが、その意を知ってさらに驚く。はためいた布の下、その両の太腿に、彼女はナイフを合計七本も隠し持っていた。


 右に三本、左に四本。右にはもう一つ、空になった鞘もある。先程投げた一本はここから抜いたか。さらに両手に一本ずつ、すらりと抜いたアミラ。太腿が、少し軽くなったようだ。



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