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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
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2-20 断節 ミディア・アバディア.1








「……なんで私が、こんなとこでこそこそ隠れてなきゃいけないのよ」


 わざと聞こえるように独り言ちた。もちろん、この慇懃女がしれっと聞こえない振りすることも折り込み済だ。気遣いができるようなタイプなら、そもそも私はこんなところまでズルズル引っ張り出されていない。


 街から少し離れた岩砂漠。空には星が広がり、月の光が辺りを照らしてる。


 視界の下には、崩れかけたでっかい建物。つい三日ほど前に潜り込んだ――私までずりずり引き摺っていかれた――敵の本拠地。つまりあそこには、話の通じない強い敵が山ほどいるってわけ。私なんかがふらふら近付いたら、何されるかわかんない。あっという間に捕まって、殺されるか犯されるか、いよいよひん剥かれて大ピンチのところを通りすがりの若い大富豪に助けられて見初められて結婚を求められて贅沢三昧の生活を強要されるか……。


「むしろ幸せそうですね」


 天気の話でもするくらいのんびりした笑顔で、人の妄想にずけずけ入ってくるセーラ。


「心の中読まないでよっ」


「心の中なんて読めませんよ。ミディアさんの、想像に合わせて動いていらした唇を読んだだけです」


「どっちにしろ嬉しくないからやめて」


 読心術でも読唇術でも大差ない。そこまで人の頭の中身を読み取れる能力に、恐ろしさしか感じないわ。


「ミディアさんがそんなに緊張する必要はないんですよ? 私が必ずお守りしますから」


 子供の不安を宥めるような穏やかな声音。乳児なら騙されてすやすや眠っちゃうかもしれない音色かもしれないけど、私としてはいつ背中をバッサリ切り捨てられるか、気が気でならない音。


「あんた個人をいまいち信用しきれないってのもあるんだけどね。いざって時に、あんた一人でどうやって守り切ってくれるのかってのも心配なのよ。あそこは敵の拠点で、敵はぞろぞろ、二百三百っているわけでしょ?」


「これだけ距離があれば、二百三百を相手に翻弄できるのが魔法使です。それに、ザード団の皆様もお集まりになる予定ですからね」


 フカシってわかってんのに、ずいぶんと余裕を感じさせる顔。だからこの女信用ならないのよね。


「そんだけ戦えるなら、あんた一人で十分じゃない」


「魔法使は、戦場ではあくまで補助役なんです。二百三百の足を止めることはできても、止めを刺すことはできない」


 だから、そこで切ってこっちに笑いかけるなっつの。私に連中のドタマ撃ち抜けっての? 私の銃はただの護身用で、私は誰かを殺したことなんてなくて。……そもそもこれはただの護身用で、悪漢がすぐ近くまで迫ってきたときの撃退用なので、こんな岩山の上から戦場の誰かに弾が届くはずなんてないのであって。


「そんなに固くならないでください。私たちの目的はあくまで陽動。ザード団の皆さんの襲撃による混乱を、さらに大きなものに広げようというだけです」


「だからね、その『それだけ』の目的に、私まで引っ張ってくる必要ないんじゃないのって話で」


 何度もぐつぐつ主張した話への回答は、これもいつも同じ。人を食ったようなセーラの笑顔、それだけだ。


 そりゃ、バドヴィアの日誌が欲しいってのは私の本望なんだけど。さすがに死んだら元も子もないってのもわかってんのよ。命が惜しくない程見境なくしてるわけじゃないのよ。口じゃ何とでも言うけどね。


「まぁ、気楽にやりましょう。せっかく砂漠に来たんですから、盗賊同士の小競り合いも話のタネと割り切って」


「観光ついでに経験するもんじゃないでしょっ?」


 思わず声を荒げてしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。


 今はまだ静かな敵の拠点周り。セーラはこの辺りには敵の見張りはないって言ってたけど、どこまで保証されたもんだか。それに、があっと立てちゃった大声が、根城の中まで届かないとも限らない。


 ああ、レマと一緒に行けた方が安全だったと思うんだけどなぁ。


「レマさんのお話では、そっちの方が危険だということでしたけど」


 またもセーラが人の考えに口を挟んでくる。さすがに、頭の中はプライベートエリアの最深部だと思うのよ。ずけずけ入り込んでこないでほしいわね。


「あのちびっ子はそう言ってたけど、どう考えたってこっちより安全じゃないの」


「そうとも限りませんよ。組合の中なんて、下手を打ったら刃を抜く暇もなくぐるぐる巻きですからね。立ち回りに慣れた方に任せるのが一番です」


 レマは単身、商人同業者組合(グァルド)に向かった。


 ハーンの街にはグァルドの本部があって、そこにはウェンデの駐在兵がいるらしい。その兵にこの、リザーダンの倉庫跡の地下の情報を流し、ウェンデ本国に動いてもらって国際的にグランディアの策略を封じる。……私が提案した策も、同時進行でもぞもぞやってみようってことになったんだ。


 ウェルは何やら渋ってたけど、この際打てる手段は全部やった方がいい。ほっといたら、またぞろグランディアが人間を使った実験とか始めるかもしれない。私としても、そんなのは避けたいんだ。


 ってわけで。策の発案者である私が、そっちの作戦に携わる方が流れとしても自然だと思うんだけど。


「情報を流すだけの役目に二人は割けませんし、一人で立ち回るならレマさんの方が適役です。それに、戦力としてはレマさんよりミディアさんの方が上ですから」


 この慇懃無礼女がしれっとこんなことを言うもんで、私は何でかヴォルハッド拠点襲撃組に回されてしまったわけなんだわ。ぐるぐる。


「絶対私よりちびっ子レマの方が戦闘力高いって」


「ご謙遜なさらず。あ、ほら、いよいよいらしたみたいですよ」


 言われてびくっと肩を震わせた。


 慇懃女の視線の先。街の方からどたどたと、駱駝に乗った一団が倉庫跡へ近付いてくるのが見えた。


 待って、あんなアホどもを当てにして作戦立てたの? あの連中、奇襲ってどういう意味かわかってるの?


「今のところ、内側からの合図はないですね。一応、潜入が順調だと受け取って――」


 セーラがにんまりと口角を上げた。今までと少し違う、人を騙すような穏やかさの欠片がない、冷たいばかりの微笑。


「私たちは、精一杯あの頭の軽そうな方々を援護して参りましょう」


 倉庫の周囲、聳える石の壁に開いた門、もとい大穴から、黒布で顔を隠した盗賊然とした連中が、ぞるぞると溢れ出てきた。ゆるゆるそれを眺めながら、シーラは早速、倉庫の周りにやんわりとした風の魔法を送り始めた。


 ……だから、やっぱり、私ここにいらなかったんじゃないかなぁ。




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