2-20-3.「嬉しいかどうかはまた別の話だけど」
「まずは順調、か。……結局、セーラさんの言う通り罠なんてなかったな」
再び、地下通路から潜入したヴォルハッドの拠点。木箱の影から広い場所に出て、ゼノンとハドラと三人、体を伸ばした。
アグロ達の作戦を盗み聞きし、彼らの策を掴んでから丸二日。前にこの研究所に潜入してからたったの三日だけど、それでもまともに危機管理しようとするなら、この通路は確実にヴォルハッド連中の注視が向けられるはず。動きが早ければ罠の二、三は仕掛けられてもおかしくないし、最低でも見張りくらいは立てられて然るべきだ。
もうこの地下通路は使わない方がいい。話し合いで、そういう意見も当然出た。「多分問題ないでしょう」なんて、能天気な意見を出したのがセーラさんで、結局その意見を信じて俺たち三人がもう一度ここに潜り込んできたんだ。
「よっぽどナメられてんのか、あのアミラって女の怠慢か。ま、見張りがいたところでぶちのめしゃいいだけだけどな」
ゼノンが不敵に笑う。
それはそうなんだけど。注意深く辺りを見回しながら、半端に答える。もし見張りが立てられているとして、それでも尚俺たちをここまですんなり受け入れたってことは、もしかしたらどこかから隠れて俺たちの動きを見張っている可能性もある。必ずしも正面から襲ってくる、なんて甘いことは考えられない。
「大丈夫だよ。気配なんか欠片も感じねーじゃん」俺の肩を叩きながら、ゼノン。「結局あの女どもが怠慢なだけなんだよ。この前俺たちのことを見付けておいて、何にも対策してねーじゃんか」
「あ、……でも、その。……床の上が、先日と、変わっています」
ぼそりとハドラが言い、俺とゼノンの注目を集める。
床? 声を揃えて聞き返し、それから徐に自分たちの足許を見た。先日の反省を踏まえて、今日はランプを二つ持ってきた。二つの光源を使ってじっくりと見てみると、確かに気になる点があった。
正直、変わったかどうかはわからない。前回はそこまで細かく見られなかった。けど、何の変哲もない白い石材を見ていると、多分そういう状態だったんだろうという想像はひとつ浮かぶ。
「……埃が、ない?」
「は、はい。そうです。……先日は、その、……ゆ、床が埃まみれでした」
やはりか。想像が当たったことに、まず一つ手応えを感じ。それから、前回はあの暗さとあの緊張感の中で、ハドラはそこまでしっかり見ていたのか、という驚きも抱いた。自分の注意力、まだまだ足りていない。
「で? 掃除されてると何なんだよ」
腕を頭の後ろに組み、ゼノンが聞く。少し棘のある聞き方だ。
「え、ええと……」ハドラはいつものように一つ口ごもり、それから。「アミラさんとデリダさんが、その……、ぼ、僕たちのことを、歓迎してくれているのかも、と……」
「は? なんだそりゃ」
ハドラの答えに、ゼノンが顔を顰めた。
「どうして、そう思う?」ゼノンに手の平を向けて言葉を止め、ハドラに発言を促す。
「……前回、僕らが見つかったのは、埃の上を歩いて残してしまった足跡のせいでした」
げ、そうだったのか、とゼノン。やっぱりそうだよな、と薄く頷く俺。
「それをきれいに掃除したっていうことは、その、あくまで想像ですけど……、他の人に僕たちの潜入のことを察してほしくないんだと、……思います」
「……ンだよそれ」ゼノンが、舌打ちをひとつ叩いた。「どんだけナメてんだよ、連中」
どうだろう。首を傾げて答える。ナメられてる、というのとは違う気がする。どっちかって言うと、そう。ハドラの表現の方がしっくりくる。歓迎されてる。それだけ、連中が俺らのことを評価してくれてるってことなんじゃないだろうか。
「――まぁ、評価されて嬉しいかどうかってのは、また別の話だけど」
感想を口に出すと、ゼノンが「はン」と鼻を鳴らした。
「嬉しかねーよ」
そう言って口を尖らせるけど、俺は知ってる。この顔は満更でもない内心を押し隠そうとしている顔だ。全く、わかりやすい奴だよ、と、この感想は口にしないでおく。
「ま、いいさ。ここに見張りも罠もねーってんなら、さっさと連中の首取りに行こうぜ」
「何言ってるんだ。一時間、ここで待機だろ」
今にも走り出しそうなゼノンを冷静にあしらってやる。さすがに冗談だろう、と思うけど、ゼノンのことだから一抹の不安も残る。
「あ? 一時間? 何でだよ!」
一抹分が、桶一杯分くらいに膨れ上がった。
「セーラさんやミディアとの計画だろ。罠があれば即時撤退。逃げられなければどうにかして外に合図を送る。問題なければ、一時間後に行動開始」
「あ……? ……あ、ああ! ああ。そうだったな! いや、忘れちゃねーよ? お、お前らを試したんだよ、作戦、ちゃんと覚えてんのかなって」
完全に忘れていた表情と口調で、それでも強がるゼノンがすごい。もしここにセーラさんがいたら、恐ろしい光景が広がったことだろう。
一時間後、という時間には、明確な理由がある。
アグロと話したあの後、酒場に戻って奴らの話を聞いた。怯えながら酒を用意する店主の脇に隠れさせてもらいながら。聞こえた話、ヴォルハッド襲撃の予定はあの日から三日後の、つまり今日の深夜一時。大半の団員が眠りにつき、活動するのは見張りばかりになる時間。そう、アグロが笑っていた。
店が貸し切り状態だからと、――あるいは何も考えていないのか――、奴らは今日の計画のことを大声でべらべら喋っていた。つくづく頭の弱い連中だと、辟易しながら聞いていたものだ。
時計を身に付けてはいないんだけど、現在おおよそ、深夜零時過ぎ。連中の襲撃が始まれば、音の一つも聞こえないはずはない。それを合図に、俺達も上階へ向かう寸法だ。
「確認しよう」
もう何度も確認したことを、俺はもう一度口に出した。……だって、ゼノンがあんまり、話を聞いてなさすぎるから。
「狙うはヴォルハッドのトップ四人。ボズロ、コルファス、アミラ、そして首魁ガゼルダ。もしかして他に遭遇するかもしれないのが、グランディアの宝石商、サリナス・カルガディア」
一つ、息を吐いた。
思わず、ごまかしてしまいたい衝動に駆られる。大事な場面だ。まとめるべき情報を有耶無耶にするべきじゃない。
「それから――……」
「それから、ユイス・ゼーランドを名乗るヤロウ、だろ?」
結局、続く言葉はゼノンに補われた。
見遣った先に、ゼノンの笑顔。俺の内心なんてまるっと見透かしている、って顔。結構腹立たしい。
「か、……カルガディアさんと、ゼーランドさんは、……実際にここにいるかはわかりません。えっと、ゆ、油断は禁物ですが、まずは四人の撃退に、集中した方がいいかと」
ハドラの言葉に、わかってるよと軽く答える。まずはヴォルハッド団だ。他のことは、その時また考えればいい。
ともかくも俺たちは、ここで気配を消しながら、上での騒ぎが始まるのを待つことにした。緊張感こそあれど、驚くほど、俺の胸中は穏やかだった。ミルレンダインを理不尽に壊滅させた相手。元をただせばそのことに対する怒りもあったはずだけど、今はただ、楽しみだという気持ちばかりが膨らんでいる。俺が強敵と認めている彼らに、成長した俺の剣を向ける。口許が勝手に緩んでしまう程だった。
三日ごとの更新予定でしたが、昨日はできませんでした。すみません。
ここからしばらくは五日おきの更新にさせて頂きたいと思います。申し訳ない、正直まだ先が見えておりません。
頻度が低くなりますが、どうぞ変わらずお付き合い頂けたら幸いです。




