2-3-4.「俺の生涯初のケーパの仕事が始まった」
町は相変わらず活気に溢れていた。
駱駝を町の外壁に建てられた駅に繋ぐと、シーラは脇目も振らずにグァルダードの建物に向かう。後を追う形の俺は、少しだけ脇目を振った。
少し意識を傾ければ人の波は忙しなく、道端に所狭しと広げられた屋台や露店にざわざわと群がっているのが見聞できる。前に来た時もろくに見物できなかった。今日は少しくらい、その人の波に揉まれてみたい気もするなぁ。
とか思ってるうち、あっという間にグァルダードに着いた。
入り口を入ると、窓口には先日と同じ、緑縁眼鏡に濃い口髭のあの男が座っていた。
「こんにちは。登録証、受け取りに来たわ」
薄桃色の小さなマントをひらめかせ、その下の四肢と腹部を露出した服装をほとんど隠さずに、シーラがにこやかに手を振った。
寝惚けた顔で窓口に頬杖をついていた受付氏は、俺たちを見るや「あっ」と声を上げ驚きを顕わにした。
「驚いたな……、まさかホントにそんな奴と結婚しちまうなんて」
「うふふ、あたし、人を見る目には結構自信があるんだ。はっきり言ってここに出入りするどんな男より魅力的な良人だよ。何せ剣で父さんを唸らせちゃうんだから」
「嘘だろっ? ミルレーの旦那をかっ?」
ばね仕掛けのように立ち上がった事務職員。勢いで眼鏡がずり落ちる程だ。
こいつにこんな顔をさせるのは確かに胸が空くものがあるけど、ちゃんと注釈は入れておかないといけない。
「夫じゃないけどな。結婚する気はない」
「やん、外でまでそんな意地悪言わないでよ」シーラが俺の肩を叩く。
「あ?」一方正面の職員は、ずれた眼鏡を間抜けに直しながら、更に間も気も抜けた声をこっちに向けた。「何言ってんだ? ミルレンダインの後継の儀に出て、認められたんだろ?」
「半分騙されたようなもんだよ。こいつ、結婚の話をギリギリまで教えないんだぞコイツ。俺には俺の都合があんの」
もう!と、腕組みしながらシーラが膨れる。
なんでそんなつまんない嘘をつくんだ、と呆れながら睨み返した。
「お前……。あの旦那を前にもそんなこと言ったのか。よく生きてんな」
一方の事務員は、心底から零れたような溜息。俺は股間の辺りがひゅっと冷たくなった。呆れの混じった感嘆は、心に当たるものがある。
「まぁいいさ。とりあえず、あんたを見縊ってた失礼は詫びとく。悪かったな。ほら、登録証だ、今後ともご贔屓に、よろしくお願いするよ」
謝られたのかどうか甚だ疑わしい物言いだけど、とりあえず悪意は引っ込めてもらえたようだ。ここはひとまず、認めてもらったってことだけ素直に受け取っておこう。
ついでに職員が出した登録証なるものも受け取る。鈍い金色のメダル。物自体は安物だ。俺の名前の頭文字が彫られ、グァルダードの紋なんだろう、茨の蔓のような複雑な図形が、上の部分に刻まれている。
「仕事の紹介には登録証が必要だ。必ず持ってこい」
「わかった」
「さぁてそれで。今日は何かいい仕事ある?」
早速とシーラがカウンターに寮の肘をついた。
今日これから仕事を受けんの?と一瞬驚いて見せたけど。まぁでも、そのために登録証をもらったわけだし、じゃあまず一つってなるよな。心のどこかでそれにも同意してた。
「んー、受諾条件は?」
「即日。面倒のない案件。報酬は不問。危険度合も構わない」
「じゃあ、この辺はどうだ?」
めくった先で一枚抜き出す。俺たちの前に示された紙には、『護衛』の文字が大きく踊っていた。
「護衛……、商人の送迎? 距離は近いの? 日にちかかるのは今日は避けたいんだけど」
「……下まで読みゃわかるんだけどな。依頼人は商人じゃないよ。薬剤師だ」
薬剤師? 俺とシーラの声が重なる。
「なんでも、この砂漠には他の国ではなかなか見られない特殊な植物が生えてるんだそうで。その草を使った薬を開発。試薬は完成してて、いよいよある程度量を作りたいって段階らしいんだが、目的地であるオアシスまではなかなか一人で向かえない。そこで」
「ああ、連れて行って欲しいってことなのか。……男?」
「男だ」
「近いの?」
「……バーフッドのオアシス」
「目と鼻の先じゃんさ。報酬は?」
「ちったぁ依頼書見ろや!」
シーラの質問攻めに受付氏がキレた。
聞けばすむのに面倒くさいじゃない、眉間に皺を寄せ口を尖らせるシーラ。
まだるっこしくなって、シーラの手から依頼書を奪い取り読み上げることにした。
「……依頼人はサイフォス・キラ=ウルヴァーン。ウェンデ出身の薬剤師。薬の材料にするため、ベイクードから西のバーフッドのオアシスに群生する、ワーパルジアの草を一定量収集したい」
うん、全然わかんないぞ。主に固有名詞。
「ねぇ、報酬は?」シーラに促され、先を読む。
「依頼内容はオアシスまでの道中、及び草の採集の間の護衛。報酬は八千エニ」
「えぇっ? 八千エニぃ?」
なかなか聞かない音量の奇声を発し、俺の手許から紙を取り返すシーラ。両手でしっかと広げ、まじまじと文面を睨み付けて、「……これ、間違いじゃないの?」受付の男に訊ねた。
「間違いじゃない。八千エニだ」
「……ちょっと、安すぎない?」
確かに。千六百ランスなんて、ちょっと豪華な昼食代くらいのものだ。
「おかげで、誰も請けようとしないんだ。報酬度外視って聞いたから、どうかと思ったんだが」
「うぅ~」
唸るシーラ。
いいんじゃないか?と、口を挟んだ。
「えぇ? やるのぉ?」
「依頼を受けるってのがどんなものか、試しにやってみようって話だろ? 簡単な仕事の方が気が楽じゃん」
「そりゃあまぁ、そうかもしれないけど……」
煮え切らない返事を重ねるシーラを前に、けど俺は、大分乗り気になっていた。何せ手間がかからなそうで、すぐに終わることができそうだし。報酬は確かに安いけど、それより今俺が欲しいのは経験だ。
「もしそんなに気が乗らないなら、俺一人でやってくるよ、シーラは先に帰ってるといい」
結局、俺のこの一言が決め手になった。
シーラは深く深ぁく、海をも二つに割れそうな溜息を吐き。ウェルってあたしに対してちょっと冷たいよね、と口を尖らせ拗ねて見せる。
「冷たいって、俺は別に――」「わかったわ。あたしもやる」
「お、やってくれるか。この仕事ずっと残ってて気持ち悪かったんだ」
受付の男も嬉しそうに笑い。こうして、俺の生涯初のケーパの仕事が始まったのだった。




