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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二十節 (章題未定)
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2-20-2.「それがお前の生き様か。情けないな」







「なんだよ。せっかくの再会だってのにつれないなぁ。軽く抱擁の一つも交わそうじゃないか」


「…………」


 酒場に押し寄せたチンピラどもの、最後方からゆらゆら歩いて姿を見せた、細い目の男。袖のない服から剥き出しにして見せ付ける、日に焼けた太い腕。短かった玉子色の髪こそ伸びるに任せて背中で結んだりしているが、その人を見下した、腐ったにやけ顔は最後に会ったときと全く変わらない。


 ほんの数日前、デリダに近況を聞いた。


「どうした? 久々の再会に感動しすぎて、声も出ないか?」


「……アグロ」


 生きていると聞いたときは安堵も感じたが、こうしてその憎まれ面を眼前にしていると、腹立たしさが先立ってしまう。シーラがいなくてよかった。街中で見境なく剣や魔法を振り回してたかもしれない。


「お前も、ここまで来てたんだなぁ。連中、塒については公表してなかったみたいだけど、いよいよ情報が漏れ始めたんだな? こりゃ、やっぱりあいつらも長くねーな」


 俺の嫌悪など歯牙にもかけず、半ば独り言の勢いで溜息を吐くアグロ。意図を全部理解できたわけじゃないけど、誰かを見下しているのはわかった。


「やっぱりあいつらを切るならここがベストだな。さすが俺だ。ひひ」


 よく喋る。


「シーラはどうした? どっかでくたばったのか?」


「……だったらどうした。あいつがどこで何してようと、お前には関係ないだろう」


「くくっ、やっぱりあいつじゃ、ミルレンダインの外じゃ生き延びられなかったか。結局、親父がいなきゃ何にもできない女だったよな」


「…………」


 沈黙を返す。腸は煮えくり返ったが、こんな安い挑発に乗るほど頭に血は上っちゃいない。あいつにも失礼だ。


 実際アグロに挑発の意図があるのかもわからない。とにかくこいつは、息を吐くように他人を罵倒する。それをしていないと生きていられないんだろうと、せいぜい憐れんでやった。


「まぁいいさ。あいつがくたばったんならちょうどいい。お前だけだったら使ってやってもいいぜ? どうだ?」


 腰に手を当て、首を擡げてこちらを見下すように。相変わらずにやにやと笑いながら、アグロはそんなことを言ってきやがった。


「どういう意味だ」


「そのままの意味さ、頭悪いのか? 俺が、お前を使ってやるって言ってんだ。昔のよしみだしな」


「頷くわけないだろ」悩む素振りなんて刹那も付け足さない。「お前とも、ヴォルハッドとも、共闘なんて絶対できない」


「勘違いするな。ヴォルハッドは関係ねーよ」


 再び哄笑。月まで届きそうな高笑いを響かせ、精一杯俺のことを小馬鹿にしようと努めている。


 街を歩く人々が、怪訝な顔でアグロを注視している。こいつの知り合いだと思われるのは、すごく嫌だな。


「あんな、俺の実力を評価できねー節穴どもにいつまでも付いてられるかよ。あいつら、この俺様のことを下っ端扱いだぜ? 俺がいなきゃミルレンダイン攻略だってできなかったってのによ!」


 両手を広げ、呆れたように首を横に振る。


 同意を求められても、頷けるわけがない。むしろ当然だろうと、ヴォルハッドの連中に共感を覚えてしまうばかりだ。


「それで、今度はヴォルハッドを裏切るのか」


「裏切り? 違うね、当然の報いってやつだ」


「成程な。それがお前の生き様ってわけだ。情けないな」


 表情も声音も変えず、淡々と評してやる。「ぁあ?」と苛立ちを見せるアグロに、そしてそれ以上の罵倒さえ向けてやる気には、もうならなかった。


「ヴォルハッドとは戦う。だからと言って、お前なんかと組む気はない。お前らが奴らに勝てるとも思わない。さっさと挑んで、首を落とされてくるといいさ」


「…………」


 奥歯を噛み締め、悔しそうな顔で睨んで寄越すアグロ。


 悔しそう、というと少し表現が甘いかもしれない。もう少し気まずさや焦りや、様々な感情がそこには含まれていた。――ようにも思えた。けど、いい。そんなものを全部分析してやろう、なんて気には到底なれない。


 これ以上言葉をかけてやる気もない。奴が次の句を喉から吐き出す前に、踵を返してアグロに背を向けた。


「おい、待てよ!」


 声が、投げつけられる。


 足を止める気はない。


 アグロも追う気まではないらしい。二、三度罵声を浴びせただけで、それ以上は何もなかった。


「おい」


 背後から別の声が追いかけてきた。


「……いつから見てたんだよ」


「ンな見てねーよ。今来たとこだ」


 振り返らずに答える。


 ハーンの街の、曲がりくねったメインストリート。宵の口でも人通りはそれほど多くなく、多少乱暴に早足で歩いても人の迷惑にはならない。


「珍しく機嫌悪いじゃねぇか。なんか言われたのか?」


「そういう訳じゃない。そもそも胸糞悪い相手だったってだけだ」


「は。お前がそんな風に言うの、珍しいじゃんか」


 顔を見なくても、にやにや笑ってる様子がよくわかる。こんなもの、ハドラの修行の成果でもない。ワンパターンなゼノンの表情なんて、そもそもが手に取るようにわかるんだ。


「……お前こそ、酒も飲まないくせに酒場の前で何してたんだ?」


 振り返り、一瞥する。


 正解。やっぱりゼノンの口許には、何かを小馬鹿にするような薄ら笑いが浮かんでいた。


「いやな、グァルダードで噂を聞いたんだよ。ザードの若い連中が、五十人ばかりぞろぞろこの街に集まってきたって」


「それで見に来たのか。お前も大概暇だな」


 鼻で笑いながら、内心で情報を整理する。


 ザード団。五大団の一に数えられる西の鳳。五大団の中では勢力の面で一番小さく、ヴォルハッドがなぜ最初にザードを狙わなかったのか、前に話題に出たことがあった。


 五十人って数字は、さっき酒場で聞いた。ヴォルハッドで下っ端扱いされることに不満を抱いたアグロが、近くに拠点を置くザード団に接触し、五十人の兵を借りて行動に移った。そういうことか。


「なぁ。チャンスじゃんか」


 急に真面目な声を出すゼノン。何がだよ。聞き返すと、すっと腕を組みながら。


「連中がヴォルハッドを襲う隙をついて、俺らももう一回潜り込むんだよ。そうすりゃ今度はきっと、あの俺様野郎やクソ道化(ペルロ)に集中できる」


「奴らと共闘なんか、死んでもしないぞっ?」


「共闘じゃねぇ。利用するだけだよ。実際あの連中がヴォルハッドの下っ端連中にだって敵うとも思えねぇだろ」


「そりゃ――……」


 思わない。彼らの実力を知っているわけではないけれど、酒場で絡まれかかったときにもろくな連中じゃないとは感じたし、どういう事情であのアグロごときの言いなりになって動いてる連中だ。何より、そもそも指示の出し手があのアグロなんだ。


「正面からにせよ不意打ちにせよ、ヴォルハッドの連中だって拠点を襲撃されたらそっちに注意を向けるだろ。こっちはその隙に、裏から潜り込んで敵のトップを倒すんだよ」


 確かに。


 結局、俺たちがヴォルハッド襲撃について二の足を踏んでるのは、物量の問題だ。舞台が整っているなら、ボズロやガゼルダとは今すぐにでも戦いたい。勝算はあるけど、もしも連中に打ち勝てたとしてその後。帰路でまた、二百人からの団員どもに囲まれたら生還は難しい。さりとて、先に雑魚から片付けていたら、本命に辿り着く前に疲れ果てちまう。


 俺達が潜入する間、団員どもの目を引いてくれる何かが欲しかった。


「……考えてみるか」


「動くなら早い方がいいだろ。連中の作戦も探んなきゃいけねぇし」


 ゼノンの言う通りだ。


 相談した結果、ゼノンが他のみんなを集めて作戦を練り、俺は酒場に戻って連中の話に耳を(そばだ)てる。そういう動きになった。




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