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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十九節 潜入――倉庫の正体
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2-19-6.「別行動だ。元気にしているよ」







 箱の影、うすぼんやりとしか見えない仲間たちの顔を見、意図を確認する。俺とゼノンで特攻。セーラさんとハドラでミディアを守る。重要なのは敵を倒すことじゃない、敵から逃げ果せること。


 ズサ。いよいよ足音が、すぐ近くまで迫った。と同時に止まる。敵は明らかに、ここに俺たちがいるのを察している。


 ごくりと唾を飲む。もう一度、ゼノンと目配せをしてから。


 刹那。身を翻した。


「――っ!」


 (たけ)びは上げず。ただ静かに、刃を振り下ろす。


「なっ!」


 驚嘆の声と裏腹、敵も瞬時に刃を合わせ、俺の撃を弾いてきた。


 ゼノンの方も同様。ただ向こうは、おらァと叫んだゼノンに対し、無言で弾く敵の姿があったようだった。


 続く剣を素早く構える。


 そこで気付いた。ぼんやりと浮かぶ敵の灯りの中、対峙する相手の顔に、見た記憶があること。


「……ウェル、か?」


 声に出したのは。向こうの方が先だった。


 一つに束ねた髪の房を肩に掛け、太い腕とがっしりとした肩で剣を握り。相変わらずあどけなさの残る顔で、訝しそうに俺のことを睨み付ける女性。


 名前を呼ばれて、俺もはっきりと思い出した。ミルレンダインの裏切り者、アグロ・ダインのパートナー。


「デリダ――ッ」


 静かに、鋭く、その名を呼んだ。


 途端に、彼女の表情が和らいだ。何のつもりか剣の刃を下げ、空の左手を振り上げて喜ぶ。まるで古い友達に思いがけず出会ったかのように。


「久しぶりだな! よく生きてたし、よくここまで来たもんだ」


 ……かのよう、じゃないな。彼女の開けっ広げな性格に鑑みても、これは演技じゃない。笑顔さえ見せる旧知の相手に、油断厳禁とわかっていながら、知らず毒気を抜かれてしまう。


 知り合いかよ。依然隙を見せず構えたままのゼノンが、口の先だけ俺に向けてきた。あれ、そうか。ゼノンはデリダたちとは面識がなかったか。広場でサディオと剣を交えたあの大騒ぎの夜に、デリダもアグロももういなかったのか。


 再会は、どうやらもう一つあった。


「アミラさん。お久しぶりですね」


 セーラさんが、もう一人の敵に向け、穏やかに挨拶をした。穏やかといえ、彼女の声と思うとやや硬い。アミラと呼ばれた、携帯ランプを手にした女性は、きょとんと目を丸くして、セーラさんの顔を見詰め返していた。


 頭を覆う紺色の帽子。右の耳許からひと房零れた白銀の髪。瞳は赤。長いスカートで足を隠し、全身から淑やかな雰囲気を醸し出している。


 緩みそうになった気を、ぐっと引き締める。記憶の欠片が蘇る。


 この女。前に見たことがある。ナイフを片手に、斃れたマウファドの傍らに立っていた。


「私を、知っているんですか?」


 帽子の女は、赤い目を胡乱に細めた。


 セーラさんは一瞬だけ顔を歪め、そしてすぐにいつもの薄ら笑いを取り戻して。


「失礼致しました。取るに足らぬ小娘が、覚えて頂けているなどと思い上がりまして」


 慇懃に、そんなことを言った。


「ごめんなさいね、人を覚えるのが酷く苦手で。名前を聞けば思い出すでしょうか」


「セーラと申します。ですが、恐らくご記憶の中にはないと思いますよ。以前には賤名を差し上げなかったはずですので」


「まぁ。それでは覚えていないのも仕方ないですね」


「ええ。そう存じます」


 おっとりとした口調で二人。一見穏やかな表情で言葉を交わしているようで、傍で聞いていると何でかハラハラとさせられてしまう。


 背後で、ミディアとハドラが動く気配がする。この隙に通路に逃げようとしたミディアを、ハドラが制止しているらしい。その判断は正しい。


「そっちも知り合いなのかと思ったけど、違うのか? まぁ何でもいいや。とにかく元気でよかったよ。……ところで、シーラは一緒じゃないのか?」


 かちりと鞘に剣を収めながら、デリダが饒舌に話をよこす。別行動だ、元気にしてるよ。こっちもついつい友好的に接しちまう。気を許しすぎるのは良くない。俺の方は、剣だけは変わらず握り続ける。


「そうか、ならよかった」


「……随分馴れ馴れしくしてやがるけど」ゼノンが口を挟んできた。「見逃す気なんかねーんだろ? さっさと構えろよ」


「お、こっちはなかなか尖がってるね。あれ、ひょっとしてあんた、ミルレンダインの根城で見かけたかな」


 剣先を向けられ、挑発されてもデリダはどこ吹く風。腰に手を当て、まるで小さい子供のわがままをあしらうようににやにやと、ゼノンの顔に視線を返している。


 そして、かと思いきや横にいる仲間に顔を向け、デリダはなんと。


「見逃していいんだろ? アミラ」


 とんでもないことを言い出した。




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