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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十九節 潜入――倉庫の正体
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2-19-3.「土臭いよりも埃臭いのか」







「……ねぇ、本当に罠ないの?」


「いや保証なんかできないだろ。少なくともゼノンの歩いてるところまでは、何も仕掛けられてはいないんだろうと思うけど」


「ですが、もう既に敵に見つかっていて、誘き寄せられているとしたら。今まさに罠に嵌っている最中だとしたら、どうしようもありませんけどね」


 セーラさんがくすくす笑いながらそんなことを言って、ミディアを怖がらせる。


 悪趣味だなぁと、俺はセーラさんの横顔を溜息交じりに見遣った。


 ふと、セーラさんの魔法の火が消えた。


「何で消すんだよ姉ちゃん。前見えないじゃんか」


 暗闇の中、前方から不満を示してよこすゼノン。


 ミディアも同じく不満声。ただしこっちは、声を震わせながら「何で消すのよ!」と怯え声。どうやら近くのハドラの腕にしがみついてハドラを困らせているわかりやすい体勢みたいだ。


「消したわけじゃありません。消えたんです。恐らく例の嫌精石の壁を越えたのだろうと」


 言いながら、溜息を交える。さて困ったなと、全然困っていない様子で首だけ傾げているいつもの様子が、真っ暗闇でも簡単に想像できた。


「……その、ランプ、持ってきました、よ……」


 ハドラが声を上げた。


 それはありがたい、と喜色を示すセーラさん。もっと早く出せよ、出しなさいよと感謝より先に文句を垂れるゼノンとミディア。訂正。先に、と言ったけど、後まで待っても二人から感謝の意は表されない。


 一同、暗闇の中を少し戻り、セーラさんが魔法を使える場所でハドラが鞄からランプを取り出し、それに火を移す。ランプと言っても手提げのガラス筒に蝋燭を入れてあるだけの、簡単なもの。明るさもセーラさんの魔法の火と比べてとても小さく、狭い通路はより一層歩き辛くなった。


 それでも、ないよりはずっとマシだ。俺も遅ればせながらハドラに礼を言い。それから、さっきまでよりもさらにみんなで固まって、また歩き出すことになった。


「嫌精石の壁はまだ完成していなかったので、内側でも完全に魔法が使えないわけではないと思うのですが」


 セーラさんが言う。


「完成したら、完全に使えなくなっちゃうんですか?」


 俺が聞くと、首肯が返ってきた。魔法が一切使えない、そんな世界が、魔法なんて生まれてこの方一度も使ったことがない自分にとってさえ、何だか奇妙な場所に感じられた。その感覚が、とても不思議だった。


 明りがとても小さいので、五人固まって歩くことになる。


 狭いだの歩きにくいだの、ゼノンが悪態をついてるけど、だったらあんたは離れて歩けばいい、とミディアに一蹴されている。俺もセーラさんも、その意見には賛成だった。


 ランプに火を灯してから、それを見付けるまでは、比較的すぐだった。


 通路の終わり。土壁が目の前にはだかり歩を止めさせてくるところ。


 最初にゼノンが何かに気付き、しゃがみ込んで何やらを覗き込んでいた。


「……何がある?」


「横穴だ。やたら埃臭ぇ」


 土臭さよりも埃臭いのか。感想に、少し驚いた。


 ハドラにランプを借りて、俺もしゃがみ込み中を覗き込む。と同時に、ゼノンが躊躇いもなく、横穴に体を滑り込ませた。「おい」と声をかけるが聞く耳は持たず、寧ろ穴の向こう側に出るやろくに周囲も確認しないで、俺達の方に声をかけてくる。


「早く来い! ほら、急げよ!」


 慎重さが決定的に欠けている、とは言うまでもないけど、最早穴の向こうに渡ってしまったら今さら言っても仕方ない。非難の言葉はミディアに任せて、俺たちは素早くゼノンの後を追い、横穴を潜った。


 穴の先、すぐ脇にゼノンが息を潜めて立っていた。穴の周りにはどうやら大きな木箱がいくつも積み上げられていて、とても視界が悪いようだ。どの道視界は、穴から漏れ出てくる小さなランプの小さな灯りの分しかない。一応周りを見回してみるが、俺とゼノンに届く範囲には脅威は迫ってない様子、くらいしかわからない。


 俺たち以外の人の気配はない。物音は勿論、人の呼吸や、視線の気配も。ある程度、勘に任せるしかない。


「とりあえず、みんな来てくれないか。灯りがないとこっちも何もできない」


 呼びかけると、先にセーラさんが、二番目にランプが、その後にハドラが、穴を潜ってきた。セーラさんがこちら側でランプを受け取って、俺の視界も大分開けた。木箱の山の向こう側には広い空間があるみたいだけど、やっぱり誰もいないようだった。


「わっ、……私はここで待ってるわよっ。」


 最後に残ったミディアは、なかなかこちらに来ようとしない。そもそも今回は偵察でしょ、敵地に乗り込んで何かしようって話じゃなかったんだから、ここまで来られるのがわかりゃ十分でしょ。不満げな声だけ、こちら側に届けてよこす。


 はあ、と聞こえよがしに息を吐きながら、「まぁ、暗くてもいいならそこで待っててくれても別に――」


 言いかけた俺を遮って、ハドラが穴に上半身を潜らせた。


「ちょ、ちょっと何で引っ張るのっ?」


「お願いします……。ミディアさんも、……中を見てください」


 ハドラが、ミディアを引っ張っているらしかった。お願いだの嫌だだの、言葉の応酬が二、三聞こえた挙句、結局ミディアがこちら側まで引っ張って連れてこられた。


「何なのよ!」服の汚れを叩きながら、ハドラを睨むミディアの表情は何とも味があった。怒りの中に困惑と焦燥。相手がハドラであったことが、多分よっぽど意外だったんだろう。


 少なくとも、俺は意外だった。


「なんでぇ、結局来るのか」


 ゼノンが、飄々と聞いた。まるで今のやり取りを見ていなかったかのように。


「来る気なかったわよ! コイツがぐいぐい引っ張るんだもの!」


「す、……すみません。どうしても、ミディアさんにも、その、見て頂きたくて……」


 怒るミディアに、ハドラが腰を曲げ、身を縮めて謝る。いや、謝るのは口先ばかりだ。言葉だけじゃ気付かないかもしれないけど、出会って二か月、こんなに強引なハドラを初めて見た。一体それ程までに、ミディアに何を見せたいというんだろう。


「ハドラさん、あれは……」


 セーラさんの声に、振り返る。


 彼女は一人、部屋の中央に目を向けていた。積み上げられた木箱の隙間から、光も届くようにランプの灯りを持ち上げている。おかげでこっちは、かなり暗くなった。


 セーラさんは何を見付けたのか。俺も彼女の目線に従って動き出す。


 ハドラがすぐにはセーラさんに答えず、黙って皆の目を促したことで、俺たちはじわじわと部屋の反対側に誘き寄せられる形となった。


 薄暗い、石畳の床と石材の壁。この暗さじゃ全体を見渡すなんて全然できないけど、、相当の広さがあることはもう見て取れている。前に岩の上から見た倉庫の敷地の、狭く見積もっても半分以上の広さが、この部屋だけである。


 その広い冷たい地下室の中。抜け穴と木箱の山の一角の、それ以外の場所には横に長い作業机が点々といくつか。そして壁際には、鉄柵で囲われた、縦横高さが一メトリ程度の大きさの檻が、いくつも並べて置かれていた。


 檻は全て、扉が開けられている。部屋の暗さを加味しても随分影が濃いなと感じたけど、何のことはない、近付いて中を覗いてみれば、檻の床や壁にはべっとりとした黒いシミがいくつも付いているのだった。




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