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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十九節 潜入――倉庫の正体
151/177

2-19-2.「まだるっこしいじゃん。こっちのが早いし」







「空気はあるようですね」


 中を覗き込むセーラさん。再び魔法の炎を灯し、さっきよりゆっくりとした速度で扉の下の空間に下ろしている。真っ暗な地下室で、小さな炎は赤々と燃えていた。


「空気があるって? ないことなんてあるのかよ」


 ゼノンが聞いた。正直俺も、セーラさんの言動の意図がわかってない。


「長く使われていない狭い場所は、空気が薄くなっている場合があります。それを確認するために、先に火を灯してみたんです」


「なんで火をつけるとわかんだよ」


「火は、いわゆる呼吸に必要な空気がないと燃えないのよ。それに有毒なガスとかがあったりすると、大きく燃え上がったり違った反応も見せる」


 さらにミディアが説明を補ってくれたけど、ゼノンの疑問はまだまだ尽きない。


「有毒なガス?」


「めんどくさいわね! あとで自分で勉強してよ!」


 匙を投げられた。


 とりあえず、中に降りて大丈夫かを確認して、大丈夫だろうって結果が出たんだな。ぴんと来ていないなりに、俺も自分で納得しておいた。


「……降りてみるか」


 呟き、一歩踏み出す。


 その動作に、待ったをかけたのはミディアだった。


「はぁ? 今日は偵察だけって話だったでしょ?」


「偵察だよ」答える。「まだここにある扉が開くってことがわかっただけだ。この通路が使えるのかどうか。今でもちゃんと、あのアジトの中まで入れるのか。できるだけ、はっきりしたところを掴んでおかないと」


「私は行かないわよっ? こんなじめじめ怪しげなとこ」


「じゃあお前だけ残ってろよ」


 冷たく言い捨てるゼノンは、腰から刀を下ろし、既に穴に潜る準備を始めている。セーラさんもハドラも鉄板を見詰め、すっかり気持ちを決めている様子だ。


 ミディア一人、ぐぬぬと喉を鳴らしている。下りたくはないけど、こんな岩影に一人残されるのも嬉しくない。泣きそうなへの字眉が、素直にそう訴えてきていた。


「あの……」


 意外にも、そんなミディアに声をかけたのはハドラだった。


「で、……できたら、その、……ミディアさんにも、来て頂きたいな、……って、思って」


「はぁ? 何であんたが」


 心底驚いたというミディアの表情は、俺たち全員の心境を代弁していた。ハドラがそんなことを言うなんて意外だ。しかも他の誰でもない、ミディアに。


「あ、あの、すみません……。無理に、とは、……言えないですけど」


 後ろ頭を掻きながら恐縮するハドラ。


 けど、彼のこの提案は、実はかなりの効果を上げていた。実際ミディアはいつも通り、行きたくないと残りたくないを天秤にかけて「わかったわよっ」と渋々な決断をしたがっていた頃合いだったし、そんな空気を察して、俺もゼノンもギリギリまできっかけを作ってやる気はなかったから。


 果たして、まるで予定調和だと言うように、ミディアも同道すると自棄気味に宣言し腹を括った。見慣れたゼノンの呆れ顔に対し、ほっとしたようなハドラの安堵顔が、新鮮だった。


 まずはゼノンが、地下へ降りた。


 梯子みたいなものは見付からない。紐に吊るした大きな刀をゆっくりと下に降ろすと、どうやら深さは三メトリ程。飛び降りた方が早いと、板の端に手をかけ身軽に地下へ潜り、躊躇なく板から手を離した。


 タタン、という軽快な着地音。ちょっと湿ったこだまを、鉄板の外まで響かせてくる。


「問題なさそうか?」


 上から声をかけた。


「下は意外と広いな」


 微妙に噛み合わない返事が届いた。


「あの、通路の方を向いて左手側の壁に、梯子が畳んでしまってある……と、思うんですけど……」


 ハドラが言った。声に従い、セーラさんが灯してくれた炎の明かりにも頼りながら、ゼノンは梯子を穴にかけてくれた。「お前らも飛び降りればいいだろ」とぶちぶち文句を言っていたけど、少なくともミディアは飛び降りられない。


 ゼノンが場所を開けた後、俺も下まで飛び降りた。梯子使えばいいのに、とミディアの呆れ声が上から降ってくる。


「まだるっこしいじゃん。こっちのが早いしさ」


 両足の裏を襲う痛みに飛び降りたことを後悔しながら、意地で隠してミディアに強がりを見せた。


 次にハドラが、梯子を伝う。


「ほ、本当は、向こうからこっちへ出てくるときのための梯子、……なんです。……取り外しができる簡易梯子にすることで、上った後に外したり壊したりしてしまえば、追手が昇ってこられないようにできる、……んです」


「追手って?」


 地に足を付けたハドラに、質問を投げる。


 ハドラはびくりと肩を震わせ「いや、えっと……」と答えを探し始める。


 即答できなきゃ別にいい。続いて降りてくるミディアの背中を見守りながら、ハドラの煩悶を右手で制した。


 最後にセーラさんも降りてきて、下に五人が揃った。


 ゼノンは既に、通路の先の方へ五歩も六歩も潜り始めている。罠のことなんかまるで考えてない軽率さだなぁと苦笑しながら、まぁでも、その後を歩けばこっちは少しは安全に進める。わざわざ止めることもないだろう。


「……やっぱちょっと黴臭いわね」


 鼻を抑えながらミディアが零す。


 セーラさんの灯す火に視界を任せながら、俺たちは静かにゆっくりと歩を進めた。


 二人並んで歩くのは窮屈だけど、縦に列になればそこまで歩きにくくはない、人ひとりがゆっくりと歩ける横幅と高さのある通路だ。土肌が露見し、ところどころに木材が張られて補強されている。補強と言っても、恐らくその目的で作られたんだろう、というだけ。今となってはあちこち腐ったり折れたりしている部分も目立ち、到底、今もって強度を補っているようには見えない。


 雨がどの程度流れ込んでくるのかわからないけど、何せ百六十年分の経年劣化だ。通路がしっかり残っているだけ、頑丈と言えるだろう。


「僕が前に通った八年前と、その……、大きく変わったところは、今のところありません……。えと、子供の頃の記憶なんで、絶対ってわけじゃないですけど……」


 ハドラが説明してくれる。


 ミディアが気にしたこの黴臭さも、八年前と変わらない。そう言いたいんだろう。当のミディアは、もう聞いてないけど。




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