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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-3.「登録証って何の話だ?」







 ミルレンダインの集落で生活するようになってから一週間後の夕方。「セラムから登録証が届いたから、ベイクードへ行きましょう」と、一方的にシーラに告げられた。


「登録証? ……セラム?って、何の話だ?」


「登録証はケーパの証。セラムはレアンの首都だよ。知ってるでしょ?」


 言われ、まずは知っている単語を拾って、頭の中に世界地図を思い描いた。


 大国ウェンデの南東に伸びる、砂漠の地、ダザリア半島。地図で見れば、この半島には確かに二つの国の名前がある。俺が目指し辿り着いた、商人たちの国ダザルト。そしてもう一つ、南側にはレアン国の表記。けれど、両国の間には明確な国境線がなく、その違いがいまいちわからなかった。主立った町の情報は北の海岸沿いに二つ、ダザルトの首都ハーンと、俺が最初に来た港湾都市ベイクード。レアンの情報は、町の名前一つなかったんだ。


「え、ウェル、あんたレアンを知らないの? 盗賊のことを知りたくてこの砂漠に来たって言ってたのに」


 知りたいんじゃない、剣を交えたかったんだ。そう、眉間に皺を寄せる。


「商売したくて来たわけじゃないんでしょうってことだよ。簡単に言っちゃえば、ダザルトは商人の国、レアンは盗賊の国。盗賊に交じって生活をしに来た奴が、レアンじゃなくてダザルトを目指してきました、なんてちょっと笑える話だよ?」


 そうなのか! それはちょっと恥ずかしいな。


「ベイクードの酒場で初めて知るんじゃなくてよかったね」


 小首を傾げ微笑みながら。シーラが俺の隣にぺたんと座った。行くわよ、と誘った割に、シーラからは動こうとする気配が見付からない。


 悪かったな知らなくて。でもいいさ、おかげでレアンはわかった。それで、登録証ってのは何の話だよ? 結局俺から質問することになる。


「ああ、そうそう。グァルダードの登録が通ったんだ。父さんが推薦状を書いてくれてね、セラムの盗賊グァルダード本部からベイクードの支部にあなたのケーパ登録証が届いたって、今さっき知らせが届いたんだよ」


 へ? と目を丸くする。


 にまにま楽しそうにするシーラは、ひょっとしたら俺の驚きを、喜びの入り混じったものと勘違いしたのかもしれない。そうじゃない、単純に「ケーパってなんだよ」と戸惑っているだけだ。


「というわけで街まで行くから、早く準備してね」


 勘違いしたまま、部屋を出て行く。おい待てよと声を上げるが、シーラは足を止めなかった。


 全く何なんだ。ぶちぶちと文句を垂れながら、剣と財布と水筒、最低限の荷物をまとめ始める。なんだかんだ、ここでの生活で身に付いた新しい習慣だ。訳がわからなくてもとりあえず動く。文句は動いてから言え。シーラだけでない、ここの人間の多くがそうやっていた。


 外に出ると、夕日が、熟れた蓮霧(ウェーンフトモモ)の実のように赤く染まっていた。


 外出は日が沈んでから。これもミルレンダイン流の生活様式。理由は単純。砂漠の昼は暑い。暑いし、熱い。


「砂の中に住んでる連中は、結構みんなそうしてるね。港町は、他の国との関係もあるから生活のサイクルも違うみたいだけど」


 シーラの意見だった。


 シーラの前、駱駝に揺られ、来た時と同じように砂漠を渡る。


「で? ケーパの登録って、何の話だよ」


 ようやく、ちゃんと質問するタイミングを得た。


「何って、ウェル、前にベイクードのグァルダード職員にバカにされてたじゃん? 登録員じゃないって」


 ああ、そんなこともあったな。その後の新生活の刺激で、すっかり忘れてた。


「私もあのときはアイツにああやって言ったけどさ。ウェルは圧倒的に砂漠のことがわかっていないし、ケーパの仕事をこなしながらの方がいろいろ覚えられるかなって思ったの。情報も得られるし、金もだし」


「あのさ。根本的な話で、ケーパって何?」


「え、あ、うそ。そこから?」


 動揺の声が、耳許で聞こえた。


 相変わらず、人の背中に胸を押し付けて揺らすのやめてほしい。最早意図してるのか無意識なのかもわからない。


「そうなんだ。外の人は知らないんだね」


「そーだよ。お前ホント、『外の人』の感覚に疎いよな」


「それは仕方ないでしょ。あたしが今まで話したことのある外の人なんて、せいぜい移住してきたばっかりの商人くらいなんだから。

 うん、でも、じゃあ仕方ない。一から説明してあげる。盗賊には、稼ぎ方の違いで分けて二種類いるんだ。商人や他の人間から奪うことで生活を立てる、『掠奪者(レルティア)』。そして、そのレル

ティアから契約者を守る『護衛者(ケーパ)』。商人が盗賊同業者組合(グァルダード)に護衛なんかの依頼を出し、グァルダードがケーパにその依頼を紹介。契約が成立したら、ケーパはレルティアから商人を守る。そういう関係だよ」


「なんだそりゃ。盗賊が、商人を、盗賊から守る?」


「元々レアンは盗賊の国だよ。奪い奪われが唯一の法だった。そこに、彼らを相手に商売をする連中が現れた。『奪うのも一苦労でしょう、金で買った方が簡単ですよ』ってね。商人が盗賊を相手に生業を立て、盗賊が商人の利用価値を認めるようになった。そうして、レアンとダザルトっていう二つの国が、深く関係し合いながら出来上がっていったんだよ」


 何とも複雑な話だ、と俺は嘆息した。


 そぉかしら? とっても単純だと思うけど。シーラにとってはどうやら当たり前の常識。俺からすりゃ、ケーパってのはそもそも誰から盗むわけでもない、『盗賊』の名前から逸脱した存在に聞こえるんだけど。


「そりゃ、まぁ、ただの呼び方だから。一応、『他の盗賊から上前を盗んでる』って建前はあるけど」


「こじつけじゃんか。イメージの『盗賊』とはだいぶ違うよ」


「うーん、外の人からはそう見えるのか……。あたしなんかは全然違和感ないんだけどね。そもそもほとんどの盗賊がレルティアもケーパもどっちもやるし」


 は? そうなのか? また一段、俺の眉間に皺が寄る。


「父さんはケーパの登録証持ってないし、今までケーパの仕事はしたことないって聞いてる。かくいうあたしも、登録こそしてるけど仕事は一度も請け負ったことない。でもあたしたちの場合はみんながそれを許してくれるからそういう生き方ができるんであって、そんな人間が一握りなのもわかってるよ。

 大概の奴は登録証を持ちつつ商人を襲いもする。時には、昨日守った商人から今日奪い取ったりもしてるしね」


「なんだそれ! 酷い話だな!」


「でも、それが砂漠のルールだもん。誰からも文句はつかない」


 倫理観の問題じゃないのか、と俺は憤る。


 第一線の盗賊からは、「リンリカン、ってなぁに?」と真顔で聞き返された。なるほど、つまりそういうことか、と少しだけ納得した。


 それでも、ミルレンダインを見る限り、ここの連中にだって義理も人情もあると思うんだけどなぁ。





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