2-18-6.「見張りくらい、いたとしても倒さなきゃ」
「で? 誰かなんかいい作戦は思い付いたのかよ」
翌日。
昨日と同じメンバーが、昨日と同じ席順で集まり、昨日と同じお茶を飲んでいる。違うのはお茶受けくらい。シアコリットをセーラさんとレマが食べ尽くしてしまったので、今日はセーラさんが市場で買ってきた卵白のゼリーを机の真ん中に置いている。甘さが強くて正直得意じゃないんだけど、ただ、家でも食べたことがある馴染んだ味ではあった。
「……結局誰も何も考えてねーのかよ」
仁王立ち、ゼノンが机に両手をついて溜息を零した。
考えてないわけじゃない。ただ、結局何にも思い付かなかっただけだ。それを口にしたところでゼノンがめんどくさくなるだけなんで、何も言わないでおくけど。
うん。一日ゆっくり考えれば何かいい案が思い付く気がする、なんて、気のせいだったなぁ。
「…………あの」
ぼそっと、ハドラが声を上げた。
俺と、レマと、セーラさんはその顔を注視した。頬を、額を赤く。何やら息でも止めていたように顔中に力を入れている様子が、今見ただけでも伝わってくる。
「ンだよ。なんか言いたいのかよ」
「あ、……はい。あ、いえっ、その、えっと……」
二か月経っても、ゼノンはハドラとの付き合い方を覚えない。そうやって、乱暴な口調で質問すれば、彼はどんどん委縮してしまうっていうのに。
「もし何か案があるなら、遠慮なく言ってくれ。もしダメな案だったとしても、みんなで考えるだけでも価値はあるから」
なるべく柔らかい言い方で、俺はハドラの発言を促した。
少しは安心してくれたらしい。はあ、と大きく息を吐いて、口の端をほんの少しだけ持ち上げて、「は、はい」と頷き答えてくれた。
それから、ごくりと喉を大きく鳴らす。ゼノン以外は、彼のペースをもう理解している。お茶を飲み、グイ・モウブをつまんで、やっぱり甘いなぁと小さく舌を出し。ゆっくりのんびりハドラの言葉を待った。
ゼノン一人、机の上で拳を震わせイライラしているのがわかる。
「その……」ようやく、ハドラが話を始めた。「み、皆さんのお役に立つお話かわかりませんが、えっと、その、一つだけ……。あの、えっと倉庫……、跡、には、地下に繋がる秘密の抜け道、が、あります」
震える声を、皆、呆気に取られながら聞いていた。
まさかこんな有効な情報が、突然ぽんと登場するなんて。
「お……っ、おま、……お前そういう大事な話を、何で昨日しなかったんだよっ!」
ゼノンの怒声も震えている。怒りよりも驚き、驚きよりも戸惑いが、勝っているみたいだ。俺と同じような感情。俺の中には別に怒りはないけど。
「ごめんなさいっ。えっと、その、皆さんを怖がらせたらどうしようって思って、それで、昨日は……」
「はぁっ? 連中のど真ん中に突っ込むのが、今更怖いって思うと思ったのかよっ! ナメてんのかテメェ」
「ちがっ、……そういう意味じゃないんです、その……」
これはハドラが悪い。どういう意図かは俺にもわかんないけど、ゼノンに対して怖がらせるかも、なんて言葉を向けたら、こいつは挑発としか受け取らない。
鼻息荒く、今にもハドラに掴み掛ろうとするゼノンを、必死に押さえつけて話を進めた。
「じゃあ、その抜け道を使えば、一気に敵のど真ん中まで潜入できるってわけだな」
「どうでしょう。安易に飛びつくのは危険だと思いますよ」
セーラさんが水を差した。香茶を一口、静かに啜って。
「どういう意味だよ、姉ちゃん」
「かの建物が敵に占拠されてからもう大分経っています。その抜け道も、彼らの知るところである可能性は高い」
「そうか……。そうなると、もう埋められちゃってるかもしれないってことですね」
「それだけならまだいいです。ことによると、罠を仕掛けられているかも」
言葉に詰まった。確かに、その危険性は考えなきゃいけないことだった。セーラさんに指摘され、ゼノンも言葉に詰まっている。ハドラに怒鳴りながらも、前向きな情報が提示されて基本的には機嫌がよかったんだ。さっきまでは。
そんなセーラさんの忠告に、異を唱えたのは今度はレマだった。
「あちしは罠の可能性は低いと思うでますけどね」
どうしてだ? レマの顔を見る。
「聞いた話によると、ヴォルハッドの方々は、崩れかかった古い倉庫跡をわざわざ奪って拠点にし、建物自体の補修もそこそこに、周囲を守る嫌精石の壁を建て、侵入者を拒んでいるって状況でます」ああそうだ。俺は頷いた。「それに、先日本部を襲撃した幹部の一人は、対策なんて何も持たずにその場にいたグァルディオン全員を敵に回し、全員を薙ぎ払ってろくに傷も負わずに帰っていったでます。そんな連中が、侵入者に対してわざわざ罠を張って待ち構えよう、なんて考えるとは思えないでます」
印象で言えば、俺も賛成だ。
少なくとも、二度刃を合わせたボズロについては、こと戦に於いて策を弄する奴じゃない。コルファスだったか、銃とやらを使うあの変態も、性格は違えどその点は同じタイプだろう。ガゼルダと、アミラだったかあの女性。まだ性格が掴めていない相手もいるけど、同様の印象はボズロ個人と言うよりも、ヴォルハッド全体から感じられるものだ。敵ながら、陰険さよりは痛快さをより感じている。
けど、それだけだ。
「今回のお相手はそういう気質があるようですね。ですが、だからと言って罠がないと安心しきるわけにもいきません」
セーラさんの言う通り。それだけで、罠がないと判断するわけにはいかない。
「それはその通りでます。油断は絶対に厳禁でます」レマもうんうんと頷く。その上で。「ですが、皆さんは自分たちより強大な盗賊団を向こうに回そうとしているんでます。実力的にも敵の方が上ですし、規模に至っては比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいの大差でます。そんな相手を前に、万全の策を練るのは無理があるでます。罠があったとしても、そこを掻い潜って敵陣に潜り込むくらいのことをしないと、安全策ばかり選んでいたら勝機なんて一向に見えてこないでます」
淡々と、自分の意見を主張した。
他人事だから言える無責任な正論だ。そう、俺は感じた。レマは俺たちの補佐をするだけの役割で、この中で唯一ヴォルハッドへの個人的な怨恨がない。敵陣に潜入するとしても、彼女は恐らくついてこないだろう。だからこそ言える意見とも聞こえる。
――けど。そういう立場だから言えること、だとしても。それでもそれは、確かに正論だった。大きな目標を叶えたいなら、多少の無理は計算に入れなきゃいけない。
レマの言葉に誰も答えない中、俺は大きく息を吸って、それから静かに深く吐いた。
提案するのはそれほど気張らない、気軽な考え。
「レマの話は尤もだし、セーラさんの懸念も真剣に考えなきゃいけない。けど、ここで座って考えてたって何にもわからない。どうだろう、一回その抜け道を見に行くのは」
俺に集まっていた視線が、すっと柔らかくほぐれていく。「それもそうだな」ゼノンが口に出して頷く。
動かなきゃ始まらない。その考えは、みんなにも伝わったらしい。
「気軽に言うけどさ」かと言って反論が出ないわけじゃない。「罠だとしたら、見に行くだけも危険なんじゃないの? 入り口が倉庫とどんだけ離れてるか知らないけど」
頬杖をつきながら眉間に皺を寄せるミディアに、そりゃあ、と答える。
「見張りがいないって保証もないけど、いたとしてもそれくらいは倒さなきゃ」
「……そうですね」セーラさんが、口許で笑う。「ではとりあえず、見に行ってみましょうか。罠がありそうかどうか」
「よっしゃ。決まりだな!」
まだ何か言いたそうなミディアを黙らせ、ゼノンが拳を叩いた。
俺が言い、セーラさんが頷き。その時点でゼノンの中ではもう確定事項らしい。さすがにミディアもこれ以上水を差すのは難しいと感じたか。額を抑えて大きく溜息を吐き。「ま、死なない程度に頑張ってよ」と、まるで他人事に呟いた。
出発は、今夜。
複雑な顔を見せているミディアでさえも、表情のどこかに事態が動き出した高揚感のようなものは、感じられた。ただ一人ハドラだけが、発案者の癖に、最初から最後まで浮かない顔をし続けていた。




