2-18-5.「これが最後の戦いだというなら……」
「そうは言ってもね。現状戦力がこれだけしかないんだし。あんたとウェルで敵のトップ四人をガッツリ倒せるって保証があったとして、結局取れる作戦は潜入からの不意打ちしかないわけだし」
ミディアの言う通り。正直、作戦の練りようがない。
「じゃあそれでいいじゃねーか。潜入、奇襲も上等じゃん。いつやるかだ。今日か? 明日か?」
姿勢も発言も前のめりのゼノンに、他の皆、一斉に溜息を吐いた。
気が付くと、雨の音が止んでいた。まだ風が少し残っているみたいで、ガラス板がカタカタと小刻みに揺すられる音がしている。叩くようなさざめいた音は、もうしなくなっていた。
「まぁでも確かに、このまま機を待ってたって、状況が変わるとも思えないのよね」
溜息ののち。まさかゼノンの言に一理を認めたのは、一番意外なミディアだった。
「セラムにいた時も、目的は情報収集と仲間を集めることだったけど、結局仲間が増えるどころか一人減る結果に終わった。ここに来てセーラとハドラが加わってくれたけど、それだけ。
敵は二百人からの大軍勢と、それを統率する化け物級の盗賊四人。その後ろについてんのが、屈指の経済力を誇る大富豪と、ウェンデ国を仮想敵に据えたグランディア軍部。そん中から本一冊掠め取ろうなんて、見付からないように忍び込むくらいしか方法がないのが本当のところよね」
「本一冊、ですか?」
セーラさんが首を傾げた。ミディアがめんどくさそうに右手を振り上げ「私の目的はね」と投げ槍に答えた。
「ゼノンはあの狂った射撃手を倒したいのかもしれないし、ウェルやシーラはさらにヴォルハッド自体を壊滅させたいのかもしれない。けど、私の目的は身の丈並よ。奪われたものを取り返したい。それだけ」
そうですか。穏やかに答えるセーラさん。
「ちょっと待てよ!」とゼノンが憤る。「俺だって奴ら全員ぶっ倒してやりてーんだ。道化一匹どうにかしただけで終わりにする気はねーぜ」
ミディアが面倒くさそうに溜息を吐く。ほんの少しの諦観が見え隠れするこの表情。何を一番、面倒だと思っているのだろう。
「で? あんたの目的は?」
頬杖とともに、セーラに言葉を向けた。そういや、彼女の目的はどこなんだろう。俺もまだ、はっきりとは――、いや漠然とも聞いた記憶がない。
「私は、バスラ様に言われたことを果たすことが目的です。ユイス・ゼーランド様の名を騙る者の正体を暴き、その罪を贖わせること。正直なところ、ヴォルハッド団それ自体にはそこまで興味がありません」
断じ、それから首を擡げて俺の顔を見、ハドラの横顔を見。
「ですが、皆さんとの共闘を約しましたので、勿論皆さんの目的への協力も致します。ハドラさんは、倉庫跡から彼らを追い出して取り戻すことが目的ですよね」
「え……、あ、えっと、は、はい。そ、そうです……」
突然話を振られて、どもりながら頷くハドラ。怯えながらは彼の常。これでも、ハドラにしてはかなり強めの口調の意思表示だ。
「ユイス・ゼーランドの名を騙る者……。そういえば、そんな名前も出てましたでますね」
レマが、独り言のように呟いた。
カルガディアの周辺をいくら調べても、その者の情報は出てこなかったという。グランディアとは関係がないのか。砂漠の人物なのか。まさか、カルガディア本人がヴォルハッドの前ではそう名乗っている、――なんて可能性もひょっとしたらあるのか?
「ユイス様は御年三八と伺っております。五八のカルガディア氏がその名を騙るのは、少々若作りが過ぎるかと」
確かに、年が違い過ぎるか。セーラさんに釘を刺され、広げ過ぎた仮説の一つをそっと腹の底にしまった。っていうかおじさん今年で三八か。見た目通り若かったんだな。
「とにかく、みんなの目的は、一致してるようで結構差があるってことよね」
ミディアがまとめた。
ふむとみんなが黙り込んだ。
なかなか、妙案が浮かばない。
「とりあえず、一回解散するでませんか?」
レマが提案した。
ゼノン一人が「はあぁ?」と大声で不満を顕わにしたけど、他の皆、大きな反論はない様子。というかこの場をまとめる決定打が何も思い付かないのだ。
「そうですね、明日、もう一度みんなで集まりましょう。そのときに何も案が思い付かなければ、ゼノンの言う、潜入作戦を本格的に検討する。それで如何でしょう」
セーラさんもまとめに入った。
一日待てば話を動かす。そういう提案のおかげで、ゼノンも不満を飲み込むことができたみたいだ。
それでも一日それぞれゆっくり考えれば、何かいい作戦が思い付くような気も、俺はしていた。今はまだ、レマとミディアからもらった情報が頭の中をぐるぐる飛び回っていて、うまく整理できていない。一日頭を休ませれば、いい案が浮かぶんじゃないか。何となく俺は、そんな予感を抱いていた。
それに――。
ぼんやりと窓の方を眺める。いつの間にか風も止んだか、少し前に大きく一度身震いしたのを最後に、ガラス窓はもう音を立てなくなっていた。代わりに陽の光が差し込んできていた。それを水滴がきらきらと乱反射させ、眩く映る。
それに、これが最後の戦いだというなら、シーラにも同じ戦場に立っていてほしい。そう思う気持ちが、胸の裡に小さく強くあった。




