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2 節間ー13. シーラ・リュスタル=ミルレンディア.13







「やったねサディオ!」


 蹲る金髪と黒髪の体を気にも掛けず、あたしはサディオに駆け寄った。


 サディオも清々しい顔をしていた。同時にあたしに驚いたような表情も見せていた。


 言いたいことはわかるし、あたしも言いたいことがある。けど、まだ。あたしは落ちていた自分のナイフを拾い、セグレスの方を見た。


 実はさっきからも、ちらちらと様子は窺ってた。戦う相手の緑髪は、やっぱり魔法の方が得手なんだろう。セグレスの激しい剣戟を、受けて避けるのがやっとって感じで、終始セグレスの優位は動かなかった。


 それももう終盤。いよいよ緑髪が体勢を崩して砂に尻をつき、目の前に突き付けられた剣先にくつと喉を鳴らした、正にその瞬間だった。


「ええいっ、何をやってるんだいっ!」


 いよいよマンドルマが怒りを爆発させる。


 もちろん、目の前の四人を倒して終わりだなんて思ってない。


 ここからが勝負。――そう思った矢先。


 遠くから甲高い破裂音が聞こえた。


 ほぼ同時に、緑髪の側頭から血飛沫が吹き上がった。


「な……っ」


「なんだいっ、どうしたって言うんだいっ?」


 絶句するセグレス。


 状況が読めず、慌てた声を撒き散らすマンドルマ。


 首領の命令に絶対服従、滅私こそ美徳、なんて雰囲気を纏っていた武舞台を囲む女兵士たちの間にも、小さからず動揺が走っている。


 見極めていたのは、あたしとセグレスだけだったかもしれない。アリオーネの根城の屋根の上。月を背負って顔を陰にした細身の男が、こちらに銃口を向けていた。


「ヴォルハッドの……」


 セグレスが、戦慄に声を震わせる。


 一度見てさえいれば、遠目でも、月の影に隠れていても、その輪郭だけでもすぐわかる。


「けケ」


 細長い手足を持て余すように背中を丸めながら、聞いたような鳥の鳴き声みたいな笑い声を零す、銃使いの男。


「……コルファス」


 その男の名前を、記憶の隅から引っ張り出す。


 コルファスは敏感に、あたしの声に反応した。


「えッ、ボクのナマエ知ってるノ? ボクって結構有名人なんだナぁ」


 そう言って腹を抱えて笑い、笑い終えるとひょいと屋根から飛び降り、こちらに歩いてくる。もちろん、舞台の中央へ向かうには、アリオーネの団員たちがその前にたくさんいて、彼らをやり過ごさなきゃいけない。


「何なんだ、お前はっ」


「止まれ、死にたいのかっ」


 牽制の声がいくつか上がった。そして、次の瞬間轟音が立て続けに鳴り、女兵士が四、五人、血飛沫を噴き上げて倒れていった。


「おまえラみたいなザコが、ボクのラディルムちゃんの弾を受けて死ネるなんて、光栄だと思いなヨ」


 倒れた体を無造作に踏みつけ、コルファスは足を止めずに真っ直ぐここへ向かってくる。


 ――ヤバい。血の気が引いた。奴らはサディオとセグレスを狙っているはずだ。二人を守らなきゃ。でも、ボズロに並ぶような化け物相手にどうやって……。


 体中から冷汗が止まらないあたし。それを庇うようにして、サディオが剣を構えた。セグレスも、少し離れたところで覚悟を決めた表情で剣を握ってる。ダメだ、二人を戦わせちゃダメだ。強い思いが胸の中で鳴り響いているのに、あたしの体はまるで動かない。どうしたらいいのか、策がなんにも思い付かない。


「けケ。少しくらいは抵抗しなヨ。動かない的を撃ち抜くだけなんて、わざわざ遊びに来た楽しみがナイ」


「…………」


「珍しく、ボズロの尻拭いなんて面白イ仕事が回ってきたんだ。たっぷり楽しませてもらうヨ」


 コルファスの言葉は、あたしに向けられてるらしかった。


 ぺろりと舌なめずり。あたしを殺す気なんだろうか。ボズロと違って、サディオとセグレスじゃなく、あたしを……?


 かちゃりと音を鳴らしながら、コルファスがこちらに拳銃を向けて来た、その銃口が、サディオを狙っているのか、それともあたしか。


 轟音は、響かなかった。


 ごつりと何やら鈍い音がして、コルファスの腕が地面に向け落とされた。そして次の瞬間、あたしの視界は紫に覆われた。


「え……」


「ふざけんじゃないよ。人の根城で、何好き勝手してんだ」


 あたしの目、その紫色の壁の正体を見極めるのに数秒かかっちゃった。


 それはマンドルマの背中。まさかと思ったけど、彼女はあたしやサディオを守るような動きを取っていた。そう、他の男たちでも、女兵士たちでもなく、彼女自身が。


「なんで……」


「勘違いすんじゃないよ。オマエたちを助けたわけじゃない。アリオーネ団の領内で、このマンドルマ様の目の前で、好き勝手暴れる奴を許しておけないのさ」


 オマエたちのことはまたあとだ。ナイフを二本、両手に握ってコルファスに向き合いながら、言葉だけあたしたちに向けてよこした。


 いや、違う。あたしが聞きたかったのは「なんで、あんたそんな機敏に動けるの……?」って疑問だったんだけど。


「ボクの前に立つなら容赦しないヨ?」


「あたしの可愛い部下たちを六人も殺しておいて、アンタは容赦してもらえると思ってんのかい? 生きて帰れると思うんじゃないよ」


 さり。マンドルマの足の爪先が、砂を強く食んだ。


 遅れながら、マンドルマと一緒にあたしたちの試合を眺めていた他の男たちが、コルファスを囲むように馳せた。


 更にその周りを、女兵士たちが取り囲む。


「銃使いだけど近接戦でも気を付けて。銃身と左手の防刃手袋(グルァルヴ)で剣を弾いてくる」


「節介はいらないよ。黙ってな」


「言ったでしょ。奴らを倒すために手を組めるなら、あたしは情報を提供するって」


 あたしの言葉。マンドルマは鼻で笑った。


「けケ……」


 コルファスが啼いた。


 そして次の瞬間、アリオーネ団とコルファス一騎の戦いが、始まった。




 夜が明けた。


 あたしたちは――、と言うべきか、マンドルマたちはと言うべきか。ともかくアリオーネ団はコルファスを退けた。


 状況は厳しかった。最初に撃たれた緑髪の男ラトルスを筆頭に、マンドルマの取り巻きのうちの合わせて七人が殺され、残る男どもも体のどこかしらに銃創を作っていた。女兵士もあの後さらに十五人が脳天を撃たれ、今や砂の武舞台は赤く染まった場所の方が広い。


 掠り傷で済んだのは、サディオとセグレス、あたしとそれからマンドルマ。あと、あたしたちが先に戦った、金髪、黒髪と青い長髪の試合相手たち。


「……チクショウ。なんなんだいあのふざけたヒョロヒョロ花火男は」


 マンドルマが、片膝を付き拳を砂に埋めながら、苦々しく呟いた。


「あれが、ヴォルハッド団だよ」


 わかりきった答えを口にした。教えてやることに優越感なんて欠片もない。ただ、認めたくない現実をあたしはもう飲み込み、受け入れた。そう胸を張るためだけの言葉。


 潰滅とまでは言わないけど、多分アリオーネ団が大打撃を受けたことは確かだった。恐らく戦力的にも規模的にも、三分の一は削られたに違いない。


 マンドルマが落とす肩には、覚えがあった。あたしのときに比べたら状況はずっとマシだけど。それでも理不尽で埒外な敵の力に成す術なく平穏を奪われていくことへの、無力感と怒りはきっと、似たものだと思う。


 何がしたかったんだ。もう一つ零されたマンドルマの言葉には、答えるのは憚られた。


 あの男の狙いはサディオとセグレス。それは多分本当。「そういや、男を二人殺していかなきゃいけないンだったっけ」だの「遊びに夢中になるとつい忘れちゃうよネ。まァ、男は片端から殺しとけばいいかナ」だの、気にかけているようなことは何度か口にしてた。


 そのくせ、どうやらどれがサディオでセグレスなのかは把握していなかったみたいだ。のみならず、結局男を半数も仕損じたまま、一人で勝手に満足してさっさと帰っていった。


 何がしたかったのか――。多分、ただ単に見境なく暴れたかった、っていうのが一番正解に近かった気がする。あんな狂った奴の本心なんて知る由もないけど。


 朝日に照らされた、赤黒く染まった砂の上。


 西の空には黒い雲。もう少しすれば、ここにも驟雨(サークォール)が降るだろう。まるで汚れた砂漠を洗うのが仕事とでも言いたげな、淡々とした空模様に苛立ちを覚えた。


 砂を踏み、三歩ほど前に歩く。


 そしてあたしは、もう一度マンドルマに手を差し伸べた。




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