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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-2.「驚くほど俺はみんなに受け入れられてる」








 数日経つと、俺も少しずつここでの生活に慣れ始めた。


 一番意外だったのは、生活の匂いだ。


 血生臭く、野性的で野卑で、その日の食い扶持はその日に奪い、狩り、食べたいときに食べ、寝たいときに寝る。そんな、偏見とも言っていいようなイメージを勝手に抱いてたんだけど、実際には彼らの生活は全く違った。


 食物の貯蔵庫があり、交代で魔法使が管理し、温度や環境を保つ。必要な分を調理する役割の者がいて、補充する者もいる。補充の方法は、基本的には町での買い物。食材として加工されたもの、あるいは異国から輸入されたものを買い、ここに運び、保存する。


 もちろん彼らは盗賊。商人を襲って財産を奪うこともあれば、獣を狩って肉や毛皮を得ることもある。けれど、そこで得たもののほとんどは町で換金する。自分たちの持ち物、食べ物にすることはあまりないのだという。俺の想像よりずっと、彼らの生活は機能的で清潔らしいのだ。


 それにしても――。事あるごとに思うんだけど、特に食事を分けてもらうときには痛感する。意外なくらい、俺は団の連中に受け入れてもらえている。


 そこらを歩けば「お、婿殿じゃねぇか」と声をかけられ、人の仕事を手伝えば「シーラのお嬢とは仲良くやってんのかい」と聞かれる。こんな砂漠じゃ酒だって貴重だろうに、酔っ払いどもに絡まれれば何はなくともさあ飲めよと盃を満たされ、「どうせ頭領には敵わねぇんだし、さっさと観念してお嬢剥いちまえよ」なんて下品な言葉も投げられる。


 そしてありがたいことに、どれもこれも悪意や束縛を欠片も感じない。茶化したり、からかったり。そんな内心が伝わってきて、とても楽でいられる。「うっせー、俺にも選ぶ権利はあるんだよ」なんてひどい返事を投げつけても、「そりゃそうだな!」と笑ってくれる。これは大きかった。


 まあ、そんなひどい返事は、最終的にはどこかからシーラの耳に届き、「またそんなこと言っているらしいけど、ホントは剥きたくて触りたくて仕方ないんでしょ?」なんて、品も情緒もない最低なセリフを聞かされるところまででひとセットなんだけども。


 生活に慣れたとは言ったものの、そんな淑やかさの()の字もない女との相部屋生活は改善されず、その点はどうにも困ることばかりだった。


 結局、件の儀の翌日にはシーラのタントールは片付けられてしまった。彼女の私物は彼女の手で、ものの一時間で移動された。空っぽになったタントールは、更にその翌日にはもう別の用途が決定したらしく、覗きに行ったときには何やら木箱がいくつか運び込まれていた。


 俺とシーラの同室での共同生活は、とりあえず部屋の真ん中に厚手のカーテンを一枚ぶら下げることで折り合いをつけた。こっから一歩も入るなよ、と大声を上げ、自分の分の筵を壁際に移動して、よし今日こそはゆっくり寝るぞと横になったその日の夜更け。それでもシーラは全裸になって、ようやく寝付いた俺を襲ってきた。


「ふっざけんな昨日ろくに寝てなくて眠いんだよ寝かせろこの痴女が」


「うぅん、美貌の妻をほったらかしにして寝ちゃうなんて、悪い旦那様だよねぇ。夜はまだまだこれからだよ?」


「うざい! 離れろ!」


「じゃあいいよ、寝てても。あたしが勝手に気持ちよくさせてあげるからさ」


「本気でやめろ。剣抜くぞ」


「え、ちょ……、待ってさすがにひどくない?」


 そんなやり取りが毎日のこと。


 起きたら起きたでいつも裸の胸を押し付けられているもんだから、まぁ手を出すつもりなんてなくてもどうしたってムラムラしちまう。理性でどうにかしろって話もあるけど、ここまで来るともう体が反応しちゃうのは生理現象だと思うんだ。


 ほんと、キツイ。事あるごとに襲い掛かってくる彼女の悪習慣さえなけりゃ、物凄く平和な毎日を送れるんだろうになぁ。


 本当に、シーラ以外との人間関係には、取り立てた不満が全然ないんだ。


 例えばデリダともよく喋るようになった。俺のことを目の敵にしているアグロと異なり、デリダは勝負に敗れたことに全く頓着していない。というか「お前、ホント強いなぁ」とにこにこしながら話しかけてくれ、暇を見付けては勝負してくれと朗らかに申し込んでくる。俺としても剣術の稽古の相手がいるのはありがたいところ。なんだかんだで、もう四、五回は刃を交わした。


 サバサバしていて後腐れなく、彼女との会話はとても気が楽だ。時折アグロに見つかってはお前ら何してやがると怒鳴られるのが面倒くさいが、それでも彼女がこういう性格であることと、俺と同じ「余所者」であることは、とても安心できた。


 元副頭領、ジェブルとヤツミナとも、少しは話ができた。マウファドやシーラに比べても穏やかな話し方の夫婦で、彼らもまたにこやかに俺を受け入れてくれた。


 彼らが後継の儀でマウファドと戦った時には、魔法使であるヤツミナが風一つ起こす隙もなく、マウファドの前に完敗した。そんな昔話を聞かせてくれた。


「頭領は世界が違います。その頭領の攻撃を見事に防ぎ、反撃に転じようとした機転と敏捷さ。あなたの実力も、相当なものだと思いますよ」


 褒めてはくれたが、大して喜びは沸かない。マウファドの化け物級の実力に、戦慄を覚える方がずっと大きかった。


 ちなみに、マウファドの奥方――、シーラの母親は、シーラが七歳の時に早逝なさったそうだ。詳しい話は聞かなかった。盗賊なんて生き方をしていれば、突然命を落とすことも珍しくないのだろう。その程度に受け止めた。


 マウファドは、あれ以来何も言ってこない。――いや、一つだけ言葉をもらった。


「いつでもかかってこい。不意打ちでも構わねぇ。それで俺に一撃でも喰らわせられたら、後継ぎの件は無しにしてやるよ」


 とても笑みには見えない、くしゃっと顔を歪めたような微笑みとともに、そんな言葉をくれた。


 冗談じゃない。こんな化け物に、数日の基礎鍛錬をこなした程度で再戦なんか臨めるか。すぐ帰るってティリルには約束したけど、こりゃ年単位での長期戦の構えだよなぁ。


 シーラのアピールについては困惑も大きいけれど、実際問題、それ以外で俺の意志を曲げようとしてくる人物が今のところいない。むしろマウファドとの再戦を応援してくれる声も明確に聞こえてくるほどだ。


 許してもらえるのなら、俺はマウファドに勝ちたい。勝つまでここで、力を付けたい。


 けれど、そうしてマウファドの後継の立場を捨てるつもりでいる男が、彼らにここまでいろいろ甘えてしまっていいのかどうか、悩む気持ちが常に付きまとった。





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