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2 節間ー9. シーラ・リュスタル=ミルレンディア.9








「あ……」


「全く、バカにしてくれたもんだねぇ」


 紫のドレスはそのあちこちに黒い煤汚れがついていた。火を消したりなんなり、あれこれ動き回ったんだろう。案外、自分で動き回る忠実(まめ)さも持ってるんだなぁ。


「逃げ切れると、本気で思ったのかい?」


 にやりと口角を上げるマンドルマ。


 く、と奥歯を噛み締めるあたしを、サディオが庇って前に立った。


「マンドルマ様っ、申し訳ありません! この罰は私一人が受けますので、どうかこのシーラにはご温情を――っ」


「サディオ、少し黙っていな」


 冷たく言われ、サディオは喉を鳴らした。


 サディオがこんな豚に頭を下げ、暴言ひとつ返せないような扱いを受けていることに、あたしは心底悔しさを覚えた。全部、不甲斐ないあたしのせいだ。


「オマエは、何か言うことはないのかい?」


 マンドルマはあたしのことを睨み付けて言った。


 そんなもの。山ほどあるに決まってる。けど、今ここでそんなものをぶちまけたって、何の役に立たない。欠けたナイフの破片の方が、まだしも何かに使えるってもんだ。


「フン、度胸だけは大したもんだよ。言うことはないって言いながら、アタシのことを睨み続けてんだ」


「お褒めに預かり恐悦ね。まぁでも、どっちかと言えばあんたのことをナメ過ぎた自分の甘さに腹が立ってるんだけどね」


「殊勝なことだね。いいだろう、オマエに免じて、オマエが必死に逃がした女子供どもは、このまま放っておいてやるよ」


 にやりと顔を歪めるマンドルマ。そいつはどうも、と鼻を鳴らす。


「条件は?」


「特にないさ。オマエたちをここで捕まえるのは交換条件じゃない、ただのアタシの成果だ。仲間を見逃してやるのは、完全なる温情だよ」


 温情、ね。あたしは苦笑した。


「ただねぇ。オマエたちどうせ、ここでしおらしくアタシに頭下げても、いずれまた逃げ出す算段を始めるだろう? なんだかこれほどまでのはねっ帰り娘を教育してやるのも面倒になっちまってねぇ」


「あら。あんなに強気なこと言ってたのに、もう諦めたの」


「諦めちゃいないさ。ただ、最初にしっかり線を引いておこうと思ってね」


 線? あたしは聞き返した。マンドルマはその潰れた表情をいよいよぐちゃっと潰し、それはそれは楽しそうに笑いながら。


「勝負しないかい」


 そう、持ち掛けてきた。


「勝負? なんの?」


「アンタたち二人と、こちらの……、そうだね、五人くらい選んでやろう。選りすぐり五人と勝負して、アンタたちが勝ったらアンタたちのことも見逃してやるよ。どこへでも好きに行くがいいさ。

 もしアタシが勝ったら、二度とアタシに逆らえないようにしてあげるわ」


 それこそ随分な温情じゃない。腰に手を当て、溜息を吐き捨てながら言葉をぶつける。こいつの考え方だ。そもそもそんな勝負をすることに、こいつにとってのメリットがあるとも思えないけど。


「そうさね、確かに温情だ。オマエみたいな小娘に、チャンスをくれてやるんだからね。負けたらオマエの人生は終わりだよ?」


「余計な二心は抱かずに、あんたのためにしっかりと働けってことね」


「まさか。オマエみたいなクソガキに、仕事なんか与えてやるもんかね。教育して兵士として使ってやる、なんて話はもうご破算さ。オマエのことは、手足と舌を切り落として物置にでも飾っておいてやるよ。ああ、飾っとくより、オマエの大事なサディオがこのアタシに奉仕してる姿をじっくり見せてやる方がいいかねぇ」


「……うへ、ひっどい趣味ね。そんなんで興奮するわけ?」


「クソガキの躾は大人の務めだものねぇ。まるで気が乗らないけど、二度と舐めた口利けないようにそれぐらいのお仕置きはしてやらないと」


 フヘヘと笑うマンドルマ。この楽しそうな表情、絶対趣味に決まってる。サドの癖に見られるのが好きだなんてとんだゲテ趣味。あ、でもこの嘔吐必至の肉の塊を人に見せたいって感情は、やっぱりサディズムに近い攻撃性嗜好なのかしらん。


「ダメだそんな! シーラ、君は何もしなくていい! マンドルマ様、どんなご命令も、どんな罰も、俺が受けますからどうか――っ」


「黙れって言われたでしょサディオ。マンドルマが話を持ち掛けてるのはあたしなの。いいわ、その条件乗りましょう」


「シーラッ!」


「どの道ここで断ったって、すぐさま手足切り落とされるだけでしょ?」


「フヒヒ、よくわかってるじゃないか。そうだよ、オマエたちにはこの条件を受ける以外に選択肢はないんだ」


 さぁっ、この二人を裏の闘技場に連れていくんだ。グズグズおしでないよ! ようやくあたしたちから一度目を離し、周りを囲む男たちや女兵たちに指示を飛ばすマンドルマ。あたしとサディオの後ろには、長い槍を持った女兵が二人付き、その切っ先を人の背中に向けている。


 他の選択肢なんてないんだから、やることは単純だ。あたしは素直に、背中に迫る刃先に従い、取り囲む兵たちの流れに従って歩き始めた。


 途中、何でこんな条件を飲んだんだ、とサディオがあたしを睨み付けてきた。


「素直に謝れば、シーラだけでも解放してもらえたかもしれないのに」


「うぅん……」責めるような言い方をしてくるサディオに、少しだけ言葉を選びながら、「サディオの方が知ってると思うんだけど、マンドルマって、これで謝ったら見逃してくれるような性格してるの?」


「や……、それは…………」


 言葉に詰まるサディオ。当然でしょう。あの場で素直に謝ればどうにかなるなんて、子供でも思わない。多分サディオは、あたしだけでも無事にここから離れさせたくて、判断力を鈍らせてるんだ。


 いつまでたっても子ども扱いか。あたしは小さく溜息を吐いた。そりゃあ今回もちょっと敵を甘く見ちゃってこうやって捕まっちゃったわけだけど。でもここからだって逆転は可能だって、あたしは思ってるわけなんだけどなぁ。あたしってそんなに頼りなく見えるのかな。




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