2 節間ー7. シーラ・リュスタル=ミルレンディア.7
最後に漏れ聞こえた一言をきっかけに、あたしは向かう先を改めた。
廊下伝いに右。サディオの言葉にまずは従い、その先に何があるのかを確かめる。程なく石壁が崩れたところに出、足許に砂が露出する。崩れた壁を伝って、上へ上へと昇りながら先に進むと、やがて大きな小屋が見付かった。石材の大屋根の下に建てられた、木造の古びた掘っ立て小屋。屋根の上からこっそり窓を覗くと、見知った顔が何人か、ちらちら見えた。
やっぱりここが、ミルレンダインの仲間たちの住む場所か。懐かしい顔に、思わず目頭が熱くなる。
次の瞬間、顔を隠した女性兵たちが十人ほど、槍やら剣やらを持って小屋の前に集まってきた。扉を乱暴に叩き、そして返事を待たずに強引に開ける。
屋根の上、姿が隠れるところまで引っ込んでいても、入り口でのやり取りはそこそこ聞こえた。身を伏せ、ささくれ立った板目とにらめっこしながら、耳を傾ける。
「ミルレンダイン元頭領が、来ているだろう」
「何の話? ここには誰も来ていないけど」
対応しているのはヤツミナさんか。
「隠し立てすると後悔するぞ」
「冗談じゃない。あのマウファド頭領が隠そうとしても隠せるもんか。もし本当にあの人がいたら、もうここに出てきてあんたたちの剣を根こそぎへし折ってるよ」
「違う。娘の話だ」
「シーラお嬢さんが? 来てるって言うのかい? 本当に?」
「……知らないのならいい。もし来たら早急に知らせるよう」
兵士たちは、ヤツミナさんの様子から、あたしがここにまだ来ていないことを悟ったらしい。そこで会話を切り上げ、またぞろぞろと帰っていく足音を響かせていく。
彼らはむしろ、ヤツミナさんたちに元気を与えてしまったみたいだった。多分扉も開きっ放しに、ヤツミナさんが中の仲間たちに「聞いたかい? シーラお嬢さんがここに来てるって話だよ!」と伝える興奮声が聞こえる。ホントっ、やったぁ!という子供たちの声が、何人分か届く。
全員はここにいないのか、いるけれど声を上げていないだけか。
実際に下に降りて顔を見たくなる気持ちを必死に抑えて、あたしは屋根の上で仰向けになり、両手を広げた。
石材の丸天井にはところどころに穴が開いていて、陽の光が届くようにはなっている。マンドルマの部屋のような立派なガラス板はなくて、ただの穴なので雨や海風で風化している部分もあるみたいだけど。
それでも、空が見えると見えないとでやっぱり気分は全然違う。少なくとも、今この瞬間ここで寝そべっている限りで、随分気持ちが楽になった。
状況を整理する。
サディオがマンドルマに囲われてた。セグレスは遠い南まで使いに出されてたから、あの豚のお気に入りってわけじゃなさそうだけど、それでも戦える男ってことなら多分他のみんなとは別の扱いを受けてる。ヤツミナさんのさっきの反応から見ても、帰ってきてからまだみんなと接触してないんだろう。いや、そもそもセグレスがあたしを探しに出かけていたことさえ、みんなは知らないのかもしれない。
小屋の中には、ヤツミナさんと、あと子供たちが数人の気配。もう何人かいるかもしれないけど、多分全部じゃない。ジェブルおじさんがいたら、まず兵士たちの対応はおじさんがしてたと思うから、今ここにはいないんだと思う。
「働かされてるって言ってたしな。半分ずつとかに分けられて、どこか別のところに行ってるのか」
状況が整理できてきた。
さて、それで、どうしようか。
サディオは、あたし一人じゃどうもできないだろうって思って、ここに来るように言ったんだと思う。確かにジェブルおじさんがいれば、いい案も思い付いてくれそうだ。ただ、当然マンドルマもあたしがここに来るってことは予想が付いてて、だから真っ先に手を打ってきた。
体を捩って、ちらりと屋根の下を覗く。
やっぱり。さっき退散してった様子だった兵士たちのうちの一人が、小屋の前でまだうろうろと頑張ってた。まだ来てなくても、この後も来ないとは限らない。当然ここは、一番警戒すべきポイントなんだ。
状況は極めて苦しい。
誰かに頼るとしたら、ジェブルおじさんか、セグレスか。……どっちもどこにいるかもわからない。
独力で切り開くとしたら、狙うのは、マンドルマか。
あいつ一人の首を落としちゃえば、後の連中はあたしなんかに興味を持たないかもしれないし、サディオのこともみんなのこともあっさり逃がしてくれるかも……。かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
うん、違う。これは悪手。そもそもあいつの周りには、常に美形の男どもが何人かは侍ってるんだ。多分寝床にだって二、三人持っていくんだろう。
狙うのはマンドルマじゃない。狙うのは――。




