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2 節間ー6. シーラ・リュスタル=ミルレンディア.6







 まぁ、逃げの一手だな。さっさとこの部屋を出て、体勢を立て直そう。


 サディオの剣を、躱し、躱し。時折魔法を織り交ぜ、サディオとの距離を取り直して。少しずつ、少しずつ、入ってきた扉に飛び込むチャンスを窺った。


「逃がすんじゃないよサディオッ! しくじったら一蓮托生だからねっ!」


 びくっと、サディオが体を震わせた。

 一蓮托生。なるほど、それが彼を縛り付けている制約か。まったくあの肉だるま、随分嫌らしいことしてくれてんじゃないさ。


「うおぉっ」


 サディオが雄叫びを上げ、あたしに突っ込んでくる。躱すのは簡単、直線的な攻撃だ。けど、いつまでそんなこと続けててもキリがない。そろそろ何か、状況を打開する一手を打たなきゃいけない。


「はぁっ!」


 右の手で細剣を深く突き出し、あたしの喉許を狙ってくる。


 その切っ先があたしの喉に届こうっていう正にその瞬間。あたしは小さな爆発魔法を展開して、部屋中の人間の意識を一瞬一か所に集めた。


 サディオの後ろ。マンドルマのすぐ目の前。


「うぷっ」


 マンドルマが身構える。


 白いカーペットの毛先が焦げる匂いがした。


 二人の青年が、いよいよ臨戦態勢を取って武器を持ち、マンドルマを守るように立つ。


 あたしが唱えた魔法は、実は二つ。もう一つはあたしの体の周り。柔らかい空気をぐるりと、腹やら尻やら背中やらを守るように呼び起こしている。


 サディオはその意図を、すぐに察してくれた。うあぁっ!とまたしても咆哮一轟。細剣を一つ突き出して、あたしのナイフに重く弾かせると、今度はサディオが魔法を唱えてあたしの体を拭き飛ばした。


 あたしの体は狙ったように部屋の入り口に吸い込まれ、扉板を吹き飛ばし、外に控えていた女兵士たちの体も吹き飛ばして壁に激突した。壁が崩れ、瓦礫と置いてあったガラクタに埋もれたあたしの体に、さらに崩れた天井の欠片が降ってくる。


「何やってんだいっ! 逃がすんじゃないよ、早くやっちまいなっ!」


 マンドルマの声に合わせてか、否か。すかさずサディオが第二撃。あたしを追って扉の外に出ると、細剣を突き出しながら体ごと瓦礫の中に突っ込んできた。


 傷を与えるのが目的じゃない。声を届けるのが目的の攻撃。


「……右に行って、最初の廊下を直進しろ」


 端的な命令形。


 わかったと答えながら、あたしは上から下に向け、空気の塊を吹き落した。砂埃が巻き上がる。サディオの体が、吹き飛ぶ。すぐさま体勢を整えて剣を構えたが、そこにはもうあたしの姿はなかった。


 チッと大きな舌打ち一つ。


 下手な演技を交えた後、サディオは崩れた廊下にくるり背を向け、ゆっくり歩いてマンドルマに跪いた。


「申し訳ありません。敵、捕らえられず、逃がしてしまいました」


「…………お前」


 頭を下げるサディオの上から、マンドルマはじろり見下し。


「まさか、わざと逃がしたんじゃないだろうね」


「滅相もないことです」


「…………」


 マンドルマは、黙ってじっとサディオを睨み付けている。


 サディオも黙って、ずっと蹲っている。


 沈黙がしばらく続いて後、マンドルマが何かを諦めたように溜息を吐き。「まぁいいさ、今回は百叩きで許してやる。お前たち連れて行きな、くれぐれも顔に傷付けるんじゃないよ」


 青年たちは「は」と声を揃えて敬礼し、サディオの両脇に回って腕をしっかりと掴む。


 入れ替わるようにまた、別の青年が二人、マンドルマの元にやってきた。何事もなかったようにソファに寝そべり直し、グラスに手を伸ばそうとするヒキガエルに対し、慌ててトレーを持った青年が、彼女の手に届く位置にグラスを持っていった。


 もう一人は扇を拾い上げてマンドルマを扇ぎ始めている。なんともはや、おぞましい光景だ。あたしはその様子を、瓦礫の影からじっと見ていた。


「何ボーっとしてるんだいっ? 衛兵はいないのかい? さっさとその扉、直すんだよ!」


 声を荒げる蛙の元に、女兵士が走ってやってくるまで数十秒かかった。


 逃げるのは今。音を立てないように気を付けながら、そっと、あたしはその場を離れる。


 最後の最後、耳に届いたマンドルマの小さな呟きが、あたしの背中に雫を垂らした。


「ま、いいさ。どうせ逃げ込む先はわかってるんだ」





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