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2 節間ー2. シーラ・リュスタル=ミルレンディア.2







 ウェルはしばらく目を逸らそうと首に力を入れてたけど、あたしにそれを許す気がないって悟ったのか、数秒間目を瞑った後じっとあたしの顔を見詰め返してくれた。


「悪いけど、俺はお前に答えてるつもりなんだ。シーラのことは好きだ。でもそれは、恋愛対象としてじゃない。俺はお前を、恋人にはできない。けど、それでも俺はお前が大切だ。だから、俺にできることはしたいし、できないことは無理だって断るよ。

 最後まで対等の立場でいたいんだ。いつか別れるとき、二人とも笑っていられるように」

 まっすぐな目で、一度も瞬きしないで、ウェルはあたしにそう言った。瞬間、あたしは呼吸の仕方を忘れた。――『いつか別れるとき』。こんなに辛い言い方があるなんて、それをあたしは初めて知った。


 表情が崩れていくのがわかる。目頭が熱くなる。それでも、ウェルに近付けた顔を遠ざけることができなかった。遠ざけたが最後、今日のこの瞬間が、ウェルと別れるそのときになっちゃうと、そしてその瞬間が笑顔でなくなっちゃうと。直感で知れた。


「なぁ、シーラ。だから……」


「…………わかった。

 でもじゃあ、一つだけ。……一つだけ、お願いを聞いて」


 声が震える。自分でも絞り出した後から、びっくりしてしまった。


「今夜一晩だけ、あたしをあなたの恋人にして」


「――え」


「嘘でいい。ごっこでいいよ。今晩一晩だけ、ウェルを独り占めさせて」


 情けない。絶対に奪ってやるなんて豪語したのに。まだまだチャンスはいっぱいあったはずなのに。こんなところで手札を全部切って、負けて。その上文字通りの泣きの一回までねだってる。


 それでも、どんなに情けない姿を曝け出しても、あたしはウェルに近付きたかった。例え一センターンでも、一マイリスでも心の距離を埋めたかった。


 ウェルの答えは、冷たく、素早かった。


「それも無理だ。俺にはできないこと、の方だよ」


「何でよっ? 一晩抱いてくれるくらい、何でダメなのさっ!」


「だってそれをしたら、きっとあいつが悲しむ」


「言わなきゃいいでしょっ? わかりゃしないじゃない!」


「そういうことじゃないよ」ウェルは、そっと笑って。「そういうことじゃないんだ。あいつが悲しむ顔が、見たくないんじゃなくて、想像もしたくないんだ。もしここでお前のお願いを聞いちゃったら、俺は絶対あいつの泣き顔を想像しちゃう。だから、無理なんだよ」


 爽やかに笑う。


 誰かのことをこんなにも羨ましく思ったのは、これが初めてだった。ウェルにここまで言わせるなんて。顔も見たことのないその幼馴染のことを、あたしは、憎しみに置き換えても遜色ないくらいに強く、強く嫉妬した。


 らしくない、と思う。


 手に入るなら、らしさなんかいらない。奪えるなら、プライドなんか最後の一欠片までかなぐり捨てて、みっともなく駄々を捏ねてやれる。けど、そこまでしたってきっとこれは奪えない。到底手には入らない。だったら、あたしらしさをこんなとこで捨てるのは、きっと得策じゃない。


 ウェルの両肩を強く掴み、ぐっと喉に力を入れ。零れそうになる涙を堰き止めようと必死に瞼で抑え込んで、体を震わせた。


 そして。


「シーラ……――」


 ああもうっ!と、大きく息を吐いて、掴んでいた両手でウェルの肩を弾き飛ばして。背筋を大きく伸ばしてから、乱暴に机の上にあった酒瓶のうちの一本を手に掴み、口を付けて喉に流し込んだ。アルコールが強い。喉が焼けそうだ。


「お、……おい、シーラ……」


「ぷふあっ! あーっ、キツっ!」


 ようやく酒瓶を口から離し、口端から零れる液体を左手の甲で擦り上げる。


 それからその左手でもう一本、適当に果実酒の瓶を取り上げ、ぐっとウェルの眼前に突き出した。


「自棄酒だよっ! 付き合ってよね!」


「え、いや……」


「まさか、それすら無理なんて言わないでしょうねっ?」


 腰に両手を当て、もう一度ウェルに顔を近付けてじろりと睨む。自分で呷った酒瓶と、一度はウェルに向けた瓶。二本を握った両手を両の腰に当ててるもんだから、随分奇怪な姿勢になっちゃってる。


 いいさ。これがあたしらしさだ。


「いや、……俺でいいのか?」


「あんたしかいないんだから、しょうがないじゃない!」


 つんと横を向き、もう一度酒瓶をぐっとウェルの前に。


 しばらくきょとんとしていたウェルも、やがてにやりと笑って、それからあたしの手から瓶を受け取るやそれを机の上にドンと戻した。


 えっと驚くあたしに、隣にあった瓶を掴んで見せる。


「こんな甘ったるい酒じゃ酔えないよ。これっくらいは強くなきゃな」


 そう言って、あたしと同じようにラッパ飲みした。


「ふん、言ってくれるじゃん。初めて会った頃は酒の飲み方もろくに知らないガキだったくせに」


「ミルレンダインで毎日飲まされてりゃ鍛えられもするさ」


「いいわ。潰れるまで赦さないからね!」


「おう」


 そうして、どれくらい、無茶な飲み方をしただろう……。


 気が付くと部屋のベッドで二人、横になっていた。


 外は暗い。まだもうしばらく、夜でいてくれるみたいだ。


 上半身を起こすと、酷く頭が重かった。飲み過ぎたみたい、なんて表現で済むような飲み方じゃなかったしな。


 ウェルの寝顔を見詰める。油断しきったその顔に、あたしもふと気を緩ませてしまう。


 悔しいな。「先に潰れたら襲ってやろうと思ってたのに、もうどっちが先に潰れたのかわかりゃしない」。……って、言ってやりたかったのに。結局あたしの方が先に起きちゃって、あたしが起きた後までこいつはのうのうと寝てやがって。こんな穏やかな、かわいい顔であたしの横で寝こけてんだから。ホントに襲っちゃうぞ。


 静かな寝顔、その額にそっと口をつけ、それからゆっくりと顔を上げて、彼の体の上から下までを目でゆっくりと睨めた。


「……いいよ。いつか別れるときは、あたしも笑っててあげる。その代わり、その『いつか』は、夜が明けたらすぐ、にして。そんなずっと先の未来のことなんて、あたし約束できないから」


 ぼんやりと見つめていたウェルの寝顔が、いつかじわりと滲んできた。頬を走り落ちる雫がウェルの頬に落ちそうになり、あたしは慌てて、手の平の底でそれを拭った。





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