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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第三節 ケーパとしての初仕事
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2-3-1.「待ってくれ! 俺はそんなこと思ってない!」







 夢を見た。


 まだ、自分と少女が、幼かった頃の、故郷の。


 自分がいて、母がいて。幼馴染の少女と、彼女の父親がいて。


 家の前の、庭と呼んでよいのか見渡す限りの野っ原は、夏は緑萌え、秋は輝く赤金黄金に囲まれて冬は真白(ましろ)に覆われる。そんな、のどかな山奥の穏やかな草原で、自分と少女は毎日転がり回って遊んでいた。


「ねぇ」


 遊びと遊びの合間の瞬間、少女は自分に呼びかけた。


「どうした?」


「将来の夢、って、ある?」


 上目遣いに、遠慮がちに聞く少女に、自分はゆっくりと考えながら答えた。あまり考えたことがなかったのですぐには答えが出なかったし、なんで突然そんなことを聞くんだろう、という疑問もあった。


「そうだなぁ……。随分上達してきたと思うし、剣の腕で何かできたらいいな、とは思うよ」


「剣の腕で? ……例えばどんな仕事があるんだっけ?」


「うーん……」


 問われると、難しい。小さなこの町――、自分たちの住む家が属している、少し丘を下ったところにある平和な田舎町に、剣術が必要とされることは少ない。


「警察隊か、後は道場かなぁ。町の奥の方にある古くて大きい剣術道場。あそこで、剣を教えたりできたらいいかも」


「道場……。そんなのあったっけ?」


 少女にとっては意識の埒外だったようだ。あるよ、と言い張ってみたが、それ以上の主張に意味があるわけでもなし。むしろ、彼女にとってそれがあってもなくてもいい存在であるという事実が、その場所から、目指す価値を急速に奪っていった。


「じゃなきゃ、都に行って兵隊になるとか!」


 もっと大きなことを言わなければ。そんな気に急かされ、ぱっと思い付いたことを口に出してみた。考えなしに挙げたにしてはよい夢だと思ったのだが、少女は抱腹して返してきた。


「兵隊? それはおっきな夢だね!」


 きゃらきゃらと笑いながらそう言う彼女。どうやらバカにされているらしいと、腕組みをしてふんと鼻を鳴らした。


「そういうお前は、将来どうするんだよ」


「え、私? 私は――」


 指を顎に添え、空に目を向けながら。そしていつしか目を瞑りながら。自分と同じように、しばらく悩み込んだ末の彼女の答え。


「私は、本に関わる仕事がしたいな」


「本に?」


「うん」


 端的。彼女らしいとは思うけれど、輪郭がぼんやりしていて掴みどころも少ない答え。


「例えば、貸本屋さんとか?」


「うん、それでもいい。貸本屋さんでも、売本屋さんでも。あとは図書館っていうのも見てみたいな」


「図書館って、都にあるってやつ? っていうか見てみたいって」


「見たこともないから、どんなものかも知りたいんだけど。でもいろんな本をいっぱい並べて保管してある施設って聞いたから、どんな場所だとしても私絶対好きだと思うんだ!」


「ははぁ、まぁ、なるほどな」


 でも、図書館なんてこの町にはないのに。そういうと少女はにっこり笑う。


「都にはあるもの。将来都に行って、図書館に勤めながらお城の兵隊さんを見守るっていうのもいいかなぁって」


「な、なんだよそれ……」


 にまにまと微笑む少女。その皮肉に思わず顔を顰めてしまう自分。俺が兵隊になるのはそんなにおかしいかよ、と口を尖らせてみたけれど、もう彼女の興味はそこからは移っていたらしい。


「でも、……私、今が一番しあわせだとも思うんだ」


 夢を語り終えた後、夢見る瞳で少女は現実(いま)を見つめた。


「今?」


「うん。私がいて、ウェルがいて。お父さんと、ウェルのお母さんがいて。今この生活が、いつまでもずっと続けばいいのにって、そんな風に思う。将来都に行くのもいいけど、お父さんやおばさんと離れちゃうなら、ちょっと淋しいかな」


 確かに。頷く。


 父親のいない自分。母親を知らない少女。お互いの親は仲が良く、まるでこの四人で一つの家族のよう。


 将来の夢を描けば、大きく広がる不安と、鏤められた星々のように瞬く希望。掴んでみたいと手を伸ばす一方、今立っているこの足場に不満があるわけでもない。不満はないどころか、満ち足りていると心から思う。ここにずっと立っていたい。そう、感じる。


「……そうだな」


 呟くように、答えた。


 少女の父親、自分にとっての剣の師。彼の言葉が、胸中に響く。


 ――守りたいものがあるのなら、強くならないといけません――


 力がないと、今と同じこの場所に立ち続けていることはきっと難しい。強くならなければいけない。自分にとっての将来は、何をするかよりどう在るか。そちらの方が余程強くイメージできることに、気付いた。


「守るよ、絶対に。強くなって、俺がこの今を全部守る」


 少女への答えだったか、師への返答だったのか。


 夢と昔をひっくるめた今の自分が、強く静かに、口にした。


「……でも、ウェルは」


 ふと、顔を伏せ、少女が呟いた。


「ウェルは、私より、他の女性(ひと)が良かったんだね」


「……え?」


 唐突に投げかけられた暗い言葉に、顔を上げ、少女の横顔を見つめた。


「何言ってるんだ? 俺はお前のこと――」


「でも、ウェルは、私を置いて異国に行って、別の女性と暮らしてる……」


「は?」


「私は背も低いし、子供っぽいし、胸も小さいし。もっと大人の、スタイルのいい女性が、ウェルの好みだったんだね」


 立ち上がった少女の姿は、幼少のものではなくなっていた。香茶色の髪を長く背に伸ばした、記憶に新しい今の彼女のもの。そんなことない! と自分は彼女に叫ぶけれど、どうやら彼女には届いていない。


「うふふ、そういうもんだよ。どんな男だって、あなたみたいなちんちくりんより、揉んで気持ちいい爆乳とおっきなおしりが好きなものなんだから」


 気が付くと、自分の右腕に、紺色の髪の女性が全裸で抱き着いている。


 ふざけんな、誰がそんなこと! やはり自分の声は、少女にも女性にも届かない。


「今を守りたいなんて、嘘だったのね。さようなら。私もあなたのことは忘れるわ」


「ええ。彼のことはあたしに任せてね。あたしがウェルを幸せにするから、あなたは田舎の山奥でどうぞ一人で暮らしてて」


 少女は背を向け、小さくなっていく。


 女性は勝ち誇った笑みを浮かべ、甘えた顔で自分を見上げてくる。


 どれだけ足掻いても、抗っても、体が動かず、少女に手が届かない。


「待て! 待ってくれ! 俺はそんなこと思ってない! くそ、シーラっ、離せ、離せよっ! 待って、頼む話を――っ!」




 自分の声で目が覚めた。


 気付くと、夢の中と同じ格好で、シーラが自分の腕にしがみついて眠っていた。安らかな寝顔に、思わず殺意が沸く。必死に噛み殺し、せめてふんと腕を振り上げ彼女の腕を乱暴に解いた。


 ごろんと体の向きを変えたシーラ。たわわな胸が露になり、俺は慌てて目線を逸らすのだった。




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