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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
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2-17-8.「レマのナイフを、どうやって感じたんだ?」







「……ニコニコ女、試したのね?」深読みするのはミディア。


「ええ、その通りです。レマさんには私からご協力を願いました。彼女がもしハドラさんに害意を持っていたとしてもこれ見よがしにナイフなど抜かないことは、私が保証しますわ」


 あ。害意がないことは保証しないんだ。


「そんなことより、ゼノン、ウェルさん。今のハドラさんの動き、どう思われました?」


「どうって……」ゼノンが先に答える。「大袈裟な奴だなと思ったよ。レマの奴は十メトリ以上も離れてんだし、ナイフを手に持っただけでそこまで警戒することねーだろって」


「ウェルさんは?」


「俺は――」


 感じていた。ハドラの凄さを。今の一瞬のやり取りが、俺には信じられないことに思われていた。


「……ハドラ。今、レマがナイフを抜くの、どうやって感じたんだ?」


「え」


「お前のところから、レマの姿は見えてなかったよな?」


 聞く。ハドラはレマに背を向けていた。見えるわけがないのだ、レマがナイフを抜いたことなんて。


 ハドラは悩み込み、ゆっくり言葉を探す。探しながら、少しずつ喋る。


「そう、ですね……。どうやって、っていうか、自然に。はい、自然に感じ取れました。その……、セーラさんが大きく髪を撫でる動作自体が、えっと、珍しく、感じられました、し……。ひょっとしたら、それで何か他にも動くものがあるかもしれない、……って、そんな風に思ったら、その……」


「たったそれだけで、か?」


「あ、えっと、その……。……それだけ、かと聞かれると、それだけじゃないような……、いえでも他に何って言われると、何だかわからなくて、えっと、だから――……」


「ウェルさん」


 いつまで経ってもちゃんとした言葉を見付けきれない、そんな様子のハドラに代わって、セーラさんが口を開いた。俺の名を呼んでくれているけど、目線は俺とゼノン、二人を捉えている。


「ハドラさんにとっては恐らく、全てが感覚的なんです。

 目で見る情報だけでなく、耳で聞く音、肌で感じる風の動き、それに匂いや気配。様々な情報を瞬時に受け取った上に、昨日や今朝レマさんにお会いしたときに得た情報、例えばナイフを持っていることや、そのナイフを今日は鞄から出して手に握っていたことなど、あらゆる事前情報を整理しておく。その全てを、考えてしているわけではなく感覚的に行っているので、あの瞬間にあの素早さで反応することができるのだと思います」


 淡々と、語る。まるでセーラさん自身がハドラの評論家であるかのように。


 ハドラの顔を見る。うんうんと強く、何度も頷き続けている。正にその通りと、全身でセーラさんの話を肯定している。


 まさかそんなと、俺は息を飲んだ。


「なんでぇ。わかってみたら大した話じゃねーじゃねぇか」


 両手を頭の後ろで組み、地面にごろんと寝そべるゼノン。


 いやいやいや。ものすごく大した話だって、レマがナイフを抜く可能性も、ミディアが銃を抜く可能性も、瞬間に対応できるようあらゆる想定をして準備してるってことだろ? しかも頭じゃなく、感覚で。


「ゼノンは、習得に自信ありというところですね?」


 セーラさんが確認する。「当然だろ」軽い口調で答えた。


「ウェルさんは如何ですか? 黙ってしまわれましたが」


 話を振られても尚、俺はすぐに答えることができなかった。


 風が一陣吹き抜ける間、くらいの間を置いて、ようやく口から絞り出したのは、自分で考えてもなんとも情けない一言だった。


「……セーラさんは、本当に可能だと思ってるんですか そんな感覚を、これから短期間で俺たちが体得するってのは」


「思っておりますよ、もちろん。元より基礎のあるお二人だからこそ、ですけどね。人間観察と、得た情報を頭より先に体に伝えることを訓練すれば、お二人ならすぐにハドラさんにも勝つことができます」


 そうか……、半分独り言のように、小さく呟く。


 ホントに情けない。でも誰かに保証でもしてもらわないと、とてもじゃないけどそんなことできるようになれる自信がない。


「あ、あの……」


 戸惑う俺を見て何を思ったか。土の上に座る俺の頭上から、ハドラが声をかけてきた。


「え、えっと。……ウェルさん、多分、剣を振る力だけなら、僕よりもずっとお強いです。その、ゼノンさんも。

 だ、だから……。その、……コツさえつかめば、すぐに僕なんかより強くなっちゃいますよ」


 何の皮肉か、問い詰めそうになったけど、やめた。こいつにそんな他意なんてあるわけがない。苛立ちに任せて怒鳴り付けるなんて、八つ当たりもいいとこだ。


「ありがとな」


 代わりに、礼を一つ。何より恩も義理もない奴が、俺たちに自分の強さの秘訣を教えてくれるって言ってるんだ。感謝しなきゃ。


「さっさとぱっぱと体得しなさいね? あんたたちが弱いままだと、いつまで経っても私の鞄が取り戻せないんだから!」


 溜息交じり、ミディアが怒鳴る。一番何にもしてない奴がずいぶん横暴だな。一瞬イラつき、八つ当たりするならミディアに向けるべきじゃないか?なんて思ったりもしたけど、やっぱりやめておくことにする。ミディアに当たるのはゼノンの役だ。


「お前こそちゃんと仕事見付けてろよ? 俺らが必死こいて強くなってる間、だらだら遊んで過ごすつもりとか、赦さねーからな?」


「大丈夫ですよ。ミディアさんとレマさんにお願いすることも、ちゃあんと用意してありますから」


「げ。何よそれ。用意しなくていいわよそんなの」


 ミディアが、嫌いなおかずを前にしたときのような顔をして首を横に振った。


 ふ、と笑って、それから俺は空を見上げる。


 厚い雲の切れ目、今は太陽がしっかりと顔を出し、大地を眩く照らしていた。ここも砂漠の街のひとつだろうに、陽の光がずいぶん穏やかで過ごしやすい。


 しょうがない、やるか! 自分の心に気合を入れ、よっとひとつ勢いつけて、俺はまた、その場に立ち上がった。




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