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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
127/177

2-17-7.「ひょっとして、レマか?」







 ――ッィン。


 昼間の廃墟に打ち響く、一際軽い刃の音。


 何度目かの俺の踏み込みを、ハドラは涼しい顔でいなした。


「……ック」


 喉の入り口の辺り、鈍く空気を打ち鳴らす。


 不思議な感覚だった。どれだけ打ち込んでも、今まで対峙してきた強敵たちと違って、激しく刃を受け止められることがない。かといって弾かれている印象も少ない。ただほんの少しだけ向きを変えられ、ほんの少しだけ身を捩られて、結果俺の剣はハドラの体から遠いところに追いやられてしまう。


 ッィン。また、同じ音色を鳴らされる。


 そうして何度目かの打ち込みの果て、俺が一瞬体のバランスを崩した瞬間に、ハドラは短刀の切っ先を俺の顎の辺りにピタリと当ててよこした。


「勝負ありましたね」


 にこにこと、遠慮の欠片もない顔で勝敗を断じるセーラさん。


 昨夜の今朝、ともなると最早悔しさも感じない。相変わらず、勝負がついて短刀をしまうと途端におどおどと体を小さくするハドラにも、何故と思う疑念も薄くなっていた。


「ゼノンもわかったでしょう? 決して、油断で後れを取ったわけではない、そもそもの実力で負けたんだということを」


「何度も何度も繰り返すなよっ! ……わかってんだよ、ンなこと」


 地面の上に胡坐をかき、俺にもハドラにも背を向けて、ぶつぶつと文句を呟いてる。


 そう。どんなに相手のことをナメて見てたとしても、俺もゼノンも、昨夜の試合だけでハドラの実力は十分に肌で感じ取っていた。その正体は見えてなくとも、俺より格が上だってことはもう受け入れている。


 朝一番から俺たちのことを呼び出し、またそれぞれにハドラの実力を味わわせたセーラさんの真意。そんなことじゃないだろう。


「あれ、どうしたんでますか? もう終わりでます?」


 のんびりとした、それでいて随分棘のある声が聞こえた。


 レマとミディアが並んで歩いてくる。うっせーな、休んでんだよ。答えるゼノンの声の音も刺々しい。


「さっき別れてからまだ一時間も経ってないわよ? 二人がかりの癖に、もうへろへろ疲れちゃったわけ?」


 ミディアの嫌味も調子がよさそうだ。


 確かに、太陽を見上げるとまだあまり動いていない。けど正直、体感的にはもう夕方でもおかしくない疲れ具合だ。そう、疲れ。それも体力的ではない、どちらかと言えば精神的な疲れだ。


 ハドラと剣を合わせると、何だかやたらと疲れる。睨み合い、伺い合う時間が長く、読めない表情に少しずつ胸のところを押さえつけられていく感覚がする。あるいはそれが、彼の強さの要因に関わってくる部分なのかもしれない。


「一時間弱でも、密度の濃い時間を過ごせていますよ」セーラさんが言う。ホントかよ?「ゼノンもウェルさんも、ハドラさんの強さの秘密に、そろそろ迫ろうとなさっていますから」


 いよいよ、ホントかよ?の疑念が膨れた。今のとこ、感じる違和感を片っ端から数え上げてるだけなんだけど。核心に迫ってる感覚なんて欠片もないんだけど。


 そっと、ゼノンの顔を見た。セーラさんにもハドラにも背を向けて座り込んだゼノンが、ちらりこちらに目を向けていた。「わかったか?」「全然」「だよな」目で会話する。


「秘密がわかれば後はカンタンです。ものの数日で、その秘訣を体得することができるでしょう。お二人とも素地は相当なものですからね」


「そんなうまい話があるワケ? なんかよくあるペラペラ詐欺の売り文句みたいだけど」


 腰に手を当てミディアが溜息を吐いた。ペラペラ詐欺ってなんだろう。


「なら、試してみましょうか」


 セーラさんが、その長い髪を右手で小さく掻き上げながら、にっこり微笑んだ。


 瞬間、ハドラが構えた。腰に吊るした短刀の柄に手を添え、腰を落として臨戦態勢を取る。


「お、おい待てよ! 今はまだ休憩だろ!」


 ゼノンが慌てて両手を振ったけど、ハドラの警戒は解かれない。


 違う。ゼノンや俺への警戒じゃない。明らかに今、一瞬でハドラの水の流れが切り替わった。ゆっくりと気を緩める流れから、いつでも剣を抜いて戦える流れへ。そして俺たちは、そんな大きな変化を呼ぶような何かをしていない。


 セーラさんか?とも考えた。髪を掻き上げる動作に何かを感じたのか。けどそれも奇妙だ。依然としてセーラさんはほんわかと微笑んでいるし、殺気らしきものも発しているようには見えない。

 あちこち目を向け、異変を探して、ようやく気付いた。


「……ひょっとして、レマ、か?」


 ほとんど音に出さずに、唇だけで呟いた。


 構えを解かないハドラの向こう、ミディアの隣にいたレマが、いつの間にか護身用のナイフを鞘から抜いていた。ハドラの剣呑な様子にようやく気付いたか、あたふたと慌て、急いでナイフを鞘にしまう。何を言うでもなく、ハドラがそっと、肩から力を抜いた。


「ウェルさんが訊ねていらっしゃいますよ? ハドラさん、いかがですか?」


「え……、…………えっ?」


 セーラさんがハドラに促してくれた。


 けどその振り方は乱暴だろう。俺の疑問は、質問じゃなくて独り言。声にも出していない呟きが、ハドラに聞こえているはずが――。


「えっと、そ、そうです……。レマさん?が、えっと……、武器を取られたので、それで、僕……」


 と思ったけど、聞こえていたらしい。首を縮め、肩を震わせ、びくびくと。ハドラはいつもよりさらに声を潜めて、俺に、ゼノンに、そしてセーラさんに答えてくれた。


 潜められた声だったけど、ところでレマもそこそこ耳がいい。


「ちっ、違うでます! あちしはそんな、何かしようなんて気持ちは全く全然ひとっ欠片もないんでますっ! 今のはただ、セーラさんにやれって言われたからやっただけでます!」


 敵意が自分に向けられていると勘付いたレマが、鞘に収めたナイフをさらに腰に付けた鞄の中にしまい込み、あたふたと慌てながら必死に弁明した。


「セーラさんに?」鸚鵡返しは俺。




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