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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
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2-17-6.「感情が、悔しさにまで届いてない」







「はぁ、はぁ、ち、畜生。馬鹿にしやがって。……テメェからも打ち込んでこいや、ぅらぁ」


「あ、え、……で、でも……」


 ゼノンが息を上げるなんて、本当に珍しい。しかもハドラはまだまだ涼しい顔。いや涼しくはないけど、怯え顔にしても最初と同じで、疲れた様子は全く見せてない。


「ふふ、苦戦しているようですねゼノン。どうですか? ウェルさんも加勢してみては」


「えっ?」


 二人、いや三人の驚きの声が重なった。ゼノンと俺、そして小さく、ハドラも。


 相当な腕前だって言うのはわかったけど、それにしたってナメてかかったゼノンが油断した部分もあるんだろう。今俺はその実力を垣間見てかなり警戒してるし、ましてゼノンと二人がかりなんて、こんな条件じゃさすがに勝負にはならないと思うけど。


「どうです、ウェルさん。ぜひ試してみて頂きたいのですが」


「えぇ? でも……」


 躊躇していた俺だったけど、結局最後はセーラさんに押し切られ、ちょっとだけならと歩を進める。諸刃の剣が剥き出しにならないよう、鞘を鍔に強く結びつける。


 おどおどと怯えるハドラの前に立ち、大きな舌打ちを二度三度繰り返すゼノンに溜息で答える。なるべく、弱い者いじめにならないよう気を配って立ち回ろう。


 ……そんな自分の気遣いが、とんでもない思い上がりだったと、気付いたときには俺の尻は地面に付けられていた。


「勝負ありですね」


「すごいわね、あの子……」


 ゼノンが柳葉刀を弾き飛ばされて手の甲を押さえ。俺は鞘のままの剣を右足で押さえられ短刀の切っ先を鼻の先に向けられて。情けないことに、二人がかりで完全に惨敗だった。


 セーラさんがにやりと黒く笑い、ミディアが腹の底から感嘆した息を吐いた。


「あ、あの、……僕、その。……すみませんでした」


 もう終わったと受け取ったらしいハドラは、慌てて俺の剣から足をどけ、自分の短刀を鞘に収めて、さっきまでのようにまた背中を小さく丸めて恐縮している。


 謝られたことに苛立ったゼノンは、わざとらしくシカトしている。


 本来なら諫めるべき。けど、俺もまたショックが大きくて、ゼノンの態度にはおろか、自分自身がハドラに答えるなんていう当たり前のことすらできなくなっていた。


 まだ感情が、悔しさにまで届いてない。何かの間違いだったんじゃないかって、現実を直視できてない。だって俺、この砂漠に来て、ここまで完膚なく負けたのってマウファドくらいじゃないか。ボズロを相手にした時も、ミラースさんも、手加減されてたとはいえそれなりに渡り合うことはできてたと思うんだ。


 よもやこんな子供に、ゼノンと二人がかりで完敗するなんて。


「私が、この街に来てハドラさんと出会えたことが収穫でしたと申した意味、ご理解いただけましたか?」


 俺たちのすぐ近くまで歩み寄ってきたセーラさんが、説明なんてもういらないでしょう、と言わん様子で徐に口を開いた。


「……収穫?」


 ぼんやりと、鸚鵡返しにする。


 今の俺じゃ役に立たないと思ったか、ミディアが口を挟んでくれた。


「これだけ強い奴が、一緒に戦ってくれるってワケ。それが収穫だって言いたいのかしら」


「それもあります。彼もご自身の管理地を奪われた、ヴォルハッドと戦う理由を持った方ですからね。ですがそれよりも」


 ふふ、と一つ笑みを挟んで。


「彼の戦い方には、ゼノンとウェルさんにとって参考にできることがたくさんある。それを吸収すれば、二人もまたハドラさんに並ぶほどの実力者になれるでしょう」


「……まさか、そんな簡単に」


「気付きませんでしたか? ハドラさんの戦い方の癖」


 聞かれて、ようやく俺はぼんやりと顔を上げた。


 セーラさんの顔を見て、それからハドラに目を向けて。さっきの戦いを思い返してみた。正直相対するのに必死で、奴の剣筋の癖なんてまるで見極められなかったけど……。


 実際繰り出そうとした攻撃は、全て先読みされたように防がれ、ではと防ぐ間を与えないようにゼノンと連携すれば、距離を取られて警戒された。詰めるときにも俺とゼノンが目で計る互いの呼吸を、ハドラは目を見ないでも全部わかってしまっていたようだった。こいつは俺やゼノンの考えを全て読んでいた――? いや、そんなバカな話があるか。そんなもの癖なんて言わない。よしんばハドラにはそれができるとして、一朝一夕で俺たちに真似できるわけがない。


「気付かなかったのならこれからハドラさんにゆっくりと教えて頂きましょう。大丈夫、ゼノンもウェルさんも勘は鋭くていらっしゃる。数か月で飛躍的に力を付けることができるでしょう」


 ホントかよ。ゼノンが投げ槍に言い捨てる。


 俺の中にも、似たような捨て鉢さがある。その源は、今の敗戦が素直に受け入れられない、という不条理な感情だ。


 心の中を見透かしたように――、事実見透かされていたんだろう。俺の中の子供っぽさをあやすように、セーラさんは黙って腰のナイフを一本取り出した。柄にも鞘にも、煌びやかな宝石がいくつも鏤められている。実用品じゃなさそうだ。


「前と同様、仕事の形にしましょう。成功報酬はこのナイフを一つでいかがですか。仕事の内容は、ゼノンとウェルさん、それぞれがそれぞれ、ハドラさんよりも強くなること」


 絶句した。


 まさか自分の修行の成果に、報酬を付けられるなんて思っていなかった。かなりナメられた話だ。強くなるなんて、本当なら独力で果たすべき目標だ。


「……あんたってホント、金銭感覚トチ狂ってるわよね」


 ミディアが腕を組み、露骨に溜息を吐く。隣ではレマが、どうやら一瞥でナイフの価値を見抜いたらしく、目を真ん丸にして絶句している。


 俺も小さく溜息を一つ。これについては、含みはセーラさんに対してじゃなく、自分に向けて。そもそも『短期間で飛躍的に強くなれる』なんて、俺にとっちゃむしろ金を払ってでも飛びつくべき条件。その上でそれを依頼の形にしてくれたのは、破格の条件を棒に振ろうという俺のつまらない意地さえ、尊重してくれているから


 これ以上意地を張り通すなんて、誰よりもまず俺自身が、俺のことを許せなくなる。


「…………その、お願い、します」


 ハドラとセーラさんに頭を下げる。ゼノンが「この裏切り者っ」と騒ぎ立ててきた。


 当のハドラはいやいやいやっと両手をぶんぶん振って、半歩身を下げた。けど、そんな彼の恐縮なんかは、セーラさんに一瞬で握り潰されてしまう。


「しばらくは私もこの街に逗留いたします。どうぞ皆様、よろしくお願いしますね」


 最後の一言は、俺とゼノンに対してだけじゃない、ハドラにも、そしてミディアとレマにも向けられた挨拶だった。




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