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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
125/177

2-17-5.「ひょっとしなくても相当な腕前だな」







「えっと、こっちの方角……、です…………」


 街外れ。ハドラが怖ず怖ずと、左手の指を街の外に伸ばした。


 方角で言えば南西の方。ちょうど俺でも知ってる大翼竜座の牙の星の方向を、ぴたりと指していた。どの星よりも一際大きく、一際赤い。


「こっちの方角に……、えっと、ヴォルハッド団の、人たちが……、います」


「なんでコイツはそんなこと知ってんだよ」


 間髪入れずにゼノンが聞いた。どうにもゼノンは、ハドラのことが気に食わないらしい。食事が終わって店を出て、尚一緒についてくる、立ち上がってみると俺の肩までしか背がない、更に姿勢も猫背な少年に、舌打ちをしたり睨み付けたりわかりやすく苛立ちを示していた。


 けど、気に食おうとも同じ疑念は抱く。いまだグァルダードでも掴めていない敵の拠点を、なぜ彼は知っているのか。


「彼らが拠点と定めた場所が、元々ハドラさんの管理する場所だったから、だそうです」


 答えはセーラさんから告げられた。


 皆の視線が、言葉を追うようにセーラさんに向く。


「彼が、管理する場所?」


 問い返すのは俺。単純に土地を奪われたって話にしては、不思議な表現だと思えた。


「確か、こっちの方角には、おっきな倉庫の跡があるって聞いたでますけど……」


「さすがサバータさん。来たことのない街の地理もしっかりと覚えていらっしゃるんですね。そうです、この先には、巨大な倉庫の跡があります。今から二百年以上昔、このハーンの街に商人街を建てたグランディア王国が、それに合わせて建設した施設です」


 グランディアの?と、ここでミディアが反応した。


「こんなところに国立の施設があったなんて、全然知らなかったわね」


「古い話ですから。閉鎖されてからも久しいですし、建物は壊された上に風化してしまっていて、もう風や日差しをしのぐことさえ難しい状態だったと」


「その倉庫の遺跡みたいな場所を、ハドラが管理していた?」


 俺が聞くと、セーラさんは問題に正解した子供を見る教師のような優しい微笑みで、一つ大きく頷いた。


「じゃあ、あんたはグランディア人なの?」


 ミディアがハドラを指差し、聞いた。


 ハドラは両手の平をミディアに向けて広げ、ぶるんぶるんと大きく横に首を振る。


「ち、……違います。ぼ、僕は、その、このハーンの街の街外れの生まれで……」


「だったら、何で元々グランディアの施設だった場所を管理なんて――」


「その倉庫の運営のために、ある盗賊団が関連していたんです。その盗賊団も勿論、今は無くなってしまっていますが、ハドラさんは当時その盗賊団の責任者だった方の、ご子孫なのだそうです」


 セーラさんの説明に、俺は眉を顰めてハドラを見た。何だかさっきから一向に、腑に落ちる話が聞けない。


「で? その潰れた倉庫の管理人が、ヴォルハッドとどういう関係があるってんだよ、姉貴」


「その倉庫跡を、今はヴォルハッド団の方々が根城として使っているのです」


 事も無げに、セーラさんは涼しい声で話の核心を顕わにした。流れからしてそういうことなんだろう、と予想は立っていたものの、実際耳にすると拍子抜けもしてしまう。俺達がさんざっぱら情報を掻き集めてようやく「西の方」とだけ拾うことができた連中の拠点の情報を、ここに来た途端こんなにあっさり教えてもらえてしまうなんて。


「ははぁ、つまりこういうことか。姉ちゃんはそのガキに、アジトの場所を教えるから奴らからその場所を取り返してくれって泣き付かれた。それで、俺等にもこの話を聞かせて手伝わせようって腹なんだな」


 にんまりと笑うゼノン。


 対し、セーラさんは微笑みをぴくりとも動かさず。


「いいえ、違います」あっさり断じた。「ハドラさんから依頼を受けたわけではありません。むしろ私の方からお話を持ち掛けたのです。彼らを倒すために手を貸してほしい、と」


「はぁ? なんでだよ。こんなチビガキに何ができるってんだよ」


 ゼノン。鋭く呼んで窘める。いくらなんでも、本人を前に口が悪過ぎる。


「何ができるかは、あなたの剣で聞いてみたらどうかしら」


 だって言うのに、セーラさんが返すのは軽い挑発。なんというゼノンの安さか、その一言でもうその目は殺気に満ち満ちて、柳葉刀の柄を握る拳に血管を浮き立たせている。


「面白れぇじゃねーか。このガキが、俺に喧嘩売るたぁ上等だ!」


「ぼ……っ、僕は喧嘩売ってなんて――」


「うるせぇっ! さっさと抜けよっ。切り刻んでやるっ!」


 叫んだと思うや、しかしゼノンはハドラが腰の剣を抜くのを待ちもせず、その懐目掛け走り出してしまった。あぁ、大人げないなぁ。一応は手加減するつもりみたいだけど、ゼノンの思う「一応の手加減」がちゃんと年下の子供に怪我をさせない程度のものかは、どうにも保証が。


「うわぁっ」


 いよいよゼノンの剣がハドラに迫り、その横腹に峰を向けながら一文字に薙ぎ払われようとした瞬間――。


 ハドラが素早く、地面スレスレにまで体を屈めてしゃがみ込み、そのひと薙ぎをうまく躱して見せた。


「おっ」


 横っ腹に一撃入れて蹲らせるつもりだったんだろう。躱されたゼノンはさらに熱が高まり、続く一撃、今度は上段から真下に振り翳す。峰を向けた柳葉刀は、まるで蟷螂の鎌のように攻撃的。


 けど、ハドラはこれも、振り下ろされる一瞬前を見事に見極め、横に飛び跳ねて避けている。さくりと、刀の切っ先が土に刺さった。


「なろっ、ナメやがって!」


 最初はちょっといじめてやろう、ぐらいのつもりだったはずが、いつしか本気で奥歯を食いしばり始めるゼノン。辛うじて刀だけは峰を向け続けているけど、翳す殺気はどんどん本物に近付いている。いつ少年に刃を向けるんじゃないかと、見てるこっちは冷や冷やものだ。


 けど、ハドラは泣きそうな声を上げながらも、全てを軽々、ひょいひょいと避けて回っている。けしかけたセーラさんも心配の欠片もしていない柔らかい表情で二人を見守っている。


 これはひょっとすると、……ひょっとしなくても彼は相当な腕前ってことだな。




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