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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
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2-17-4.「どうやらハドラの話は貴重な情報らしい」







「さて、ではまずは改めましての自己紹介から始めましょうか」


 セーラさんが立ち上がり、レマに向かって頭を下げる。答えてレマが挨拶をすると、不思議な話し方をなさるんですねと山に転がる秋の虫のような声でころころと笑った。


 次いで俺が名乗り、それからゼノンとミディアが端的に名前だけを口にする。もう少し何やら、趣味なり特技なり付け足すべきかとも思ったけど、どの道少年は何にも聞いていない様子で、既に食事を平らげ空っぽになった皿を見つめながら、静かに俯いていた。


「おい」


 ゼノンが呼ぶ。答えはない。


「……おいっ、聞こえねーのかっ?」


「は、はひ……っ?」


 どんと強く机を叩くゼノン。その音でようやく顔を上げた少年は、明らかに。


「ご、……ごめんなさいごめんなさいっ! 謝りますからどうか、どうか怒らないで……」


 明らかに。怯えていた。


「なんだコイツ。姉ちゃん、何なんだよ」


「ふふ、彼はハドラさんです。ハドラ・ルリア=ハルダードさん」


「名前を聞いてんじゃねーんだよ。何でこんなびくびくした奴と飯食ってんだって――」


「そのお話の前に」


 こほんと咳払い一つ。怯えた少年――ハドラに対しても、目配せ一つ「大丈夫ですよ」と安心させることを忘れず。


「まずは、お互いの状況を共有しておきませんか。私も、皆様がこの街にいらっしゃるだろうことは想定しておりましたが、シーラさんがいらっしゃらないのは想定外でしたし」


 そう言って、それから店員を呼び、自分と少年の前にも果実水をそれぞれ運んでくれるよう頼んだ。


 飲み物が揃ったところでまずはセーラさんが話を始める。


「ベイクードで皆様と別れた後、私も私なりに情報を集めておりました。なかなか有用な情報は得られず、調査は遅々としておりました。ですが先日昔の仲間に会い、彼らの拠点が西の地にあるという話をようやく聞き知ることができたのです」


 昔の仲間? ゼノンが首を傾げた。


 セーラさんはにこりと笑って。


「ミラースさんです。皆様も会われたのでしょう?」


 おお、とゼノンと俺が声を揃えた。


「会った会った! なんだ、姉貴もミラースに会ったのか!」


「ええ。お元気そうで何よりでした。あなた方にも情報を渡したと伺ったもので、会いたければセラムよりハーンに向かう方が確実だろうと判断したのですが……、意外にお時間がかかりましたね」


 うぐ、とゼノンが言葉を飲んだ。にこにこと、セーラさんは浮かべた笑みを一瞬も崩さない。多分、セーラさんに他意はないんだけど、それでも彼女がこの表情、この口調でこんな話をすると、強烈な皮肉に感じられてしまうのでちょっと怖い。


「いやあの……、遊んでたわけじゃなくて、他にももっといい情報が得られないか探してたって言うか……、ミラースのあの話だけじゃ今も連中がここにいるのかわからなかったって言うか……」 


「情報収集のために娼館に潜り込んだりで忙しかったのよね」


「バカ! 黙れ!」


 焦りながら言い訳を探していたゼノン。ミディアに飛んだ茶々を入れられ、顔を真っ赤にして怒鳴り付けた。


 幸いミディアの言葉は聞こえなかったか。いつもの微笑みを少し薄味にしたような表情を保ちつつ、セーラさんは次の一言を準備して待っている様子だった。


「よろしいですか?」


「あ! うん、はい、どうぞ! 姉ちゃんどうぞ!」


「まぁ、ゼノンが何を怯えているのかよくわかりませんが」嘘だ、絶対わかってるだろ。「私としても、この街で過ごした数週間は得るものがありました。一番の収穫はそう、このハドラさんにお会いできたことです」


 突然話の矛を向けられ、ハドラ少年はびくりと肩を震わせた。


 またしても一同の注目を集め、言葉もなくただ怯えた声を口の隙間から漏らすしかできない。


「なぁ、姉貴。コイツが一体何だって言うんだよ」


 肩を竦めながら、ゼノンがハドラから視線を外した。


 何やら重要な情報を持っていたのか。けど、その程度の相手なら、俺たちに紹介したいなんて思うだろうか。会えたことが収穫だった、なんて言い方をするだろうか。


「彼のことは、また場所を移してお話ししましょう。私の近況は以上です。今度は皆様のことを教えて頂けませんか? シーラさんはどうして別行動をなさっているのか、など」


 言われ、俺は今更に周囲の様子に目を向けた。店の端の席に陣取った俺達だけど、食事時の大衆食堂はそこそこに賑わっている。話なんて筒抜けだと思った方がいい。どうやらハドラ少年の話はなかなか貴重な情報らしい。横でチッと大きく舌打ちするゼノンを無視し、わかったと小さく頷いて答えた。


「シーラが別行動なのは、仲間の情報が入ったからだ」


 このことは、俺が代表して話をした。別行動を決めたシーラに対して俺なりに抱いている思いがあるのは事実だったから。けどまぁ、それがなかったとして、他の誰かが積極的に事情を説明したとも思えなかったけど。


 セーラさんが特に反応したのは、シーラの行き先のことだった。


「そうですか。……アリオーネ団の拠点に。……それは、……まぁ…………」


「どうかしたのかよ、姉ちゃん」


「いえ。大した話ではありません」言って、それからそっと右手のひらを口許に添え。「なかなかに大変なお相手だろうにと、少し心配に思ってしまっただけです」


 くすっと鼻の先辺りに笑いを浮かべながら、セーラさんが皮肉めいたことを言う。


 知ってるのか?と聞いてみると、直接話したことはありませんが、と落ち着いた様子で答えてくれた。


「かつてラナマーヴェ団が最盛を誇っていた折、当時あった他の盗賊団のほとんどと手合わせを致しました。マンドルマ・アリオーネ様ともそのときに。当時は副頭領でいらっしゃいましたが、何と言いますか、放埓で豪放なものの仰りようが印象深かったですね」


 ゼノンも知っているはずですが、と後置された言葉が、みんなの視線をゼノンに集めさせる。ゼノンの言い分「いろんな奴と戦ったからな。細けぇ顔や名前なんて、いちいち覚えてねーよ」だそうだ。


 どちらにせよ、男連中を囲っているというセグレスからの話も含めて、ろくな女じゃなさそうなことは想像できた。シーラはうまくやれているだろうか。


 ぼんやり考え事をしていると、店員が料理を運んできてくれた。店内はそこまで混雑しているように見えなかったけど、四人分となるとそこそこ時間がかかるのか。話に夢中になっていたので気にはならなかったけど、いざ料理を前にすると自分の空腹が激しかったことが感じられた。


「ここのお料理は悪くないですが、冷めてしまうとあまり褒められません。お話はこの辺りで切り上げましょう。とりあえずはどうぞお食事をなさってください」


 セーラさんに言われ、俺たち四人は出された食事に手を伸ばすことにした。安い肉を焼いてソースをかけただけの料理は、確かに見た目の割には食べられたけど、ライトラールの食事と比べると美味しいと褒められるほどではなかった。


 恐らくセーラさんにしてみても、ここから先の話題は、こんな開けた場所で話す内容じゃないんだろう。俺達からしてもそれはそう。この後どこで情報共有の続きをするか。手と口を動かしながら、考える内容はそんなことだった。




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