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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十七節 ハーンの街の少年剣士
122/177

2-17-2.「その表現はしっくりくるな」







 ハーンの街に着く頃には、陽は、西の水平に沈んでいくところだった。


 水平線と言っても、ここはエネア大陸の半島と半島に囲まれた内海。夕日が沈むところには、微かに対岸の形が見えている。


 ベイクードも、ライトラールも。新天地ではどうも夕日ばかり見ているなと、そんなどうでもいいことが、少し可笑しく感じられた。


「ダザルトの首都だっていうから、ベイクードをさらにぐぐんと大きくしたような街かと思ってたんだけど……」


 船を降りて、港の建物を出て、そこからの風景を眺めながら、ミディアが嘆息した。


 まずは港だ。帆船や蒸気船、様々な形と大きさの船が、出ていったと思ったらまた入ってくるベイクードの大港湾に比べ、ここには今俺たちが乗ってきた帆船のほか、もう一隻の一本マストの船しかいない。桟橋も二つしかなく、既にこの港の停泊限界に近いことが素人目にもわかる。


 慣れた様子で船から荷を下ろした同乗者たちは、さっさと街へ向かって行ってしまった。荷を運ぶロバの数は多かったけど、人の影は俺らの他には三人だけだったらしい。


 管理するのは丸太を組み合わせて作られた、俺の実家よりも小さな小屋。乗降客の切符を管理する程度の役割しか持っていないのだろう。貨物や貯蓄燃料を扱うような能力は、一見してなさそうだ。


 一番意外だったのは、港が街の中にないことだ。管理小屋を出て一瞥。ハーンの街はすぐ目の前、一番手前の建物がほんの目と鼻の先にあるとはいえ、それでも五百メトリ程の距離は開いている。


 遠目に見える街並みも、遠目に見るだけでも、随分と素朴で奇っ怪だ。少なくとも手前側に見える建物は全て木造の簡素な造り。高さはせいぜい二階建てで、平屋の数も少なくない。近付いて、見てみる。古めかしい中でも手入れはしっかりとされていて、ライトラールのような貧相な雰囲気じゃないんだけど、これが都かと目を擦ってしまう、そんな違和感はとても大きい。


「確かに、変な街でますね」


 レマが、ミディアの感想に、ずいぶん時間を置いてから同意した。


 レマもこの街は初めてなのか、と溜息と一緒に聞いた。レマもゼノンも、つまりはこの場のだれ一人、この街について知る者はいないということ。


「七百年前、ウェンデから追い出された流刑民たちが、この砂漠に最初に建てた集落でますからね。歴史くらいは知ってるでますけど……」


 そんなのただの一般常識でしょう! ミディアが口調を強くし、レマが「でますよねー」と苦笑する。そんな一般常識も俺は知らなかった。恥じ入るべきなんだろーか。


「んなこたどうでもいいんだよ。さっさと行こうぜ。どうせお前ら、またこんなボロい宿じゃ寝られませ~ん、って散々文句付けるんだろ」


「あっ、そうよそうだわよ! ちゃんとした宿見付けなきゃ! 私もさすがに、雨季の砂漠で野宿はぷいぷい御免被りたいわ」


 よくわからない擬態語も随分好調に、拳を振り上げ真っ先に街の中心部へと小走りになるミディア。その様子に呆れ半分、陽が沈み切る前に宿を見付けておきたいのは確かなので、俺もすぐさまその後を追った。


 雨季だからなのか元々か、歩く地面には硬さがあり、ざくと音を立てる湿り気がある。僅かばかりだけど雑草も生えていて、ほんの少しだけ安心感があった、慣れたつもりだったけど、やっぱり心のどこかでは、砂の地面には頼り無さを感じていたらしい。


 一番近い木造小屋の脇をすり抜け、少しずつ街の中心へ足を踏み入れている感覚が生まれる。


 街の様子は、間近で見てもやはり頓狂だ。


 港から近い側は、見えていた通り木の小屋がたくさん立ち並んでいる。道が整備されているわけでもなく、時折くねくねと曲がらないと中心部に向かえない。歩いている感覚、首都どころか小さな村の中のようだった。


 ただ、目の先に見える風景は大きい。少し行くと、今度は石造りの頑丈そうな家がまとまっているエリアに着く。東の方には五階建ての大きな建物があった。中心部は石が積み上げられている塔の形。その一階部分はぐるりと取り囲むように、二階から五階部分には装飾でもつけているようにぽつりぽつりと、木の小屋が取り付けられている。


 ここが、商人グァルドの本部、ラシュードなる建物だと、レマが教えてくれた。


「そのはずでます。あちしも、実際に見るのは初めてでますが」


 やや頼りなさも感じられる案内人だった。


 更に外れると、今度は廃墟があった。やっぱり、ライトラールの貧民街とは違う。そこは単純に、何者かの襲撃に遭って破壊されたものが、何年もほったらかしになっているみたいで、人の気配はまるでなかった。ただ、その廃墟の奥に、大人の背丈よりも高くて幅も広い木の板がいくつも立てて並べてあって、そこには何らかの意思のようなものは感じられた。


「西国ウェンデとの戦争の傷跡でます」


 レマが、自身かなりぼんやりとしながら説明してくれた。その横顔から、もの悲しくも安堵も混じった、複雑な感情が読み取れた。


「なんていうか……」ミディアが、明らかに呆れながら口を開いた。「子供部屋みたいな街ね。あっちもこっちも散らかすだけ散らかして、まるで片付けようと思ってないみたい」


「ああ、その表現は」


 しっくりくるな、と思った。必要になったら必要になっただけ、場所を考えず無造作に増やす。不要になったものは潰したりはせず、潰れたものも放り出したまま、ただ時が流れるに任せるだけ。これが商人たちの性質だと言われると、不思議な感覚もあるけど。


「商人たちは、あちしたち盗賊同業者に比べてもさらに移動が激しいでますからね。ここはあくまで商人グァルド本部のお膝元で、西国ウェンデとの玄関口で、そして砂漠の始まりの街でます」


「ウェンデとの玄関口で、砂漠の始まりの街? それってなんか関係あんのかよ」


 首を傾げるゼノンに、レマは説明を続ける。


「つまりは人が集まる状況が、頻発する場所ってことでます。長い歴史を振り返れば、ウェンデとの戦争も、友好的な催しも、目の前で起こるでます。古い時代の遺産なんかが突然地面の下から発見されることもあるでます。とにかく、普段は商売に向かない街でも、一時的に人が集まってお金になる状況が生じる率が高いんでます。

 必然、商人たちは一時的にこの街に集まってきて、すぐに使える仮宿を用意するでます。でますが、その状況が落ち着いてお金にならなくなれば、商人たちもさっといなくなるでます。片付けるなんて金と手間のかかることはしないでます」


「はあ~ぁ、なるほどなぁ」


 レマはゼノンに向けて話をしていたみたいだったけど、横で聞いてた俺の方がずっと納得してしまった。不思議な姿をした街にも、不思議ではない当然の理由がどこかにはあるわけだ。


「なんでぇ、人が集まりゃ金が集まるって思ってるバカが多いって話か」


「何でバカなんだ? わかりやすい話じゃないか」


「人が少なくたって、上手いこと強奪すりゃ稼ぎは上げられんだ。んな祭りに乗じてわざわざ拠点変えるだなんて、頭の足りねぇバカがすることだろ」


 ゼノンはとても分かりやすく、商人の街を前にして盗賊の理論を広げてくれた。皆一斉に溜息を吐いて、それでこの話は終わりになった。



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