2-17-1.「シーラが決めたことだ」
「よかったの?」
駱駝を横に並べるミディアの問いに、俺は強く肯いた、
「ま、俺はどっちでもいいけどよ」
興味薄そうな言葉を発するゼノンは、その実口許の笑みを隠しきれていない。そうまで歓迎してもらえると、こっちも悪い気はしない。
「シーラが決めたことだ。俺にはもう、口も手も出せない」
答える。極力淡々と。胸の中に微かにあるしっくりと来ない欠落感は、巧く隠し果せたつもりだった。結局二人とも、昨夜何かがあったことは知っているはずだし、そんな空っぽな感情だけを今さら隠したところで意味はないんだけれども。
さあ、俺は俺の成すべきことを成す。
俺たちがセラムを離れたのは、シーラたちから遅れること一日。レマがハルトスに押し付けられた情報収集を終えるまで待つ予定だったんだけど、ハーンまでのルートを確認したところで、その必要がなくなった。
「ハーンに行くなら、ベイクードから船に乗るルートが早いのか」
途中ベイクードに立ち寄るなら、向こうのグァルダード受付には直接話を聞いた方が早い。そんなわけで、俺たちもセラムに待機する必要がなくなってしまったんだ。
「……はぁ。まさかあちしまでセラムを離れることになるとは思ってなかったでます……」
俺とミディアの後ろを行くレマが、ぷつぷつと口から小さな空気を拭き出しつつ元気なく呟いた。嫌がっているというよりは、不安が強い様子だ。
「私もよ。別にセラムを離れるのはいいんだけど、こんなに砂漠中をぐるぐる、右往左往するなんて思ってもみなかったわ」
ミディアも溜息を吐く。一昨日の話し合いでも零していたように、ミディアは決して安全なんかじゃないこの旅程に、随分不満を抱いてるらしい。
「うっせーな。グダグダ言ったってしょうがねーだろ。ここで野垂れ死にてーってんなら、遠慮なく捨ててくけどな」
「いちいちツンケン突っかかんないでよ。だからぶーぶー言いながらもちゃんとついてきてんでしょうが」
「ぶーぶー言うのがうっせえっつってんだよ。豚かてめーは」
「るっさいわね、ドタドタ突進するしか能がない猪に言われたかないわよ」
いつもの馴れ合いだ。
まだ雨季は終わらない。旅路は来た時と同じ、岩場を抜けるルート。
ところどころにまだ残っている、往路のときの野宿の後に感慨を覚えながら。時々雨に足止めされながら、俺たちは来た時と同じくらいの日数をかけて、ベイクードへ戻っていった。
「久しぶりじゃないか。元気だったか」
ベイクードのグァルダードの扉を潜るや、馴染みの眼鏡の受付員にさっそく歓迎された。
「お嬢はどうした。一緒じゃないのか」
「今は別行動だ。大丈夫、元気にしてるよ」
答えると、そうかと安心してくれた。まさかこの男が顔を見て安心を感じる相手になるなんて。最初の出会いを思い出すと信じられないことだなぁ、と苦笑を禁じ得なかった。
「ちょっと教えてほしいでますが」
レマが、高さのある受付のカウンターに両手の平と顎を乗せ受付に言葉をかけた。グァルダード本部の青銅製の職員証メダルを示すべく必死に手を伸ばしていたけど、どうやら受付の男には見えない角度。
彼はきょとんと目を丸くして、まじまじとレマの顔と頭頂を見て、それからじっくりと俺の顔を見て。それから「ははぁ、そりゃシーラのお嬢にどんだけ条件積まれても、靡きゃしないよなぁ」なんて、得心顔で頷きやがった。
「違うっ!
……彼女はセラムのグァルダード本部に勤める事務職員だよ。前に俺たちが請け負った、カルガディアの嫌精石運搬の仕事について、聞きたいことがあって同行してくれたんだ」
俺が紹介すると、レマがたしたしと右手でメダルを叩きながら、受付の顔を睨み付けている。言わずもがな、「たしたし」はレマの口から発せられた効果音だ。
受付はもう一度俺の顔を見、それからまたじろじろとレマの顔を睨めつけ、そしてようやく職員証のメダルを目に入れて、ふぅん、へぇ、ほぉお……。種々雑多な感嘆の声を漏らした。
「……中央は人手不足なのかな」
「コイツ失礼でますねっ!」
うん、この男は失礼だよ。聞こえるように頷くと、男は眼鏡の蔓を押さえながら。「ここまでの好青年を捕まえて、随分な言い様だな」とふざけたことをぼやいた。
仕事の話は、短時間で終わった。
職員証が本物なら断る理由はないとばかり、男は過去の仕事録から紙を何枚か引っ張り出し、要点をさらさらと一枚の紙にまとめて、これでいいかとレマに渡した。受け取った紙を斜めに読み、ふんふんと二、三頷いて、レマは素直に礼を言った。どんなことが書いてあったか聞いてみたが、ここには「このグァルダードに依頼されたカルガディアの仕事を請け負ったケーパたち」のことが書いてあるだけで、大した情報ではない、と答えられた。
「カルガディアの身辺調査をするんじゃなかったのか?」
「人物の詳細な情報は、盗賊グァルダードにはないでます。商人グァルドの方から探りを入れようかなと思ってはいるでますが……、何にせよ、ここでもらったのは今後詳細な調査をするための材料でます」
なるほど、そういうものか。とりあえず口の先だけ納得し、それ以上はレマに任せることにした。
折よく、レマが紙を鞄にしまい終えたところで、外で待っていたゼノンから声がかかる。
「船が港に着いたみたいだぞ」
俺とレマは受付に一礼して、グァルダードを飛び出した。
ハーンに向かう船の、出向予定は二時間後。余裕はあれど、船倉は広くはなく、駱駝や馬を積み込みたいなら早めに乗船しておくのがよいと聞いた。
旅程は順調。疲れも少なく、体調も悪くない状態でハーンの街に到着できるだろう。ほんの少しだけ、その順調さに、「誘い込まれている」ような嫌な感覚を持ったのを、俺は強く頭を振り回して忘れようと努めた。




