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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十六節 グァルダード本部、襲撃される
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2-16-4.「あんまり幻滅させるなよ」







「…………」


 初めて、ボズロが黙った。難しい顔で、じっと俺の顔を睨み付けて。


「見かけによらず、鋭いな」


「……褒めてないだろ、それ」


「悪いが全部教えるわけにゃいかねぇ。ご命令なんでな」


「は、『ご命令』とはご苦労なこったな。お前とガゼルダってのとはそういう関係か」


 ゼノンが挑発する。ボズロは答えなかった。一瞥もしない。


「違うんだろ」俺も聞く。「お前たちは誰の命令で動いてる?」


「それこそ言えるわきゃねーだろ」


「あんまり幻滅させるなよ。あんたたち程の奴らが、どこの誰とも知らない奴の言うことを聞いてるだなんて」


「ひひ、嬉しい評価じゃねーか。じゃあ、ユイス・ゼーランドの命に従い、とでも言っとくかな」


 どくんと、心臓が跳ねた。


 ボズロがにやにやと笑っている。名前を出されて困惑した俺の内心見透かしたように。俺の心中なんか知ってるわけないのに、くそ。


「……伝説の大盗賊になら、喜んで顎で使われるってわけか。やっぱり幻滅だな」


「そう言うなよ。已むに已まれぬ事情ってのもあんだ。せめてでっかい名前を出してやったんじゃねーか」


 渋い顔を見せる、その愚痴は本当のようだった。


 出してやった、だと? 強く歯を軋る。ふざけんな。お前がそんな言い方したら、まるで本当のことみたいに聞こえるじゃないか。お前は今、俺をからかうために脈絡のない名前を口にしただけなんだろ? ガゼルダがグァルダードと砂漠全土に向けて出した声明に合わせて、おじさんの名前を好きに使ってるだけなんだろ? 本当のことめかしたら、そんな冗談も急につまんなくなるじゃないか。


「さぁ、そろそろ本当に時間切れだ。今日はなかなか楽しかったぜ」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、……いや間違いなく知りはしないだろうが、ともあれボズロはそう言って目に殺気を宿らせた。俺達からすっと視線を外して、扉に向けて。


 く、と舌の奥で空気を鳴らし、剣を構え直す。


 一瞬の睨み合いは、互いが虚を突かれる形で終わった。


 内側から扉が開き、中からハルトスが現れたのだ。白い前止めのシャツに砂色のズボン。紺色の首絞め(ククンティス)を首に下げ、手に剣なり盾なり武具を持った男と女とを合わせて四人、すぐ後ろに連れている。格好から見るにグァルダードの職員たちのようだが……、彼らも戦うつもりだろうか。


「悪いんだけど、今日はこの辺で帰ってもらえないかなぁ。ボズロさん」


 場の雰囲気をまるっと無視するような、暢気な調子の声。緊張を緩めて自分のペースにしようという、これも一つのハルトスの武器なんだと、やけに感心してしまった。


盗賊組合(グァルダード)の組合長サンだな? なんで俺様が帰らなくちゃいけねーんだ?」


 尤も、ボズロに対してはそんな暢気な声は何の効力も発揮していないようだった。


「もう目当てのものにチェックメイトかかっちまってんだぜ? あんたこそ、グァルダードが保護する必要なんてないんだから、いつまでも匿ってないでさっさと明け渡した方がいいんじゃねーか?」


「この扉の向こうに、彼はもういないんだ」


「あ?」


「君がウェル君たちと話をしている間に、彼にはこの街の外へ逃げてもらった。だからここにはもういないんだ。諦めて帰ってほしいな」


「嘘つけや。セラムの街から外へ出るにゃ、ここを通るっきゃねーだろ。俺様の目をごまかして外に逃げるなんてこと――」


「緊急用の逃走ルートぐらい、用意していないわけがないだろ?」


 ハルトスの表情に、いつもの信用ならない薄ら笑いがない。初めて見せるような真面目な目付きで、ただ口調ばかりいつもと同じような軽妙さで、ボズロと話をしている。


 そんな口調を、ボズロはどこまで信じたのか。しばし無言で考え込んでいたようだったが、不意に大きく一つ舌打ちをして、頭を大きくボリボリ掻いて。


「ったく、ガゼルダの言った通りだ。とんだ曲者だな、お前」


「とんでもない。僕ほど素直で真面目な人間は、この国中探してもそうはいないよ」


「よく言うぜ。言葉一つでこの俺様を追い返すなんてよ。ああ畜生。まあいいさ、今日は楽しかったから、これで帰ってやるよ」


 牙を剥く猛獣の相形でボズロはハルトスを正面からひと睨み。そして、そうかと思うや今度は満面に笑みを湛えて、ナイフを腰の鞘にしまい踵を返して外へ歩き始めた。ライトラールの外へ、だ。何となれば、混じった鼻歌さえ聞こえてくる。


 グァルダード中の、生きているすべての人間が、ボズロの背中を恐る恐る見送っていた。そして、いよいよ扉が激しく閉じられると、あちらこちらから一斉に、安堵の息が漏れて聞こえた。


「なによ、何なのよ、あいつ……」


「メチャクチャじゃねーか、ちっくしょう」


「おいっ! 俺の相棒が怪我してんだ! グァルダードが補償してくれんだろうなっ?」


 途端に上がる、悲痛交じりの怒号。この力こそが正義の国で、たまたま舞台がグァルダードだったっていうだけで、責任を押し付けようとしてくる連中には溜息を禁じ得ない――、が、正直どうでもいい。


「中でレマが待ってる。君らは中に」


 扉を半開きのまま、ハルトスが数歩前に出た。


「お前は?」


「組合長のお仕事をしてくるよ」


 苦々しく笑いながら言う。


 血相を変えた盗賊どもに囲まれて大丈夫なのかと心配にもなったけど、ハルトスも組合長として筋金入り、余計なお世話ってもんだろう。それに並び歩かせる四人の職員も、言っても腕利きの粒揃いに違いない。……あんな連中がいるんなら、今度手合わせしてもらいたいな。


 などと考えながらも、俺はシーラの手を引き、ゼノンも促して扉の中に入ることにした。




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