2-15-8.「な、何って……、何もしてないけど?」
「どうする、って?」
「私、これでもこのお店では結構売れっ子なんですよぉ。体型は貧弱ですけど、いざやってみると巧いって評判頂いてて」
はぁ。それが、どうしたというのか。
「今日はたまたま遅い時間にお店に出たので、お声をかけてもらうところがなくて。ウェルさんは久々に私が選ばせて頂いたお客様だったから、すっごい楽しみにしてたんですよ」
「え、……楽しみって、どういう」
「またそうやってわからないフリして」
「いやいや、ホントに意味がわかんないんだって!」
「私たちもね、このお店では、お客様を選んでいいっていうことになってるんです。いいなって思った方にはこちらからお声掛けして。ウェルさんも、一人でいらしたときに何人か女の子が来たでしょう?」
ああ、来たな。何の気もなく答える。
「ね? ウェルさんモテるんですもん。逞しい体してるくせに童顔で、初心そうで。私も久々にこんな人としたいなーって思って、声かけたらいい感触で。やったーって思ってたのに、お預けなんてねぇ」
「いやあの、俺全然モテるとか……」
「だから、どうしましょうかって。このまま終わるんじゃ、私の気が収まらないですもん。やっぱり」
「あー……。それについては、その、悪いなとは思って――」
「思ってないでしょ? 思ってないですよね? 私があなたと本気でしたかったの、冗談だって思ってるでしょう?」
じろりと睨まれ、強い口調で詰問される。
そりゃあ、思ってない。だって仕事だろ? 今日会ったばっかりの何の接点もない俺と、この子が本気でしたいと思うなんて、そんなの有り得ないだろ?
「ね? だから許しません。とりあえず、あなたからのお金は受け取ってあげない」
「え……、でも」
「で、お店にはあなたが酷い客だったって報告します。個室で私に酷いことをして、お金も払わず逃げてったって。そう言って、あなたをこのお店に入店禁止にします」
「は? 何でだよ! 払うって言ってんのにそれは理不尽だろ!」
「入店したいんですか? また?」
「…………」
したいわけじゃない。じゃあいいじゃないか、というティリアの話もわかる。けど、遊び賃踏み倒して逃げた、なんて汚名を着せられるのは忸怩たるものもあるわけで……。
「ふふ。したくてもダメです。ここにはもう二度と来ないでください。飲みに来るだけもダメ。仕事もダメです。でもたった一つだけ」
一、と人差し指を立て、ベッドから身軽に飛び跳ね俺のすぐ目の前に顔を近付けて。
「『ティリアに支払いに来た』って言えば私のところに通してもらえるよう、受付に伝えておきます。もし、いつかティリルさんにフラれちゃったら、その時は私を買いに来て。いーっぱい、キモチよくしてもらいますから」
そう笑って、戸惑う俺の頬に唇を当ててきた。
そして恥ずかしそうに肩を丸めて、甘えた声をもう一度、俺になすり付けてきた。
「約束だよ? 私ずっと、ウェルのこと待ってるからね?」
やっぱりこんなのダメだろ、と。
幼馴染の顔でふふふと微笑むティリアの嫌がらせ、自分の太腿を指でつねりながら、俺はいろんなことを必死に耐えたのだった。
「……ウェルさん、何やらかしたんでますか」
翌日、一人でグァルダードに行った。書類を眺めながら怪訝に顔を歪めるレマ。何の話だ?とここまでは涼しい顔で対応ができた。
「『逆月のしずく』から、ウェルさんの組合員証について入店禁止登録された報告が届いてるでますけど」
思わず唾を吹き出してしまった。背中いっぱいに冷や汗が湧き出るのを感じる。
「な、……何って、…………何もしてないけど?」
「ホントなら、入禁登録報告には理由も書かれるはずなんでますけど、これ書いてないんでますよ。ウェルさん、何やらかしたんでますか?」
冷汗が止まらない。
まさかレマに追及されるなんて思ってなかった。なんだよあのやろう。誰にも言わないしバレない、なんて言っといて、速攻知り合いから詰問されんじゃないか。
「いや、……ホント、何もしてないんだ。ただ、その、ちょっとした約束で、さ?」
「約束、でますか。何かゲームでもしたんでますか?」
違うけど、まぁ、話の軽さではそんな感じかな。うん、そんなようなもんだって答えておこうかな。
「まぁ、別にいいでますけどねー。組合長あの店に詳しいでますから、変な隠し事してもすぐバレるでますよ?」
書類にペンを走らせながら、表情を変えず冷たく言ってのけるレマ。なんだあの店、後ろめたいこと何にもしてないのに、情報筒抜けで変な言い訳させられるなんて、どういう店なんだ。八つ当たり的な感情が膨らんでくる。
「一応書類処理のために質問したでますけど、まぁ別に入禁程度どうのこうのうるさく言わないでます。暴力行為、器物破壊行為など、組合員が動かなきゃいけないような事態に発展させるのは勘弁してくださいでます」
心なし、レマの態度も冷たい。する気もない犯罪行為を列挙され、辟易しながらへいへいと頷く。
「それと、そっちの問題も、グァルダードの外でどうにかしてほしいでます」
え、そっちの問題?
聞き返す俺の耳に、ぎしり床が軋む音が届く。振り向いて、ぐっしょり濡れた服の背中が肌にこびりつく気持ち悪さを味わう。
鳥肌は、服の冷たさだけじゃない。睨み付けてくる二つの赤い瞳。
「……ウェル? 今の話、詳しく聞かせてくれない?」
紅巾のはためきを眼前にした猛牛のごとき、烈火と怒るシーラだった。
「あ、シ、シーラ? お前、今の聞いて――」
「聞いてた。聞いてたよ。逆月のしずくって、確か娼館だったよねぇ?」
「ちが、違うんだよ! 仕事で! ゼノンとハルトスと一緒に仕事で行っただけで!」
「へぇ。ゼノンとハルトスと。あたし何にも聞いてないけど」
「その、言うの忘れてたけど! ゼノンがちゃんと、連中の一人についての情報を聞き出してきたから! だから後でみんなで共有できるから!」
「ふぅん。……で? ウェルはどんな情報を持ち帰ってきたの?」
「俺は……、その…………」
「入店禁止になるような、どんなことをしてきたの?」
「いやだからそれは……」
「あたしのことは嫌がるくせに、溜まったからって商売女に手を出したのっ?」
「違うって! 何にもしてないって!」
「言ってくれればあたしいつだって準備できてるのにっ! あんまりじゃないっ? ひどすぎないっ?」
「だから違うってば! 少しは話聞いて――」
問答無用!と氷塊を喚び出しては俺に向けて飛ばしてくるシーラ。やべ。いてえ。魔法だと直接人に攻撃できないんじゃなかったのかよっ、話違うじゃんかよ!
「あー……。外でやってくれませんでますかねぇ」
受付カウンターに備え付けの鉄製の防護カーテンをほぼほぼ閉じ、僅かな隙間から呆れた声だけ、レマがこちらに向けてきた。
「いやっ、そんな場合じゃなくてっ、助けてくれって!」
「『助けて』って仕事の依頼なら、割高で受け付けるでますよ」
「な……っ、しかも割高なのかよっ」
「ウェルっ! 大人しくしてなさいよっ」
「ああぁもう! だからあんなとこ行きたくなかったんだっ!」




