2-15-2.「やばいなぁ、完全に飲まれてるじゃん」
「さぁ行こうか! 俺たちの楽園へっ!」
いつもと同じく珍奇な服で、いつも以上に頓狂なノリで。ハルトスは俺たちの前に立って、歌劇でも演じるかのように両手を広げて宣言した。頭には天辺が平らになっている黒の帽子。いつも通りの白いシャツに、黒のズボンと黒の上着。上着は背側の裾が長く伸び、燕の尾のように二つに分かれている。首には結んだリボンの形の首絞め。なぜか左手に黒く真っ直ぐな杖を握っている。
時は真夜中、零時過ぎ。ところは街の大通り。まだ人の目はまるで減っておらず、ハルトスの奇行は既に行き交う人々の注目を一身に集めている。
「……なんなんだよ、その格好」
ゼノンが腰に手を当て溜息を吐く。ハルトスは、初めて会ったときと同じような反応。
「おー、おーぅ。このファッションが理解できないなんて! 君、女の子にモテないぞぉ」
「ンな奇っ怪な服装になびく女なんかいねーだろ」
「とりあえず、道行く女性はさっきからあんたを避けるようにして歩いてるな」
ゼノンと二人冷静にツッコんでやるが、ハルトスはまるで意に介さない様子。そんなことより早く行こうと俺たちの背を押し、ぐんぐん道を進んでいく。小遣い握り締めておもちゃを買いに行こうという子供のような幸せそうな笑顔は、とてもこれから仕事の話をしに行く様子には見えない。
「ま、確かに楽しみではあるけどよ」
後ろ頭で手を組みながら、ゼノンはゼノンでかなり高揚している風。両手両足を振り上げて歩くハルトスに並び、どんな店なんだ、なんて話を盛り上げにかかっている。
憂鬱なのは俺一人のようだ。仕事とはいえ、娼館なんてところに近付きたくはないんだけどなぁ。シーラやティリルにバレたらなんて言われるか……。いやシーラに気を使う必要はないんだけどさ。
「なんだぁ? ウェル君はノリ気じゃないのかい?」
人の表情を覗きながら、ハルトスがふと話を振ってきた。ああともいやとも答えられずにもたもたしていると、ゼノンが脇から補足を入れてくる。
「コイツは好きな女がいるからな。他の女なんか興味ねーんだとよ」
「シーラのことかい? 男ならそんなの気にしてちゃダメだぞぉ!」
いやシーラじゃないし。抗議の声はハルトスの笑いに押し潰され、拾われはしなかった。
「古来、英雄と呼ばれる男たちは皆色事を好んだ。国の東西を問わずな。大物になりたかったら女には躓け! そっちの方がかっこいいし魅力的な男になれるぞ」
「いや、別に英雄になりたいとは思ってないし……。それに娼館で相手を買う英雄って、何か情けなくないか?」
口の中だけでもごもごと言い返す。ハルトスの謎の説教に、だけど聞こえるように反論するのも面倒だ。
気持ちを切り替え仕事モードになり、顔を上げて二人の後を歩くことにする。敵についての重要な情報が手に入るかもしれないんだ。前向きに行こう。うん、前向きに。
目的の店は、セラムの入り口側から中央のオアシスを挟んでちょうど反対側にあった。
街の一番奥の辺りの、道一本入った裏通り。通りのあちこちに並ぶ街灯は、火を覆うガラスに黄色やらピンクやら青やら色がついていて、艶やかに怪しく辺りを灯している。
以前にも何度か通ったことはある。いわゆる歓楽街。そうか、この通りの一際大きなこの建物が、「逆月のしずく」だったのか。見上げれば、グァルダード本部の建物にも匹敵する、いやそれ以上の大きさ。横幅も二十メトリ近くはあるようだし、高さも四階に達している。正面の扉は、重苦しい古代樫か何かの両開きだ。
その前に立っている厚い胸板の男が、先陣を切って中に入ろうとするハルトスにごつい笑顔で挨拶した。
「ようこそ、組合長。今日もお盛んですな」
「そんないつも来てるみたいに言わないでよ。この前来てから三日も経ってるじゃないか!」
……いつも来てんじゃねーか。
「お連れ様は、お仕事関係ですか? 一応、身分証のご提示をお願いしたいのですが」
「もちろん。君たち員証は持ってきているだろ?」
ああと頷いてメダルを見せる。男は威圧するような笑顔を俺達にも向けて「確かに」と頷いた。
「どうぞ、心行くまでお楽しみください。――ああいえ、お仕事でしたね」
開かれる扉。ハルトスを先頭に、いよいよ俺たちは店の中へ入っていく。
入り口はそれほど広くない。薄暗くもある、少しだけ陰気な印象の場所。
受付に、男が二人。白いシャツに黒のズボン、それから灰色の首絞め。ハルトスにそっくりな格好をして、部屋の印象と対照的な整った顔立ちと短髪で、「いらっしゃいませ」と深く綺麗に腰を折って出迎えてくれた。
「これは組合長。いつもご贔屓頂き、ありがとうございます」
更に奥から、同様の風体に、口髭を短く揃えた男が現れた。「本日もいつも通りに?」と、少し戸惑いながらハルトスに聞く口髭の男。ハルトスは軽く手を振って。
「今日は仕事で来てるんだ。僕は付き添いで、主役は彼ら」
そう言って、俺とゼノンの背中をぽんと叩いて寄越した。
ほほぉ、そうでしたか、と男は大仰に頷いて、それから今度は俺とゼノンに対し、恭しく頭を下げてくれた。
「本日は当館にお越し頂き、ありがとうございます。わたくし、当館の支配人を務めておりますアルドアールと申します」
「あ、ああ……」
「よ、よろしくお願いします」
頭を下げながら、まるで子供だと顔を熱くした。親に紹介され、ほらと背中を押されて慌てて戸惑いながら頭を下げる。この砂漠じゃそこそこ人と渡り合えていたし、実際の子供時代の実家でだってそんな醜態はなかなか晒したことがないのに。それだけ、どうやらこの場所の雰囲気に飲まれてしまっているみたいだった。
「ほら。仕事の話をしろよ」
更に、ハルトスに背中を突かれる。
やばいなぁ、完全に飲まれてるじゃん。小さく一つ深呼吸してから、改めてアルドアールに対峙した。




