2-14-9.「教えて……、ください。俺とガゼルダの差を」
「うわ……っ」
ミラースの足許から、ぶわりと砂が舞い上がる。
魔法の風。反射的に左手で顔を庇った。
間髪入れず、細剣の先が俺の腹を狙う。
慌てて飛び退った。剣先が、腹の前、指二つ分くらいのところまで迫っている。
「くっそ」
伸び切った右手を一度引っ込めるも、すぐさま二撃目を突いて攻撃してくるミラース。今度は魔法で俺のすぐ背後に水の壁を迫り上げ、退る足を鈍らせる狙い付きだ。
「だあっ!」
ただの水、しかも迫り上がったのはほんの一瞬だ。わかっていれば、跳んで逃げる足は躊躇しない。
びしょ濡れになりながら一度距離を取り、剣を構え直してすぐさま駆ける。やや角度を付けて。狙うは敵の左の脇腹。
じろりと俺を睨んだミラースの左目。そこから体を開いて俺の攻撃に対し正面を向いた。
俺の狙いは突き。諸刃の剣の切っ先を、脇腹目掛けて突き出して。
ミラースはそれを左手で払う。そして細剣を逆手に握り直し、俺の背中に狙いを定めている。
払われた剣の勢いに従い、俺は体を一度砂に投げ出した。背を狙う細剣の範囲の外へ。
そして、跳ね起きる。そのままの勢いでもう一度ミラースに突きを入れる。
ミラースの切っ先は、体勢を直した俺から少し逸れている。行ける!
思った次の瞬間、目の前に火の塊が生じた。ほんの一瞬燃え上がるだけの炎。それでも頭から突っ込むのはまずいと体が反応し、咄嗟に体の向きを変えた。
変えた先に、剣先があった。
「うわっち……っ」
避けられない。
反射的に、左腕の甲を体の前に出す。
つぷ、と肌を破る音が、触覚に響いた。
冷たい痛みが、腕に走る。
剣を抜かれると、今度は焼けるような熱さ。
けど傷は浅い。わざと浅くしてもらったんだろう。
「ちっ」
服の袖が赤く染まるのを顧みず。距離を取って、息を整えて、それから右手で剣を握り直す。
パターンは、わかった。彼の魔法は、俺に隙を作るための虚仮脅しだ。最後に一矢報いたい。
「だあっ!」
地を蹴って、もう一度ミラースに斬りかかった。
溜息交じりに姿勢を直すミラース。直立が、彼の基本の構え。
らあっ!と右手一本で剣を振りかぶり、斜めから大きく振り下ろす。
左の盾で受け取めるミラース。よし、想定済み。
ここで魔法が来る。常套なら風、けど俺の予想は。
「どうせ地面だろ」
ひょいと飛び上がり、足許に響く魔法をやり過ごす。
地面にひびが入った。狭い範囲だけど、激しい勢いで揺れているのが見て取れた。
ミラースが初めて、驚きに目を見開いた。前髪の隙間から、紫色のまん丸い目と、「ほう」という声が、覗く。
続けて俺は、空けてあった左手で腰のナイフを抜き、ミラースの眼前すぐのところで下から上に振り上げた。前髪の先が、はらりと僅かに切れる。
くっ、と初めてミラースが声を漏らした。
一瞬足を地に付ける。もう揺れてはいない。
そのままもう一度跳び上がる。そして刃を横薙ぎ、一閃。
切っ先は、ミラースの左腕、肩に近いところ。そして俺は、狙い通りの一筋の赤をマントの切れ目に滲ませられて、口許ににまりと笑みを浮かべたところだ。
もう一度距離を取り直して、息を整える。左腕の甲の痛みが、そろそろ麻痺してきた。
相変わらず直立で構えるミラース。けどやがて、構えの緊張感を解き。
「もういいだろう。二分は過ぎた」
そう言って、細剣をマントの内側に仕舞った。
ノッてきたところだったけど。少し残念に思いながら、俺も剣を鞘に収める。そして「ありがとうございました」と大声を出し頭を下げた。
シーラが俺に駆け寄ってきて、大袈裟に怪我の心配をしてくれた。
ゼノンはミラースに駆け寄り、俺とも勝負!とまとわりついている。
マントの下でごそごそと、恐らく肩口の手当てをしながら、ミラースは慣れた様子でゼノンを軽くあしらっていた。
「あの」
腕に布を当ててもらいながら、ミラースに声をかけた。シーラの手当てはとても手厚く、大袈裟だった。怪我は小さい。加減が絶妙だった証拠だ。
「教えてくれませんか。俺とガゼルダの差、どのくらいあるか」
先に自分で怪我の処置を終えていたミラース。俺の方を見て、ゆらりと歩み寄って。
「最後の一手はなかなか面白かった。あの一手を初手から狙えれば、ダリオスともいい勝負ができるかもしれないな」
え――?
目を丸くする俺を置いて、そしてミラースはまた、こちらに背中を向けてしまった。
俺の腕を掴みながら、シーラが笑顔をくれた。
「やったじゃん、ウェル! いい線行ってるってことだよね、今の!」
またな、とミラースの見送りに大声を上げたゼノンも、しばらくすると俺のところに寄ってきて似たようなことを言う。「あのミラースに褒められるなんて」とか何とか。
誰が褒めたもんか。こいつら、今の真意がわからないのか。
俺がミラースの二の腕に切り傷を与えた、あの一撃までに何度探りを入れたか。斬りかかったのが三度。斬られかけたのは四度。魔法も三度放たれ、四度目に「ナメられているのなら」と開き直って張ったヤマがようやく当たった程度だ。
あれを初手から狙えだなんて、見ただけで相手の戦い方を見抜いて、最良の一撃を放て、と言われたようなもんだ。無理だから諦めろ、と言われた気しかしない。
もらった言葉に押し潰されそうになりながら、もう見えなくなってしまったミラースの背中を、その姿が隠れた木と木の間を、顔を上げて見た。既に日も暮れ始め、辺りはぼんやりと薄暗くなり始めている。
空気を読まずレマが「そろそろ帰るでます」と提案してくれた。その言葉が有難かった。




