2-14-7.「四人が四人とも、まともじゃないってことか」
「えー、と。では改めましてでますが」
いつも通りの頓狂な前置きを置いて、レマが場を整えた。
大きな石や、丸太や、穴のない大きな葉っぱなどを見付けてきて、めいめい尻の下に敷く。ミラースだけは立ったまま。前髪を邪魔とも思っていないらしく、相変わらず表情が読めない。
「ミルレンダイン頭領、シーラ・ミルレンディアが掲出した依頼を、ミラース・カーヴァが受諾したでますので、早速、情報の共有を始めましょうでます」
「……グァルダードの監視が入るのか?」
「監視じゃないでます。シーラさん達との契約でます。あちしが第三者の目線から、ミラースさんが持ってきてくれた情報の査定、金額の検討をさせて頂くでます」
「む……?」
ミラースが首を傾げた。何か不満があるのか。聞いてみると、僅かに見える口が端を少しだけ持ち上げて。
「いや、構わない。依頼人と仲良く水遊びをする自称第三者に、興趣を見ただけだ」
ぐ、とレマが顔を歪めた。
うん、これは言い返せないな。
「構わないんなら早く始めましょ。あんたはヴォルハッドのどんなことを知ってるの?」
「ああ」ミディアに頷き、ミラースが話を始める。「ガゼルダ・ゴルディアックの過去を知っている。私は過去に二度、あの男に会った」
「ホントかよっ、ミラース!」
ゼノンが声を上げた。喰い付いたのは、俺とシーラも同じだった。
「一度目は、私がまだラナマーヴェに入る前。当時私は生まれ育ったウェンデを捨て、このレアンの国に来たばかりだった。とある盗賊団に拾われ、そこで砂漠での生き方を習ったが、彼らは奴の襲撃を受け鏖殺された。これが二十年以上前のことだ」
淡々と、ミラースは語った。凄烈な話の内容と、裏腹に静かな物の言い方。知らず、背筋に寒気が走っていた。
……そんなに昔から活動していたなんて。シーラが喉を押さえながら呟いた。
「その襲撃で、俺とラビドだけが生き残った。興味を失ったのか、死んでいると思われたか。地べたに這い蹲っていたら、見逃されたんだ」
ごくりと、誰かが唾を飲み込む音がした。
ゼノンが「ミラースとラビドはその頃からの仲間だったのか」と、呟いていた。初めて聞く名前は、どうやらラナマーヴェ団の仲間のものか。適当に、推測した。
「二度目は?」シーラが先を促す。
「ラナマーヴェに名を連ねてからだ。何の気紛れだったか、バスラが自分で街へ行ったことがあった。酒を探しに行く、と言っていたんだったかな。狩り以外で塒の外へ出ようとしない男のことだったから、なかなか驚かされたのを覚えている」
それってあの時のことか?とゼノンが聞いた。「あの時」で話が通じるのか不思議だったけど、ミラースは頷いて返した。よっぽど、ゼノンの父親が街に行くのは珍しかったっていうことかな。
「街から少し外れたところで、小競り合いを見た。普段なら盗賊同士の争いになど関りになろうとしないバスラだったが、ここでもまた気紛れを起こした。恐らく戦局があまりに一方的だったので、見ていられなかったのだろう。なんて陳腐な展開だ、と悪態を吐きながら、女を守り男に剣を向ける体勢を取っていたのが印象に残っている。
そのときの敵が、やはりあの男だった」
ミラースは、そこで一度話を区切った。
「え、そんなの知らねーぞ」ゼノンが声を上げた。「あの時の話なら、俺も一緒にいたはずだろっ?」
「覚えていないか? あの時バスラの奴は、自分で来たくせに、この街に目当てのものがないとわかるやさっさと街を出た。お前やラビドたちを置いて先に帰ろうとしたんだ。一悶着あって、結局街に戻ってお前たちと合流したがな」
げ、そうだったのか。知らなかったぜ……。軽くショックを受けている様子のゼノン。さすがにゼノン一人残したわけじゃないだろうけど、先に帰る父親も父親なら、置いていかれても気付かなかった息子も大概だなぁ。俺は小さく鼻を鳴らした。
「ちなみに、その時あの男に襲われていた盗賊団は即日消滅した。バスラと私とセーラが助勢して奴らを追い払ったが、結局命を助けられたのは女一人だけだった。聞き出した限りでは奴らとは面識はなく、恨みを買っていたりする相手ではないということだったが、それにしてはその場に転がっていた死体は、四肢を矢で貫かれていたり目玉を抉られていたり、どれもこれも残忍な殺された方をしていた。どうやら当時のあの男は、そういうことを繰り返していたようだった」
「そういうこと?」
「わざと恨みを買うようなこと。小さな盗賊団を狙い、奪うためではなく殺すために襲撃し、殺すためではなく苦しませるために嬲り、自分がやったと吹聴する。まるで、復讐されることを待ち望んでいたかのような」
その割には、誰も名前を知らないみたいじゃない。ミディアが疑問をぶつけた。
相変わらず、ミラースは欠片も表情を崩さず、淡々と話を続ける。
「当時は、奴はダリオスという名前で活動していた。ダリオス・エルク=ファンダリアと。どちらかが本名か、両方とも偽名かは知らない。あるいは他の名もあるかもしれない。とにかく、あの当時『ダリオス』という男が各地の盗賊たちの間で評判になっていたのは確かだ。ガゼルダのことを知る者は少なくとも、ダリオスを知る者は少なくないだろう」
シーラの顔が持ち上がった。
俺も、これはかなり重要な情報だと確信した。その名前を使えば、今までの数倍情報が集まるだろう。早速、グァルダードに出した依頼を再修正しなきゃ。
「あんたはそれを、どうやって知ったの?」
ミディアがまた、ミラースを睨み付けた。簡単には一喜一憂しない慎重さがありがたい。
「それ、とは?」
「アンタが会ったダリオスって男が、今はガゼルダの名前で活動していること」
「ああ」一つ頷き、変わらない調子で話を続ける。「ガゼルダと名乗る男の顔を見た。半年近く前、ハーンの街で、だ」
さらに衝撃的な情報が、ミラースの口から漏れる。
「四人いた。二人は男だった。一人は剛腕。一人は長身の痩身。一人は剛腕の男。どちらも、私の知った顔ではなかった」
剛腕と長身。多分だけど、俺とシーラが戦った「俺様」と、ゼノンが戦った銃使いだろう。
「四人目は、女――」ミラースが続ける。ひとつ溜息を挟んでから。「アミラ・パルミュス=ガルドレア。あの日バスラと私たちが、ダリオスから助けたあの女だった」
そこで一度口が閉じられた。誰も他に開く者はなく、しばし静寂がオアシスを襲う。
さざさざと、風が水面を撫でる音がした。
「半年前……。ミルレンダインを襲うより前のこと、か」
ようやくシーラが口を開いた。少し悔しそうに、口許を歪めている。
「それってつまり、その女は、今は仲間の仇と行動してるってこと?」ミディアが訊ねる。ミラースが、小さく頷いた。「それってどぉなのよ。ここの連中の感覚じゃ、アリなの?」
軽く聞くなぁ。もちろん、ゼノン辺りから激しく怒鳴られた。
「ねーよ。絶対ありえねー」
「ゼノンはそういうの極端に嫌いなんだと思うけど、でもあたしもこれは理解できない。どれだけ理想が重なったって、出会いがそれじゃ一緒になんていらんないよ」
二人の意見に、ミラースも、ついでにレマも頷く。つまりそういうことだ。
くさくさする話だと、俺も片膝に頬杖をついて唾を吐いた。
「四人が四人ともまともじゃないってことか。つくづく、嫌な相手だ」
「わかってた話じゃない」
ミディアに言われて、それもそうかと納得した。シーラとゼノンが、せめて笑い声を上げた。
ミラースも、合わせて口許を緩ませているのが見えた。その微笑みの真意が、無性に気になった。




