2-14-6.「お前ら何勝手に人を賭けの景品にしてんだよ!」
泉の中心を目指して一度真っ直ぐに泳ぎ、更にそこを越えて対岸へ。浅いところまで来て、手で水底の土を掻いて、そこで折り返して今度はまた別の岸を目指す。
山ではよく、夏に川に行ってみんなで遊んだ。
町の友達と連れ立って走って、森の中の、滝壺から伸びる川の辺りで。水着なんかない、服を脱いで下着のままで飛び込んで。……中には素っ裸になってる奴もいたかな。そこで、いつの間にか泳ぎ方を覚えていた。
水に入るなんて久し振りだけど、体がしっかり覚えてたなぁ。随分気持ちいいや。
しばらく泳いで戻ってくると、どういう流れだったのか、シーラとゼノンの口喧嘩は水泳勝負に発展していた。「いいな、向こう岸のあの木を先に触った方が勝ちだからな!」指を差しながらゼノンが確認している。レマはミディアの横に移動して、楽しそうに二人の様子を見守っている。
「ちゃんと約束守ってよ?」
「わーってるよ! 俺が勝ったらテメェは一日俺の召使いだからな!」
「そっちじゃないよ! あたしが勝ったら、一晩ウェルを好きにさせてもらうからねっ!」
――は?
「ちょ、ちょっと待てよっ! お前ら何勝手に人を賭けの景品にしてんだよ!」
「じゃ、合図するでますよー。二人とも準備はいいでますかー」
「いつでも来いやっ」
「オッケーだよ!」
「じゃあ……、よーい、いけーっ!」
「お、おいっ! 待てって言ってんだろ――」
あくそ、聞いてねーなこいつら! レマの合図に合わせて二人ともさっさと泳ぎ始めちまった。……わざと人のこと無視してたろ。
「どっちも頑張れーでますー」
「しっかし、ゼノンの奴はつまんないわねぇ。どうせだったらあいつも、『俺が勝ったら、俺が一晩ウェルを好きにさせてもらうぞ』って言うべきだと思うんだけど」
「あれ、ミディアさんそっち系の趣味でましたか」
「別に趣味ってほどでもないけど、そっちのが楽しくない?」
「楽しくねーよっ!」
見学しながら好き勝手言ってやがるミディアとレマに、せめて拳骨一回ずつ。こうなったらもうゼノンに勝ってもらうしかねーなと、はらはらしながら二人の勝負を見守った。
ざくと、静かに土を踏む音がした。
振り向くと、男が立っていた。淡い茶色の髪を前も後ろも長く伸ばし、その表情の半分以上を隠してしまっている。体は砂色のマントで肩から背中を隠し、正面から少しだけ見えるマントの下には、濃い青のシャツと濃紺のズボンを着けている。
「……騒がしいな」
開いた口に、けど敵意はあまりない。純然とした感想、という様子だった。
「あんたは――?」
「お前たちが依頼者か?」
男は俺の質問には答えず、逆に質してきた。顔の様子も見えないが、声を聞いても年の頃合いがわからない。多分そこまで若くはないんじゃないか、くらいの想像しかできない。
「じゃあ、あんたが情報提供者! ……えっと、ですか」
「……喧騒を避けるために街の外を指定したが、あまり意味はなかったな」
俺達への苦言か、それともただの独り言か。男はどこかぼんやりした様子で、泉を眺めながら呟いている。
俺は浅瀬に立ち上がって、勝負の最中である二人に大声を投げつけた。
「おぉい、お前らぁ! いったん中断しろ! 仕事だぞ!」
シーラとゼノンがすぐに気付いてくれたみたいで、泳ぎの手を止めこっちに振り返って、それから徐、こっちに方向転換してきた。
更に俺はミディアとレマを立ち上がらせ、男に目を向けて「すみません。少しだけ時間をもらえますか」と今さら口調を丁寧にして断った。
「構わない。まだ時間ではない」
ああそうか。そういや、まだ一時間くらいしか経ってなかったか。とはいえ時間まで目の前で堂々と遊んでいるわけにもいくまい。
「あ、あれっ? ミラースじゃねーか! 何でここにいんだ?」
戻ってきて、ゆっくりと土の上に上がってきて第一声、ゼノンが驚嘆した、
濡れて額に張り付く前髪を右手で乱雑に掻き上げながら、勝負に水を差された不満は一瞬でどこかへ吹き飛ばし。
「……ゼノンか、久しいな。ラナマーヴェから離団したのか?」
「ちげーって! ただこいつらと共闘してるだけだよ。なんだ、情報提供の依頼を受けてくれたのって、ミラースだったのか!」
まるで優しい親戚に久しぶりに会った子供のような、無邪気で無防備な笑顔。こんなゼノンは見たことがない。こいつでもこんな顔をするのかと、先にそのことに驚いてしまった。
なのでまず抱くべき疑問を口にするのは、シーラに先を越されてしまった形だ。
「……ゼノンの知り合いなの?」
「元ラナマーヴェの団員、ミラースだ。数年前まで一緒に六重の塔で暮らしてたんだよ!」
声を潜めたシーラの質問に、大声で答えるゼノン。聞こえて何の問題がある。そう言っているようだった。
実際ミラースなる男は、シーラの小さな質問にも、ゼノンの答えにも指一本動かしはしなかった。
「久しぶりだし、ゆっくり話そうぜ! あ、ちょっと待っててくれよ、着替えてくるから」
そう言って、ゼノンは着替えを置いたところに向かって行った。
追って、俺も行く。
体をざっくりと拭いて、水着を脱いで服を着て。俺辺りは五分もかからないで男の前に戻れたけど、一番時間がかかったのがシーラで、ミディアもそれなりで。結局男のことは二十分近くも待たせてしまったのだった。




