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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十四節 会合と情報と水泳肌着
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2-14-5.「待て今ナチュラルに種無しって言ったな?」







 ザブンと大きな音を立て、深いところに一気に飛び込んだ。


 体を丸めて半ばまで沈む。それから手足を思い切り伸ばして、水面目指して浮かび上がる。水はひんやりと冷たく、思っていたよりもずっと気持ちがよかった。うん、たとえ下半身にとぼけた顔のコビトカバが描かれた水泳用のパンツを履いていたとしても、だ。


「っぷはぁ!」


 顔を出すと同時に、大きく息を継いだ。強い日差しに額が焼かれるのも、水の中だと不思議と心地いい。


「っはー、ウェルぅ!」


 どばしゃん!とまた大きな飛沫を立てて、シーラが横から抱きついてきた、


 不意を突かれて沈みそうになり、慌てて体勢を立て直す。


「ちょっ、危ないだろっ!」


「やん。溺れちゃうから支えてよぉ」


 俺の文句なんて欠片も聞かず、腕にしがみついて寄越す。肩に胸が当たってんだけど、……わざと当ててきてんだろーなこれ。選んだ黄色い水着も、胸の大きさを強調するような面積の小さい胸当てと、下も股に食い込むような小さなパンツ。脇のひもの部分に小さなリボンが付いていて、可愛らしいくせに色気が強めに感じられるデザインのものだった。


 …………くそっ。


「あんたたちホント仲いいわよねぇ」


 広い風呂にでも入るように、浅瀬にゆったり尻を付け体を伸ばしながら、ミディアが小さく笑った。


 言っていた通り、彼女は極力地味な水着を選んでいた。肩から腿の上までを覆い隠せる、俺にも馴染みのあるいわゆるところの水泳肌着。胸と腰回りにヒラヒラしたフリルの飾りがついているのと、色が赤が強めのピンクに白の水玉、というあたりが若干本人の趣味には合わなかったみたいだけど、ヘソを出すよりはマシかと小さく嘆息していた。


「ただ抱き着いてるだけだよ、こんなの軽い挨拶みたいなものじゃん!」


「私の故郷じゃそういうの挨拶とは言わないのよ。求愛行動って言うんじゃないかしら」


「……獣みたいに言わないでよ」


 言い得て妙だな。感想は、口には出さない。


「確かに他の国に比べたら砂漠の女性はずっとオープンだとは思うでますが」頭を出して平泳ぎしながら、レマが口を挟んだ。「さっきも言ったように肌の露出が高い肌着は、むしろアトラクティア南部辺りが発祥の流行だっていう話でます。ミディアさんの故郷の辺りじゃ、そういう流行りはなかったんでますか?」


 シーラとミディアの間を、折り返しながら何度も泳いで通り過ぎるレマ。彼女はひとつなぎの白いデザイン。胸許、背中と腰回りにヒラヒラした飾りがついた可愛らしい水着で、ミディアのものより飾り気はあるもののシーラほどの派手さがあるわけじゃなくて、例えば泳ぐたびに水に揺れる飾りが、ゆらゆらと揺れる、白い金魚のヒレのよう。


 うん。その、一言で言えば、彼女の華は着飾った子供の可愛らしさだった。


「私の故郷はグランディアよ。一緒にしないで」


 後ろで水底に手を伸ばし、腰のあたりまで水に浸かった状態で、ふんと鼻を鳴らすミディア。グランディアとアトラクティア。世界地図は覚えているので、確かに位置が全然違うのは俺にもわかる。


「ミディアはあれだよね。胸がちっちゃいからあんまりこういうのは着らんないんだよね?」


「……揉み千切るわよ?」


 ミディアがシーラをぎろりと睨んだ。横でレマが、悲しそうに自分の胸許に目を伏せている。


 ミディアの名誉のために言っておくけど、俺が見た限りじゃ彼女の胸はそこまで小さくはない。レマより大きいのは言わずもがな、多分ティリルよりもあると思う。それだけシーラが大きいんだ。


「胸なー。確かに胸のでかさは重要だけどさぁー」


 何やら語尾を伸ばしながら、ゼノンが急に近付いてきた。


 耳許でひゃあっと聞き慣れない悲鳴が上がる。見ればゼノンがシーラの両胸を、後ろから鷲掴みに掴んでやがった。……何考えてんだコイツ。


「ミディアはアレだろ? 胸より、あんまり派手な服なんて着られる年じゃねーことを気にしてんだろ?」


「……捻り千切るわよ?」


 ミディアがゼノンをザクリと睨んだ。


 その脅し文句に、なんでか俺も太腿の辺りがひゅんってなった。


「てかなに人の胸揉んでんのっ、何考えてんのさっ」


「何って別に。ンなでけーモンちっさい布からはみ出させてっから、触ってほしいんだと思ってさ」


「ウェルに触ってほしいの! ウェ、ル、にっ!」


「そりゃわかってっけど、この種無し触んねーじゃん? お前も欲求不満だろーなって」


 待て今ナチュラルに種無しって言ったな?


「あんたに対する欲求なんて欠片もないっ。あんたの相手はあそこの胸無しでしょ」


 憤ったシーラが、ミディアを指差して怒鳴り付けた。


 瞬間、ゼノンが黙る。向こうでミディアも固まっている。元々動いてなかったからわかり辛いけど、あれは確かに固まって、数秒間は息さえ止めているようだった。


 そして、同時に動き出す。


「はああぁぁあ?」


 声も揃う。なんだ冗談抜きで仲いいなこいつら。


「バッカじゃないの? なんで私がこんなクソガキの相手しなきゃなんないの! シーラ、あんた目腐ってんの? それとも頭が腐ってんの?」


「全くだ! こんなペたんこスタイルの年増女が俺の相手ってどういうことだよっ! ああッ? 説明しろ説明!」


「誰がぺたんこスタイルの年増女だ! へし折るわよ!」


 ……何をだ。


「えー、違うの? だってそんなに仲いいし、ミディアもいい年して国に帰っても相手とかいないっぽいしさ」


「絞るわよ!」


 だから何をだ。


「ゼノンもなんだかんだ、年上好きのシスコンでしょ? 相性ばっちりなんだと思ってたんだけど」


「だ……っ、……誰がシス……っ、シスコ……――」


 あまりに心外だったのか、それとも図星を突かれたか。口の中でもごもごと、言い返す言葉をちゃんと繋ぐことができないゼノン。どうでもいいけど、人の腕にしがみついたまま喧嘩しないでほしい。


 今度は背泳ぎで後ろをすぅーっと泳いでいくレマが、「若いって、いいでますねー」としみじみ呟いている。


「お前ミディアより年下じゃなかったっけ」


「あちしはもう中身がおばさんなんでますよぉ」


「外身は子供より子供なのに?」


「さすがに子供よりは大人でますよ!」


 ざぶんと体を折り曲げて水に入り、それから顔だけ出し直して。レマはよくわからない主張をした。


 まぁでも、この下らない口喧嘩を横目にしてたら、普段堅実に仕事をこなしているレマがこの中で一番大人なのかもという気もしてきた。そしてそんな気がする一方、こいつらに水着着せるためにつまんない嘘吐いたりもするんだよな、と思い出しもした。


 結局似たり寄ったり、十分ガキだ。


 脇ではシーラとゼノンの言い合い、訂正しろよ謝れよと、いよいよ熱を帯びている。


 抱き着かれていた腕を気付かれないように解いて、俺も少し泳ぐことにした。




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