Part.165 王者は、二度吠える
4月3日更新 1/2
まさか、麻痺とはな。
気付かなかった、ミューがそんな事を俺に仕掛けていたなんて。通りで身体も動かない筈だ。
だが、俺は動けるようになった。キャメロンが時間を稼いでくれたお蔭だ。この通り、スケゾーも俺の隣に帰って来た。
もう、リーガルオンの思い通りにさせてはいけない。
リーガルオンは魔力を展開した俺を見て、ふと口の端を吊り上げた。
「……ほう。どうやら外で戦った時は、本気ではなかったらしいな」
当たり前だ。と心の奥底では思いつつ、俺は拳を構えた。
横目で、キャメロンの様子を見る。……チェリアが部屋の端まで引きずって、早速回復を始めていた。ミューも……よし、隣に居るな。
……こんなになるまで、タコ殴りにしやがって。
ビリビリと、全身に電気が走るような感覚がある。……どうやら俺は、こいつに相当な怒りを感じているらしい。
リーガルオン・シバスネイヴァーは、自分の事を『王』だと思っている節がある。支配者であり、権力者でもあると。……トムディがこの場にいたら、形振り構わず戦っていたかもしれないな。
だが、人の気持ちを無視し、人を利用する事だけを考えている男だ。力を武器にして、人を押さえ付けている。これまでのミューへの態度を見て、はっきりと分かった。こいつは、自分さえ良ければそれで良い。言葉巧みに人を操って、恰もチャンスがあるかのように言い聞かせているだけだ。
広場で戦ったこいつの仲間達も、皆こいつの言葉に騙されて、協力しているんだろう。
……それが、『王』であって良いのか。
そんなものを目指した事が無い俺には、全く理解できない領域だが、しかし。
スカイガーデンで、リベット・コフールが。……リーシュの姉が、言っていた。
『まだ敵かどうかも分からない人間に危害を加えるなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!! 私達が本当に高貴な人間なら、どうして困っている人に手を差し伸べられないのですか!!』
目を閉じ、沸々と湧き上がる怒りを制御する。
誰かを導く人間というのは。……『王』っていうのは、ああいう奴等の事だろう。
「スケゾー。俺達の為に、キャメロンは時間を作ってくれたようなもんだ。……まさか、この場でまだ魔力共有が駄目だ、なんて言わないよな?」
俺の問い掛けに、スケゾーは腕を組んで答えた。
「限度は超えねえで下さいよ。……気持ちは分からねーでもねーですが、それでもここまで戦って来てるんスから」
「ああ、分かってるよ。……で、幾つまでなら行ける」
スケゾーは無表情を装いつつも、リーガルオンから目を離さない。
この場所に俺が辿り着く前から、スケゾーはミューと共に居る。……もしかしたら、何かがあったのかもしれないが。
せめて、十%でも共有可能なら。
スケゾーは、言った。
「二十%、ってとこっスかね」
思わず俺は、笑みを浮かべてしまった。
「上出来だ……!!」
スケゾーよ。……それは、俺達の全力だろう。
魔力が溢れる。
「行くぞ!!」
動き出した。次の一瞬、俺はリーガルオンに向かって凄まじい速度で飛び出す。
既に、リーガルオンは迎撃態勢に入っていた。あの構えは――……吠える時の。もう覚えたぞ、【野獣の咆哮】の構えだ。
俺は顎を引き、右手を開いた。
「くはは……!! どう足掻いた所で、お前もそこの変態も、近距離戦しか出来ねえ事に変わりはねえ!! だったら、どうやって戦うつもりだ!?」
爆音が室内に響き、衝撃波が飛んで来る。
これが……キャメロンの受けた、進化したリーガルオンの【野獣の咆哮】。……確かに、外で戦った時の魔法とは比べ物にならない程に強力だ。簡単な攻撃なら跳ね返し、それ単体でも人を弾き飛ばす位には威力を伴うもの。
成程。俺も、甘く見られたものだ。
そんな事を考えながら、開いた右手を前に出した。
瞬間、俺に届く予定だった【野獣の咆哮】は消える。吠えたリーガルオンは唐突に訪れた変化に、若干の戸惑いを覚えているようだった。
「あァ……!?」
共有率二十%ともなれば、何もしていなくとも、全身を炎が包む。それは、俺の怒りと同調していただろうか。
確かに、【野獣の咆哮】とやらは強力だ。中距離を得意とするリーガルオンにとって、これ程の魔法は無いだろう。……だがそんなものは、今の俺には通用しない。
「面倒臭えよ、リーガルオン」
キャメロンが朦朧とした瞳で、俺を見ている。
……あいつの頑張りを、無駄にする訳にはいかない。俺は拳を前に出し、リーガルオンに言った。
「『零の魔導士』相手に、こんなちゃちい魔法が通用するとでも思ってんのか。殴り合いだろ、喧嘩は」
リーガルオンが、狂気的に笑う。
「くっはは……!!」
俺はリーガルオンと距離を詰め、目の前に立った。既に拳は構えていて、それをリーガルオンに向けて振り抜く。
まるで奴は反応できていない。……これで倒れるとは思っていないが、フルパワーで構わないだろう。
「【笑撃の】……!!」
覚えておけ、リーガルオン。
魔法っていうのは、こうやって使うんだ。
「【ゼロ・ブレイク】!!」
リーガルオンにも、一度は見せた技だ。だが、外で使った時とは比べ物にならない破壊力があった。爆発は丸ごとリーガルオンを包み、部屋の壁まで貫通する。
魔力の制御に気を遣うせいか、絶大な戦力差だと言うのに、俺はまるで安心出来なかった。ふう、と溜息をついて、俺は状況を再確認する。
流石に、大した威力だ。ふと気を抜くと、魔力が俺の身体を侵食する。それが分かっているから、どうしても気を遣いながらの戦闘になってしまうが。
だが、こうでもしないとリーガルオンとは張り合えない。
すぐにリーガルオンは体勢を立て直し、戻って来る。……俺は拳を構え、リーガルオンの剣を受け止めた。
拳と剣を、打ち合わせる。
これも、外では出来なかった事だ。
リーガルオンはそれなりの大きさがある剣を自在に振り回し、何度も俺に刃を向けて来た。俺はナックルを使って攻撃を防ぎ、或いは受け流しながら、リーガルオンに一撃を喰らわせる為の隙を探す。
楽しそうに、リーガルオンは俺を攻撃している。
だが、まるで相手にならない。そもそもこの超近距離で剣を振り回す事自体に無理がある。俺はリーガルオンの剣を掻い潜り、腹に一発、拳を叩き込んだ。
「ぐはっ……!!」
リーガルオンが強く息を吐き出し、再び宙に浮く。
刹那。
「はああぁぁぁ……!!」
俺はリーガルオンを攻撃しながら、得体の知れない違和感を覚えていた。
確かに、俺の『二十%』の共有率は、異様な戦闘力だ。あのギルデンスト・オールドパーでさえ、まるで相手にならなかった。……それだけの驚異的な力ではある。
殴る、蹴る。まるで付いて来ていないリーガルオンを、タコ殴りにする。俺は姿勢を低くして、宙に浮いたリーガルオンに向けて、拳を振り上げた。
「【ゼロ・ブレイク】!!」
リーガルオンが吹っ飛ぶ。
それにしたって――……あまりに、一方的過ぎる。俺に殺意を向けているにも関わらず、これといって有効な攻撃を仕掛けて来ないリーガルオン。……本当に、ただ相手にならないだけか?
空中で、リーガルオンは俺に剣を向けていた。
「くっ……!! 【野獣の牙】!!」
外で俺を真っ二つにした攻撃の、強化版。
目を見開いて、その斬撃波動の構成を見た。……やはり、魔力による波動だ。リーシュが使う、実際に剣を巨大化するものとは、性質が違う。これは、言わば魔力の塊。
ならば、俺には効かない。
直前で、解除魔法を衝突させた。勢いを殺された魔力は霧散し、俺に傷を付ける事は叶わない。
リーガルオンは、明らかに動揺しているが。
「効かねえって言ってんだろ、『魔法』は。俺を殺したきゃ、直接殴りに来いよ……!!」
吹っ飛んだリーガルオンの背後に、俺は瞬間移動するかのように出現した。
単に、高速で移動しているだけだ。だが、リーガルオンはまだ俺の方を向いていない。
……少し、頭がくらくらしてきた。やっぱり、長時間の使用はまだ影響が大きいか。
リーガルオンが、ようやく振り返った。
「往生しろよ……!!」
その頬に、強烈な一撃を喰らわせた。
空中に吹き飛んだリーガルオンは、再び地面へと向かった。着地すると建物に振動が生じ、地震のように周囲へと響き渡る。
その様子を眺めながら、俺は着地した。
……おっと。
瞬間、膝の力が抜ける。
「……ご主人、大丈夫っスか?」
「ああ……」
一方的だ。まるで、戦闘になっていない。……この様子なら、もう少しだけ共有率を下げても大丈夫か? キャメロンの戦いぶりを見て、もう少し強いような気がしていたが。……こんなものか。
そもそもキャメロンと戦ってから、こいつは連戦だ。そう考えると、この結果も当然かもしれない。普通の人間で、『二十%』に反応できる奴は居ない……と、思う。
頭痛が酷い。……だが、リーガルオンのダメージはそれ以上の筈だ。【笑撃のゼロ・ブレイク】を二発。それ以外にも、攻撃を加えている。
膝を折ったままで、呼吸を整えた。これだけで、くたばったとは思えない。……早く、とどめを刺さないといけないんだが。
リーガルオンは、地面に大の字になって、倒れている。
……やっぱり、おかしい。
確かに、動揺はあった。……だが、この余裕は何だ。
まさか、効いていないって事は無いだろ……?
「くはは……」
小さな声が聞こえた。
俺は、眉をひそめた。
「くははははは!! ははは、くははははは…………!!」
……俺は、全力で攻撃したぞ。こいつは一方的に、それを受ける事しか出来なかった。
戦力差は確かだ。
ならどうして、笑っていやがるんだ……!!
「『零の魔導士』か!! ……くはは!! 進化した俺を圧倒するか、グレンオード・バーンズキッド!! やはり俺の目に、狂いは無かったようだな……!!」
リーガルオンは起き上がり、俺に笑みを向けた。
……異様だ。
この状況を、楽しんでいる目。裂けそうな程に開かれた口が、既に笑顔を笑顔ではない何かの表情に変えていた。
とにかく狂気的で破壊的な、何かに。
「お前は強い!! 今まで俺が出会ってきた人間の、誰よりもな……!! 残念だよ。お前と手を組めれば、世界を掌握するのも時間の問題だったろうになァ!!」
口から血を流し――……だが、笑っている。
朦朧とする意識の中、俺は確かに、リーガルオンに或る感情を抱いていた。
「だが、お前は甘い……!!」
こいつは、何だ。
「分かるか? 荷物を抱えた人間ってのはなァ、脆いんだ。持ち切れない荷物を抱えた人間は、誰かにぶつかっただけでそれを落としちまう……!! 手ぶらの人間と荷物を抱えた人間、山頂に辿り着くのはどちらが早いか!! そういうことだ……!!」
支配欲の権化か。……或いは、自意識の化物……リーガルオンの俺を見る目は、何よりも強い意志を持っていて、そして何よりも……死んでいた。
俺の方が強い。それは確かだろう。……だが、この状況で笑っている。それ所か、自分よりも強い人間を前にして、楽しんでいるようにさえ見える。
何故だ。
それは、失うものが無いからか。
「――――――――俺ァ、『王者』だ。王者は『二度吠える』」
な、何だ……!? 【野獣の咆哮】か!?
リーガルオンは更に魔力を高め、大地を震わせる。放たれた衝撃波。暴風が、辺りを包んだ。
まるで俺に攻撃されながら、今まで魔力を溜め込んでいたかのような。いや、本当に……溜め込んで、いたのか……!!
この感じ……!! 違う!! 【野獣の咆哮】じゃない……!!
これは、さっき見た――――…………
「【野獣の成長】!!」
二度目、だと……!? そんな馬鹿な……!!
もう、扱える魔力の量が、人間のそれを明らかに超えている……!! おかしいだろ!? だってこいつは俺と違って、使い魔を引き連れている訳でもない。自身が魔物でも無ければ、こんな事は不可能だ。
更に肌や腕は獣のようになり、上半身の服が破けた。燃えるような瞳は、俺を捉えている。
やばい、来る……!!
「『二十%』!!」
咄嗟に、リーガルオンの剣を拳で受け止めた。
ずしん、と身体に響く……!!
重い……!! 先程までとは比較にならない重さだ……!! まるで、巨岩が落ちて来たみたいに……!!
こいつの何処に、こんな魔力が。
「……不思議か? ……その『二十%』とか言うのは、どうやら切り札だったみたいだなァ?」
リーガルオンは、笑っている。
「俺は、自分の事だけを考えて生きて来た。てめえが弱いのは、てめえの責任だ。俺は、弱者にはならねえ……弱者を救済する奴も弱者だ。弱者ってのはな、利用するべきなんだ。俺がコイツを取り込んだみたいになァ……!!」
コイツ……? コイツって。
人とは思えない風貌。人には利用できないレベルの魔力――――そうか。人とは思えないと、常々思っていたが。
「まさか、おめー……人間に一番近い魔物、『獣族』の血を……取り込んだのか……?」
俺の口で、スケゾーが喋る。
「あァ、昔一緒に住んでた事があってなァ。ピーピー煩くて、可愛い奴だったよ……俺の事を信頼していたなァ」
腹の底で、スケゾーの怒りを感じる。
つまり、こいつの持論は、こうだ。
「『信頼』『友情』『絆』……これ程、クソの役にも立たねえモンはねえな。困ったら誰か、一緒に死んでくれんのか? あるとすれば、それは『同盟』だ。互いの利益の下にな」
信じられる人間なんて、誰も居ない。元から信じられないのだから、利用するのが最も賢い方法だ。……何故なら自分が困ったとして、誰も助けには来ないからだ。
ミューが、冷たい場所だと言っていたのも頷ける。リーガルオンの中にあるのは、凍え切った心だ。全ての人は利用され、踏み台にされる。
リーガルオンが剣を離し、再び俺に向かって振り下ろす。
「てめえの背中にあるものが、てめえの弱点だ!! グレンオード・バーンズキッド!!」
強い意志の正体は、それか。
俺はリーガルオンの剣を横から殴り飛ばし、軌道を変えた。
そういう事なら、俺は負けられない。
「じゃあ……!! てめえが弱者だろうが……!!」




